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夏の国のゆき

作者: 星行 張

 ぼーっとするのが好きだ。じりじりと照りつける太陽の下、冷たい水に浸かって、ぼーっと空を見上げる、そんな時間が。このまま、空と、湖と、溶けてしまえたらいいのに。

 けれど、そんな至福の時間は、そう長くは続かない。

「おい、あれ『雪女』じゃないか?」

「本当…。別のとこにする?」

 ひそひそと、しかし、はっきりと聞こえる声。それらの声を合図に、彼女は素早く水中から上がり、軽く服が吸っていた水を絞って、姿を消した。


 この惑星『フォーズナ』は、4つの国に分かれている。それぞれの国には、それぞれ1つの季節しか存在しない。そして、各国に生まれた者達は、その国の季節を連想させるような外見、名前、性格になることがほとんどだ。

 そんな中、4つの国のうちの1つ、『夏の国』に、異質な少女がいた。真っ白な髪の、寡黙な少女。名前はゆき。

 まるで『冬の国』の者のような彼女を、『夏の国』の人々はその地に住んでいるという『雪女』だと恐れ、敬遠していた。ゆきもまた、自らが異質であることを認識していたため、人々と交わろうとはしなかった。


 水中から出て、人通りの少ない森の中をあてもなく歩いていると、突然、オレンジ色の髪をポニーテールにした小柄な少女が、木の上から降ってきた。

「ゆき殿!女王様がお呼びです!」

 女王の従者の1人、(まつりだ。

「……気分じゃない」

「まったく、貴女はいつもいつもいつも…!女王の命令を無視するなど、言語道断!さあ、行きますぞ!」

「……」

 そうして、無気力なゆきを、祭はずるずると引っ張っていった。

 王宮では、大広間で鮮やかな黄金色の髪をした女王がゆきを待ち構えていた。

「やあ、ゆき!元気にしてたかい?」

「あんまりですね」

「そうかそうか、いつもどおりで何より!」

「…」

 ゆきの素っ気ない回答を真面目に受け取っているのかいないのか、女王は愉快そうに笑う。『夏の国』の女王·陽海夏(ヒミカは、一応はゆきに対して偏見なく接する数少ない人物だった。

「…それで、ご用件は」

「ああ、そうそう。君も、『冬の国』には魔物という人をも食らう怪物が出るという話を知っているだろう?」

「…私がその魔物だと?」

「違う!私が君のことをそんな風に扱ったことがあったか?」

「ないですね」

「だろう?まったく…。で、話を戻すが、その魔物が、近年『冬の国』を抜けて『春の国』にも出没しているらしい。『春の国』では魔物の退治人が対処にあたっているようだが、人員が不足しているようでね。我が国にも応援要請があったんだ」

「はあ」

 なぜこんな話をされるのか、未だにピンとこず、ゆきは適当に相づちを入れる。

「…で、その応援要員として、私は君を推薦しようと思っているんだ、ゆき!」

「………はい?」

 大袈裟な身振りと共に指名されたが、さっぱり意味が分からない。

「だから、『春の国』へ魔物の退治人として応援に行ってくれないか?」

「つまり私を生贄に捧げると」

「あー…まあ、確かに危険の伴う任務ではあるし、君にそう思われても仕方ないんだが…。決してそういう意図ではない。君の能力を見越してのことだ」

「あんまり運動とか好きじゃないんですが」

「だが得意だろう?…それに、君にとって有意義な経験になると信じているんだ。魔物から国を守るということはとても素晴らしい功績となり、君を見直す者も出てくるはずだ。そして、他国に赴き、その国の者と交流することで、君自身にもいい変化が現れると思う。…どうだ?引き受けてはくれないかな」

「断る権利あるんですか?」

「はは…まあ、そういうわけだ。6か月の期間限定だから。頼んだよ、ゆき!」

「はあ…」

 どういうわけだかよく分からないが、厄介事を押し付けられたことは間違いない。平穏とほど遠そうなこれからを思い、ゆきはあからさまに大きくため息をついた。


ーーー


「…ここが、『春の国』…」

 数日後、ゆきは初めて、『春の国』へと足を踏み入れた。色とりどりの花があちらこちらで咲き誇る、温暖で美しい国だ。といっても、ゆきが派遣されたのは魔物の襲撃が多い『冬の国』との国境付近のため、やや肌寒かった。ここで水に浸かったら寒いだろうな…とぼんやり考えながら、ゆきは滞在先となる退治人寮へと向かう。

