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一日、二日経っても竹下は動かなかった。早くすると言っていた割にはのんびりとした様子だ。竹下がスマートフォンを渡してくる。
「ね、これ見て。閲覧禁止だって。面白いね」
「うわ……」
世間のニュースからなるべく離れていたので、ここまで大ごとになっているとは予想していなかった。自分の写真が日本中に拡散されているなんて、こんな気色の悪いことはない。
「見たら死ぬらしいよ。だから学校で見るなって言われてるって」
「それなら日本人半分くらい死ぬんじゃない」
「あはは、良いね。それ」
飯塚は全然笑えなかった。冗談で言ったわけではないからだ。事件を面白がって訳の分からない呪いを作り出す。犯罪者と何が違うのかと思った。
「俺も書き込んじゃおう」
竹下がスマートフォンを操作する。飯塚が焦った。
「バレない?」
「バレないよ。どれだけの人間が書き込んでると思ってるの。これくらい堂々としてる方がいいんだ」
それでも飯塚は疑った。どこからボロが出るか分からないのに、ゲーム感覚で進めている竹下。もしかしたら人生そのものが彼自身にとってはゲームなのかもしれない。だから、何をしてもいいし、何かしなければつまらない。そうなると、飯塚は途中で拾ったアイテムの一つか。
「ねぇ、次は行かないの? さっさと済ませるとか言ってたけど」
そうは言いつつも、飯塚は急かしているわけではなかった。竹下が両手を広げて降参する。
「笹沼君、まだニュースになってないんだもん。もう山田さんにも西村さんにも渡してあるから、笹沼君が見つかったらにする」
なるほど。竹下なりのルールがあるらしい。一面一面クリアしてから次に行くということか。いよいよゲームだ。
いつ山田の番が来るのか分からないことを理解すると、途端に緊張が戻ってきた。相園が殺された日に失くしたはずなのに。
毎日テレビを観た。引きこもりになった気分だ。今までどんなに虐められても、学校を休むことはしなかった自分が。連続で何時間もテレビに齧りついていると、体のあちこちがぎしぎし言うのを感じた。
「竹下さん!」
飯塚が立ち上がり、作業部屋のドアを強く叩く。ややあって、のんびりした調子で竹下がドアを開けた。
「なに~」
「笹沼君のニュースやってる」
「おお、やっとだ」
笹沼が死んでから五日程経ったか、予想より大分遅かった。竹下がカレンダーを見遣る。
「ええと、今が二十六日の夜か。ああ、夏休みが終わっちゃう」
「夏休みに済ませたかったの?」
「うん。簡単だから」
確かに、学校が始まると、集団で行動されては接触する機会が極端に減る。相園のように夜一人で行動する癖がある人間ならばやりやすいが、あとの二人はそうも行かなさそうだ。
「特に西村さんが厳しそう。だって彼女、笹沼君と付き合ってたんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、逃げちゃうかもなぁ」
「逃げるって」
どこに逃げるのだ。飯塚の疑問を理解した竹下が天井を仰いだ。
「例えば、家出か、最悪警察。そうなると、だいぶ厄介」
「警察……通報するってこと?」
飯塚の問いに、竹下が首を振った。
「おしい。通報するだけじゃなくて、私は被害者だから守ってくださいってお願いするの。そしたら、西村さんは二十四時間警察に守られることになる」
「そんなの無理だよ」
世間に忘れられたちっぽけな二人がプロに敵うはずがない。惨めに捕まるのがオチだ。
「まあ、無理だね」
きっぱり竹下が断言する。飯塚はがっかりした。心のどこかで、竹下なら何でも出来ると思い込んでいたのかもしれない。しかし、そんな飯塚に竹下がピースサインを送った。
「大丈夫。警察に勝つのが無理ってだけだから。時間はかかるだろうけど、どうにか殺そう。こういうのは難しい方が燃えるんだ」
自信があるわけではない。ただ、自分にとって楽しいことだから笑っていられるのだ。
「とりあえず、まずは山田さんでしょ」
「そうだね」
順番も彼の重要な障壁ポイントなので、逆にすることは出来ないらしい。写真を入れ間違えた時も、だいぶ苛ついていた。それにしても、山田は相園がいなくなっても、部活をしているため一人になることは少ない。どうやって攻めるのだろう。
「山田さん家はね、普通なんだよ。だからちょっと難しい」
「普通って何」
飯塚が不機嫌な声を吐く。普通という言葉はあまり好きではない。むしろ嫌いだ。何をしたら普通なのか、他と同じことをしたら普通なのか。普通は褒められているのか貶されているのか。誰が決めているのか。自分は自分なのに。勝手に評価されるのが嫌だった。
「過剰反応しちゃって。飯塚さんは普通って言われてきた子? 別に何も意味は無い、言葉通りだよ。マジョリティ、全体から見るとそういうのが多いってだけ」
「ふうん」
「山田さんの場合は、お父さんとお母さんがいて、たいした問題も起きず、本人も部活をして不登校でもない。それだけ」
「そっか」
過剰反応と言われて恥ずかしくなったが、すぐに竹下の説明を噛み砕くことは難しかった。思い返してみると、相園は片親、笹沼は危機意識の薄い一人暮らし、隙を突くには十分な条件だ。
「西村さんも、バイトの前後で一人になるから簡単なはずだったんだけど。笹沼君だって、西村さんがさっさと見つけてくれると思ったのに、薄情な彼女だねぇ」
薄情、薄情か。飯塚はその意味を考えた。彼氏彼女の関係で言えば、薄情に思える日数だ。しかし、何か事情があって、例えば元々笹沼が旅行で数日留守になる予定だったとしたら。喧嘩中で会っていなかったとしたら。二人の中でしか答えは知らない。もしかしたら、彼の姿を見て、もっと早く気付いていたらと後悔して泣いているかもしれない。部外者の飯塚には彼女を薄情だとは責められなかった。
「で、どうするの」
「ええとね、ちょっと待って」
スマートフォンを操作する竹下の横に立ち、飯塚も画面を見つめる。
「ああ、もう学校行ったのか。いや、私服だな」
ドローンに取り付けているカメラの動画には、今朝出かける山田の姿があった。遠距離なのでここからドローンを操縦することは出来ず、外出したことしか分からない。
「部活ならジャージだよね?」
「そうだよ。というか山田さんは普段もジャージが多いだけど」
飯塚が通っていた高校はわりと校則が緩く、休みではなく普段の平日でもジャージ登校が認められている。運動部は着替えるのが面倒で、朝練がある場合はジャージが多かった。山田もその部類である。
「うそ、制服カワイイのにもったいない」
「もったいないかどうかは本人が決めるでしょ」
「まあいいや。どこ行ったのかな。今さら追いかけても無理そう」
もう制服の件は興味を失ったらしい。竹下が立ち上がり、車の鍵を取ってきた。
「追いかけても無理なんでしょ?」
「うん。だから持久戦。西村さんのも並行して罠を掛ける」
「罠?」




