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第33話 俺、偽物のオーナー。

 はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。

 スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。

 月曜夜のバイトは、まさかの1人で始まった。

 毛も生えてない新人の俺は、ビクビクしながらレジに立っていた。あんなに嫌だったトイレ掃除が気になって仕方がない。


 春宮から俺のスマホに、『遅れる』と通知が届いたのは、バイトが始まって1時間が経過した頃だった。


「どうせ寝坊だろうな」


 春宮の顔を思い浮かべると、なんとなくだがそんな気がした。

 今夜は客がそう多くない。俺の知らないことを客から求められなければ、なんとか乗り切れそうだった。


 日付が変わると、徐々に客足が少なくなってくる。

 客の姿が途絶えたタイミングで、俺の置かれている状況について改めて考えてみた。


 俺はどうやら2つの世界を生きているらしい。意識は1つで体が2つだ。元の世界に戻ってくると、やはり妄想に憑りつかれているとしか考えられないのだが‥‥‥現実だと認識してからの異世界は間違いなくリアルに感じてしまって‥‥‥そこでの記憶は夢とは違いハッキリとした形で残っていた。


 目を閉じて世界を空想するだけで、簡単に異世界へ行けてしまう。どうもしっくりこない‥‥‥行くというよりかは世界を切り替える、と言ったほうがしっくりくる。


 状況が少しずつ見えてくると、俺という存在に対する大きな疑問が生まれた。

 それは、いまここで俺が死んだと仮定した場合だ。


 そうなると異世界の俺は同じように命を失うのだろうか? 

 もし違うとしたら、俺の意識は異世界に固定される可能性が高い。異世界で死んだらその逆で、こっちの世界に俺の意識は固定されるはずだ。

 

 つまりそうなった場合の事象は、異世界召喚と言えなくもない。このまま俺が元の世界で異世界のことを空想しないまま天寿を全うしたとして―――その時点で俺の意識は異世界のスグルへと切り替わり‥‥‥やはりこれは異世界召喚と言えるのではないのか。


「―――ちょっと!? 大丈夫? 店員さん?」


 考え事に夢中で客の来店に気づいてなかった。

 不意に声を掛けられカッコ悪く動揺する。


「あっ!? す、すいません‥‥‥」


 商品を差し出した客の男が怪訝な表情で俺の顔を見ていた。

 慌ててレジを打つ。

 

「―――682円になります」


「あれ‥‥‥!? もしかして‥‥‥?」


 スマホを取り出した客の男が、驚くような素振りを見せた。


「もしかして山田、だよな!? そうだ山田だ! 間違いない、久しぶりだろー!」


 勝手に盛り上がる目の前の客に、残念ながら俺は全く心当たりがなかった。


「‥‥‥」

「俺だよ俺。高校の時の―――」


 ああそうか。どうりで思い出せないはずだ。俺は高校を中退してる。あの頃の嫌な記憶は自分の中では遠い過去の出来事‥‥‥。


「ちょっと~誰ぇ?」


 客の男は高身長で、スリムなスーツを着こなしていた。

 連れのパンツスーツの女が俺を一瞥して興味なさげに口を開いた。


「ああ、高校の時の同級な。で、山田。おまえ今何してんだ? あん時は大騒ぎだったんだぜ。陸人(りくと)の奴も―――」


「―――682円に、なります!!」

「はぁん!? なんだよその態度! 無視すんのかよ」


「682円に‥‥‥なります。682円になり、ます」

「だんだん腹が立ってきたわ」


 夕暮れの土手道だった。笑顔の幼馴染と憎まれ口を叩いている親友に挟まれながら楽しそうに歩いている光景―――それは突然、頭の中で蘇った過去の記憶。

 眩しすぎる情景に追い立てられるように頭の中が真っ白になってゆく。だから俺は‥‥‥泣きそうになりながら同じセリフを繰り返した。


「ちょっとー、かわいそうじゃない。ほら止めてあげな」


 連れの女が興奮した男を制止した。

 こっちを見ている女の顔は半笑いで、俺のことを憐れんでいる様子はなかった。どちらかと言えば侮蔑の色が窺えた。


「俺は早穂大出てからこっちで就職してさ。この春昇進したばかりでよ。忙しいったらないぜ。おまえはバイトか? そうだよな。高校辞めったって聞いてたけど、元気そうでなによりだわ。昔は結構モテてたみたいだけど、太ったな山田」