 手続きを済ませ、案内された部屋には2つのベッドがあった。これからペアとなる退治人との相部屋らしい。荷解きを行っていると、コツコツとドアを叩く音が聞こえた。

「どうぞ」

「あ、やっぱりもう来られてたんですね。あなたが『夏の国』からの退治人さんということでよろしいですか?」

「ええ」

「お越しいただきありがとうございます。私、あなたのペア兼お世話役の弥生(やよいといいます」

 そう言って、弥生はにこりと微笑む。薄桃色のロングヘアをツインテールでまとめた、穏やかな雰囲気の少女だ。

「あなたのお名前は?」

「…ゆき」

「ゆき?その髪といいお名前といい…何だか『冬の国』の方のようですね!」

「…」

 印象と違いあまりにもストレートな物言いに、元々感情表現が豊かでないゆきがさらに無表情になる。

「あ、すみません!もしかして気にしてました?」

「気にしてないことはないけどもう慣れた」

「そうですか。まあ、私は綺麗だと思いますけど…」

「どうも」

 一応はフォローを入れてくれたのであろう弥生に、ゆきも一応応える。

「ところで、ゆきさんっておいくつですか?」

「17」

「やっぱり同い年!ゆき、って呼んでいいですか?退治人に年の近い女の子あんまりいなくて」

「好きに呼んでくれていい」

「ありがとうございます!私のことも弥生でいいので。改めて、これからよろしくお願いしますね、ゆき!」

 笑顔でゆきに向かって手を差し出す弥生。これまで他人から握手など求められたことのないゆきはやや困惑しながら、その手をとった。


 こうして、ゆきの『春の国』での退治人としての生活が始まった。弥生に武器の使い方や魔物の特性などを教えられ、魔物退治へと赴く日々。陽海夏の見込みどおり、ゆきは筋がよかったため、あっという間に魔物退治で優秀な戦力となっていた。

 そんな彼女を上回る活躍を見せていたのが弥生だ。若くして退治人達のエース的存在である。長槍を武器として使用するようになったゆきと対照的に、弥生は短剣を好み、軽やかな動きで次々と魔物を仕留めていくのであった。

「んん…っ、お疲れ様です!今日も無事に終わってよかったですね、ゆき」

「そうね」

 戦闘を終え、部屋に戻ってきた2人。ベッドに腰かける弥生に対し、ゆきは瞬く間にベッドに横たわった。

「今日も大活躍でしたね。ゆきが来てくれて、本当に助かりました」

「別にあなたほどじゃない」

「それほどでもないですよー」

 謙遜するが、実際、最も多くの魔物を倒していたのは弥生だった。

 ゆきは寝転がった姿勢のまま、ふと、疑問を口にした。

「あなたは、どうして退治人になったの?」

「え?うーん…そうですね…」

 つい質問してしまったものの、わざわざ危険の伴う仕事をしている以上、どうせ愛する国を守りたいから、とか生活資金のため、とかそんなとこだろうと思っていたので、ゆきはあまり真剣に答えを聞こうとせず、ぼんやりと天井を眺めていた。

「あいつら腹立つから、ですかね」

「………ん?」

 想定外の答えに、ゆきは眉をひそめ、弥生の方にぐるりと首を向ける。

「私、魔物嫌いなんです。暴れられて迷惑だし気持ち悪いし。で、退治人になったら、思いっきり魔物のことぶちのめすことできるじゃないですか。嫌いな奴を合法的に殴る蹴るしてお金もらえるって最高だと思いません?」

「…え、あ、うん…?」

 あまりにも暴力的な思考に引き気味になり、ゆきはじわじわと弥生から距離をとるように体を動かした。そんなゆきの様子を見て、弥生は楽しそうに笑う。

「あはは!そんなあからさまに引かないでくださいよ」

「いや、だって」

「退治人たるもの、愛国心と正義感に溢れてると思ってました?」

「まあ…」

「もちろん、国が大切だと思う気持ちもありますよ?けど、それが1番じゃないっていうか。自分がスカッとすることやってたら、結果的に国を守れてラッキー、みたいな。そんな感じです」

