解放
私は暗くて狭い箱のようなものの中にいるらしい。こんな狭いところであるにも拘わらず、ここはたくさんの人でひしめきあい、誰しもがまるでパズルのようにぴったりとくっつき合っているので、一切身動きがとれない。しかしそれでも、己のスペースは完璧というまでに確保されているようなので、苦しいと感じることはない。誰もが口を開くことなく静かに佇んでいる。
周りを見回すこともままならないが、皆白い装束を身に纏っている。
私はいつから此処にいて、いつまで此処にいなければならないのだろう。
ある時、今まで閉ざされたままだった箱の蓋が、突然開いた。そしてその一瞬だけ、外の様子を覗き見ることが出来た。暗闇に包まれていた世界に、目映いまでの強い光が差し込む。頭から胸元辺りまでが外の空気に触れた。外の世界は美しかった。
そして次の瞬間に現れた恐ろしい程に巨大な手が箱の中にいた仲間の一人を、箱の外の世界へと連れ出した。私もいつか箱の外へ連れ出してもらえるのだろうか。きっとそうだと、私は何故か確信に満ちていた。
再び私のいるここは、深い闇に包まれた。一人が箱の中から出ていったことでほんの少しではあるが、今まで均整だった秩序が乱れ、僅かに身の周りに余裕が出来た。
その後も相変わらず誰もが口を閉ざしたままで、外の世界への解放を静かに望んでいた。私も同じだった。暗闇と静寂だけのこの空間に、様々な感情が渦巻いているのが手にとるように分かる。
一度開かれた箱は頻繁に開かれるようになり、その度に一人、また一人と次々に仲間が旅立っていく。私の番はいつ廻ってくるのだろう。
箱の中に残されているのは、いつしか私を含めて四人になった。もう誰が連れていかれたとしてもおかしくはない。
そして、箱が開かれた。強い光に照らされた私は思わず、頭上に広がる壮大な世界を仰いだ。するとそこには、一人の男がいた。
男の手が私達に向かって伸ばされる。私は祈った。私を連れ出して、と。
男の手が私の首元を掴んだ。そしてあっという間に私を箱から引きずり出した。遂にこの時がやって来た。私は歓喜に震えた。
しかし、箱からの解放が即ち自分の存在の消失であることに、私は直ぐに気付いた。
男は何の躊躇いもなく、私の足元に火をつけたのだ。真っ赤な炎が私の足元に灯る。もはや私はその運命を受け入れるしかない。灼熱の炎が私を襲う。痛みなどはとうに通り越した、恐ろしい感覚。絶望と熱さと、徐々に私の中を貫いていく痛み。
そして男は大きな口を少し開いて、私を頭からくわえ込んだ。このまま食べられてしまうんだろうと、私は思った。
しかし男はすぐに私を吐き出した。その時には、私の足元に灯っていた炎は、膝下にまで広がっていた。そして私の足先は、すでに灰となって散っていた。
私の肉体は足元からゆっくりと煙になって上へ上へと昇っていく。眼下には灰へと姿を変えた、私の残骸が散らばっている。こんな残酷な運命が、然るべき己の運命だったのだと私は不思議と納得することが出来た。
男にくわえられ、吐き出されることを何度か繰り返すうちに、私の意識さえもがゆっくりと煙となって消えていった。
私はゆっくりと上へ昇っていく。これが、解放というものだったのか。
薄れいく意識の中で微かに聞こえた、男の呟き。
「あ、もう煙草きれる」
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