 じゃぶじゃぶと浴びせられる悪意に、聖域の情景がチラついた。

 さっきから体の震えが止まらない。いますぐ制服を脱いで逃げ帰りたい衝動に駆られる。


「ほら、何か言ってみろよ。俺は客だぞ」


 嫌な汗が背中を伝う。緊張で目の前の顔を見る事さえできなかった。

 無為に生きてきた俺には、確かなものなんて何一つない。正直、働き始めた最近の自分に少しだけ自信が持てていた気がしていた。でも、そんなものは、ただの錯覚だったのだ‥‥‥。


「心配してる奴も多かったからな。SNSで高校の時のみんなに知らせてやるよ。山田発見! 無事にコンビニでバイトしてるって、な!」


 そう言った男にスマホを向けられ、顔を背けるいとまもなく写真を撮られた。それでも俺は何も言い返せない。

 

 と、ここで遅刻していた春宮がバックヤードから現れて、俯いた俺の横に並び立った。その時、客の男は春宮の整った顔立ちを見て、おっ、という表情を見せた。


「オーナー。ちょっとオーナーってばー、聞いてます?」


「オーナーって!? なっ―――痛っつつつ!」


 メンタルをやられ半ば放心状態の俺は、いきなり登場した春宮を見て理解が追いつかず口をあんぐりとさせた。

 そして春宮の問いかけに首を傾げると、黙れと言わんばかりに足先を思いっきり踏みつけられた。


「おまえこの店のオーナーなのか‥‥‥!?」


 いまだ思い出せない同級生だと主張する客の男は、春宮と俺の顔を交互に見て言った。


「あ、えっ―――!?」


 こんどはぐりぐりと足を踏まれ、言葉が遮られる。


「駅前店と三丁目店、それから桜通り店の店長が至急連絡くださいって。オーナーがいないとダメなんだから~」


 訳の分からない俺は、春宮に背中を押されて半ば強引にバックヤードに押し込まれた。


「夜遅くまでお仕事ですか?」


 表情を消してるであろう戦闘モードの春宮の声が聞こえた。


「そうそう。この春昇進してさ。大変なんだよね。君はここのバイトさん? 山田がこの店のオーナーってホントなの?」


「はぁあ? ホントってどういう意味ですか? オーナーはコンビニや会社を経営する社長ですよ」

「―――ま、マジで!?」


「残業ですか? サラリーマンは大変ですね」


 心がこもってない春宮のセリフ。

 連れの女の声で、「先に帰るから」と聞こえ自動ドアが開く音がした。


「お、おい。待ってくれ‥‥‥」


 そう言った男の気配も店から消えると、バックヤードに春宮が顔を出した。


「寝坊したわ」


 と言ってテヘペロっと春宮が笑った。

 そんな仕草に俺の脳がバグって、可愛く見えてしまう‥‥‥。


「いつのまに?」

「ぼーっとしてんじゃねぇーぞ」


 そうか‥‥‥俺は考え事に夢中で、客の来店だけではなくて春宮の出勤にも気づけてなかったみたいだ。


「なんでオーナーって嘘を?」

「なんとなく。ちょっと腹が立ったんだよ。ほら山ぴー、トレイ掃除まだっしょ?」


 そうだった。今夜はまだ出来てない。返す言葉もなく俺はトイレに向かった。

 読んで頂きありがとうございました。

 平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。

 もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。


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