「そう…」

「そういうゆきは、なぜわざわざ異国に来てまで退治人を?」

「女王の命令」

「あ、不可抗力ですか…。ゆき、動くのあんまり好きじゃなさそうですもんね…」

 弥生の言葉に、ゆきは無言でコクンと頷く。

「…でも、私はゆきと一緒に退治人やれて嬉しいです」

「!」

 急に真面目なトーンで発せられた言葉に、ゆきはどう反応すればよいか分からず、咄嗟に背を向けた。

「信じてないです?こんなに一緒に戦ってきたのに?」

「…まあ…」

「ゆき、『夏の国』では友達いないんですか?」

「そんなはっきり聞く…?」

「あ、すみません」

「別にいいけど…」

「それで?」

「『夏の国』では『雪女』って呼ばれて魔物扱いされてたから誰も近寄らなかったし私も他人のこと避けてた」

「ゆきが魔物?確かに高位の魔物は人型をしているって聞いたことはありますけど…。ご両親は普通に『夏の国』の方なんでしょう?」

「ええ」

「じゃあ絶対人間じゃないですか」

「白髪だし」

「突然変異で親族にいない髪の色になることは珍しくないでしょう?」

「名前『ゆき』だし」

「ご両親はなぜその名を?」

「髪の色見て、昔2人で旅行に行った『冬の国』の美しい雪景色を思い起こしたからとか」

「やっぱりその髪を綺麗だと思ったからでしょう?!素敵な由来じゃないですか!」

「…」

 名前や髪の色を両親以外に褒められたことなど初めてだった。返答に困り、相変わらず弥生の方に顔を向けられない。

「…『夏の国』で過ごしづらいなら、このまま私と一緒に、『春の国』で退治人続けませんか?」

「え?」

 思いがけない提案に、ようやく弥生の方に振り返って起き上がるゆき。驚きの表情を見せるが、返答は早かった。

「…いや、それはいい」

「なぜ?」

「『春の国(ここ)』寒いから」

「え、寒…?」

 今度は弥生の方が予想外の答えに眉をひそめた。

「退治人がきついとかなんだかんだ自分の国が好きとかでなく、寒いが最初に出るんですね…」

「まあ、そういう理由もなくはないけど」

「というか、そんなに寒いです?確かに国境付近はわりと温度低めですけど、寒いってほどじゃなくないですか?」

「寒い。こんなとこで湖とか浸かったら風邪引く」

「湖に浸かるシチュエーションって何ですか?」

「日課?」

「日課?!」

「暑いところで冷たい水に浸かってボケッと空見るのが好きだから」

「そうですか…暑いところが好きっていよいよ雪女感ゼロですね」

「まあ」

「じゃあ『夏の国』では大体水の中にいるんですか?」

「人来たら避けないといけないからあんま長くはいられない」

「避けないといけない?」

「…私がいたら、他の人が水遊び楽しめなくなる」

「…別にゆきが悪いことしてるわけじゃないんですよね?」

「まあ…」

「じゃあ、ゆきが他の人に遠慮する必要なくないですか?」

「それは…」

 不安げに目を反らすゆきを見て、弥生は立ち上がり、彼女の隣に席を移す。

「そうやってこそこそするから、ますます気味悪がられるんじゃないですか?もっと堂々とすればいいんですよ」

「けど…」

「ここに、自分のストレス発散を目的に堂々とお国を守る仕事をやってる人間がいますよ!」

「それは胸張って言うことじゃないと思う。というか、あなたは他の退治人と上手くやってる」

「まあ理由はどうあれ退治人としてちゃんと仕事してますし?けど、純粋に愛国心だけで退治人やってる人からはあんまりよく思われてなかったりもするみたいですよ。でもまあ、だから何?って感じです」

「…」

「悪いことしてるわけじゃないなら、堂々としてればいいんです。『夏の国』の人もゆきのことちゃんと見れば、魔物じゃなくてただの堕落した面倒くさがりな人間だってこと分かると思いますよ!」

「助言したいの?罵倒したいの?」

 優しげに微笑みながらも若干毒交じりの弥生の言葉に苦言を呈しながらも、ゆきはどこか心がすっと楽になる感覚がしていた。

「まあ……ありがとう、弥生」

「いーえ!」


 こうして、ゆきの『春の国』での6か月間の退治人生活は、あっという間に過ぎた。戦力となっていたゆきは、弥生以外の退治人達からも惜しまれながらも、やはり『春の国』にとどまろうとはしなかった。

 『夏の国』への帰国の日、弥生が見送りに来ていた。

「お元気で、ゆき。また気が向いたら『春の国』に遊びに来てください」

「たぶん向かない」

「まったく…。ピンチのときは無理矢理召還しますからね?」

「そうならないことを願う」

「そうですね…。…と、忘れるところでした。はい、これ」

「?」

「餞別です。受け取ってください」

 渡されたのは、弥生の髪色と同じ薄桃色のタオルだ。端には2枚の舞っている花弁が刺繍で描かれている。

「お水プカプカごっこの後にでも使ってくださいね!」

「バカにしてるでしょ…」

「してませんってー」

 ニコリと笑う弥生。ゆきは疑わし気な視線を向けた後、故郷へ帰ろうと背を向けて、そのまま立ち止まる。

「…『春の国』は寒いし、退治人の仕事はダルいけど…あなたに会えたのはなんだかんだよかった」

「!ゆき…!」

「さよなら、弥生。元気で」

「はい!また必ず会いましょうね!」


 『夏の国』に戻ったゆきの環境は、『春の国』に行く前とあまり変わらなかった。『春の国』で魔物退治人として活躍していた、という話は一応広まっていたが、女王が想定していたようにゆきを見る目が大きく変わるまでには至らなかった。

 ゆきは太陽が照りつける中、ぼーっと湖に入り、空を見上げる。やっぱりこの時間が好きだ。

「あ、『雪女』…」

「『春の国』から戻ってきたんだっけ。え、ここで水浴びしようと思ってたのに…」

 あからさまにゆきの耳に届く声量の話し声。しかし、ゆきはその場から動こうとはしなかった。

「…別に何もしないんだけど」

「!」

 上を向いたまま、ボソリと呟く。それを聞いた少女達は、驚き困惑しながらもゆきから少し離れた場所の水辺に近づいた。

 ゆきはその様子をチラリと横目で見て、すぐに視線を空へと戻す。

 ゆきが浮いている近くの木にかけられた薄桃色のタオルが気持ちよさそうに風に揺られていた。

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