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残像
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4

 それを眺めていた竹下が膝を叩いて立ち上がる。


「さて、やることがなくなった。あとはそうだなぁ……毎日交代で山の散歩でもしよっか」

「散歩? なんでまた」

「車が欲しい。落ちてたら教えて」


 飯塚は目を丸くさせた。不法投棄があるのは知っているが、それにしてもそんなに目立つ物を捨てる人間がいるのか。


「車が落ちてることあるの?」

「あるよ。年に数回だけど。警察が見つける前に動くのがあったら頂く。計画の移動用にね。それなら足が付かない」

「た、確かに」


 竹下所有の車は存在する。町へ出るのに必要だからだ。しかし、それを飯塚が住んでいた場所まで走らせるのは自殺行為だった。このご時世、至るところに監視カメラもある。なるべくこちらの情報は与えない方がいい。そうすれば、写真がどこかへ流通した場合、原因は分かっても、竹下に辿り着くことはないだろう。


 竹下自身の興味からの行動であっても、出来る限り彼が捕まることがないようにしたい。彼は悪人だが、飯塚の恩人だ。彼が拾わなかったら、飯塚の命はとっくに尽きている。


「探す」

「よろしくね。まあ、キーが差しっぱなしで捨てられてることはめったに無いけど」

「ふうん」


 めったに、ということはゼロではないということか。彼はここに何年住んでいるのだろう。こんな辺鄙な、不便な場所に。人に飽きたのか、自分に飽きたのか。


 それから毎日、山の散歩が日課となった。車を探す当番ではない日は、山頂へ登って夕陽を眺めたりした。


 山頂への道で、よくタヌキに出会った。最初は飛びかかられるのではないかと冷や冷やしたが、向こうに敵意はないらしく、むやみに近づかなければ何もされなかった。とっくに契約の切れたスマートフォンでタヌキの写真を取ったりもした。


 こんな緩やかな時間を過ごすのは幼少期以来かもしれない。飯塚かえでであり、飯塚かえででなくなった存在。何者でもない自分。復讐が終わったら、こうしてのんびり過ごすのも悪くないかもしれない。


「ふふ、おばあちゃんみたい」


 まだ十七歳なのに、全て失くしてしまった。拾い上げるポイすら無い。自然と乾いた笑いが漏れる。


 拾った木の枝で木の幹を引っ搔きながら、鼻歌を歌って歩く。どんなに騒いでも、誰かに文句を言われることはない。髪の毛を引っ張られたり、財布の中身を空っぽにされることも、家の中で無視されることもない。何も無い。


「そうだ。車だっけ」


 いつも思い出すのが帰るぎりぎりだった。と言っても、不法投棄されるのは山の麓か崖になっているところくらいなので、確認作業は数分で終わる。


「今日もありませんでした、と」


 やはりというか、車はなかなか見つからなかった。たまにあっても壊れた状態であった。そのほとんどが意図的にナンバープレートを外されていた。


「だよね。綺麗な状態だったら捨てないよ」


 竹下に報告すると、そう説明された。


 わざわざ町から離れた山奥に捨てるということは、そちらに置いておくことが出来ない車両ということである。飯塚は竹下に知り合ってから、随分犯罪と身近になってしまった。しかも、決して傍観者ではない。


「でも、そういう車だから、新品同然っていう時もあるよ」

「そうなの?」


「うん。ちょーっと傷が付いちゃったってやつとか。前に見かけたことある。その時はいらないから放っておいたら警察が持っていった」


 竹下のふざけた言い方が気になったが、黙って頷いた。こちらとて薄暗いことをしているのだ。他人のことなんてどうだって構わない。


 飯塚はそれからも毎日探した。地元で生活していた頃よりずっと運動になっている。学校では帰宅部だったから、今健康診断を受けたら驚く数値が出るかもしれない。竹下が散歩する日はそれぞれ別の場所を探した。


「あった」


 二か月して、突如現れたそれは予想以上に無難だった。派手なスポーツカーでもなく、日本中どこでも見られる軽自動車。車に詳しくない飯塚には具体的な名前までは分からないが、車体に貼ってあるロゴがそうなのだろう。指摘するならば、ナンバープレートが無いところか。一人だったので、慌てて竹下を呼ぶ。


「傷も無いんじゃない?」

「うーん」


 車の周りを回ったり、ドアを開けて中を確認する竹下に問えば、不明瞭な返事が返ってきた。またダメだろうか。隣で眺めていた飯塚の足元に、車のキーが落ちていた。


「あった、鍵」

「お、やった」

「これで動けば平気?」

「うーん……まあ、ね」


 これでも竹下は微妙な面持ちをしている。何かおかしいところがあるのか、一緒になって中を覗く。運転席に比べ、後部座席の一部が妙に汚らしかった。


「拭き取ってるけど、色的にあれだね。血」


 確かに、血が渇いた後に見えなくもない。誰のか分からない汚れを理解して、飯塚が一歩後ずさる。


「血かあ……」

「後部座席に俺たちは座らないし、関係無いからいっか。本当に血かも分からないし」


 そうは言うけれども、そもそも、どこも欠陥が無い車が捨てられるわけがないのだ。もしこの汚れが血でなかったとしたら、きっとまた別の何かが出てくる。外観が正常なだけ有難い。


「お、エンジンかかった。ラッキー」


 二人は乗り捨てられた車に乗り込み、山小屋に戻った。山小屋までは辛うじて車で移動出来る。中腹を過ぎれば獣道ばかりなので、この車が無理矢理そこまで入り込んでいなかったのは幸いだった。


 ナンバープレートは適当に何枚か作ると竹下が言った。どこかへ連れ去ることが目的ではないので、多少雑な部分があっても不審車両として浮上はしないだろう。それでも、なるべく人目の付かない時間帯を選ぶことにした。


「その日と決めても、絶対にその日にする必要は無いから、少しでも不利なことがあるなら止めよう。時間なら俺たちには沢山ある」


「うん」

「観客が喜ぶ最高のショーになるようにしなきゃね」


 竹下が無邪気に笑った。飯塚もそれに倣った。

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