第39話 親玉 その2
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
体毛の薄い腹の肉を抉ると、どす黒い血を全身に浴びた。
それでも刃体の短い俺の得物では、致命傷を与えることはできない。
―――グォオオオーーー!!!
苦痛に満ちた唸り声を上げ、フェンリルの体が大きく横方向へ飛び退く。俺の体は風の魔法を纏ったままで、巨体の着地に合わせて体を滑らせた。
再びフェンリルの腹の下へ潜り込みククリナイフの連撃を叩き込んだ。そして体に纏う気流に放出した鉛玉が、体毛の下に隠された肉を穿つ。
「―――焔っ!」
「ファイアァアアアボーーールッ!!」
勝負は時の運。
それでも戦いの場を包む雰囲気、漂うニオイ、肌を刺す感覚が「勝機は今だ」と告げていた。
阿吽の呼吸とは呼べなくとも、俺の考えを汲んでエラノアとルールーが追撃を仕掛ける。
―――グルルルゥウウウ!
俺たちの波状攻撃に、フェンリルはたまらず身を捩って後退した。俺はククリナイフを振るいながら一緒に移動してフェンリルの腹の下から離れない。
と、そこへ直剣を構えたセリーナが近づいてくるのが見えた。
「―――やめろっ!!!」
フェンリルの頭が正面を向き、セリーナの姿を正面に捉えたのがわかった。
俺は瞬間的に叫んでいた。
その凛とした立ち姿から、少しは剣が使えるのはわかる。だが、相手は眷属生み出し従える強大な存在だ。俺たちの攻撃で弱っているとは言っても、見上げる巨体にその直剣は届かない‥‥‥。
セリーナが右足を大きく後ろへと運んだ。
直剣の切っ先を右後方へゆるりと流し、下段の構えを見せる。
「―――逃げろ、セリーナ!!!」
―――ワァォオオオーーーン!!!
もう一度叫んでみたが、俺の声はすぐに掻き消されてしまう。か弱い獲物を前にした絶対的な強者の遠吠えが辺りの空気を揺るがした。
フェンリルは獲物にいつでも喰らいつけるよう前足を揃えて姿勢を低くした。腹の下にいる俺は、潰されるようにして腹這いになる。
そして獲物を見据えたフェンリルが飛びかかる気勢を見せ大地を蹴った、その瞬間だった。
筋肉が盛ったフェンリルの前足に、鈍色をした大蛇―――鋼のムチが絡みつき横方向へ引っ張られた巨体がバランスを崩すと頭の位置が大きく下がった。
その直後、斬り上げたセリーナの直剣が、フェンリルの首をはねていた。
「ま、まじで‥‥‥ぐぉほ!」
セリーナの迷いのない剣筋に見惚れ、思わず間抜けな感想が口を衝いた。
フェンリルの巨体が足元から崩れ、俺の体が下敷きになる。
「や、やりました、カラミヤさん!」
「あらぁ~姫もなかなかやるじゃない」
嬉しそうなセリーナの声。カラミヤの声もまんざらでもなさそうだ。
フェンリルを倒した作戦は、直前に2人で話し合ったのだろう。
「し、死ぬかと思った‥‥‥」
「ボクの魔法と師匠のお陰っす。って―――!? あれ? 師匠がいないっす」
「ぐぁううう‥‥‥ぐぐぐぁあああ!」
やっと気づいてくれたみたいだ‥‥‥。
圧死寸前の俺は最後の力を振り絞り声を上げる。
「師匠が潰れてるっす!」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「あらぁ可哀そうなスグル―――って!? あんた何で弓を構えてるのよ!?」
「吹き飛ばそうかと―――」
そんな会話が聞こえる中、俺の体はようやくフェンリルの巨体の下から引っ張りだされたのだが‥‥‥。
「本当に、し、師匠っすよね!?」
一番困惑してるのは不肖の弟子見習いだった。
「俺は―――俺だ」
そう言って両手を目の前に突き出し広げて見せた。―――うん!? 俺ってこんなに毛深かかったか?
「ど、どういうことなんでしょうか‥‥‥!?」
「わからぬ。もしかしてフェンリルの血を浴びた事が関係しているのでは!? いや違うような‥‥‥ブツブツ」
俺を見つめるセリーナの顔が引き攣っていた。
エラノアは腕を組んで何やらブツブツと呟いている。
今度は顔を触ってみた。―――モフモフしてる。
「ねぇ~ちょっと可愛いかもよぉ」
そう言ったカラミヤは俺の手を取って、近くの大きな水溜まりの傍へと移動した。
「ほらぁ~自分で確かめてみなさいよぉ~」
意地悪そうな笑みを浮かべたカラミヤが、水面を指差した。
俺は恐る恐る水溜まりを覗き込む。そして水面に写し出された自分の目に飛び込んできたものは、薄汚れたマントを羽織る一匹のワーウルフだった。
読んで頂きありがとうございました。
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