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第2話 眠りにの前のルーティン

 はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。

 スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。

 壁に掛かっている時計の針は止まっていた。

 周りが寝静まる深夜の活動時間帯になると、針が動く僅かな音でも気になるようになってしまい、いつの頃からか電池を取り出していた。

 

 時間なら遮光カーテンの向こう側にある窓の外の気配で大まかにはわかる。なので、まったく不便を感じてない。


 ―――ちゅん、ちゅん、ちゅん


 ほら、スズメの鳴き声が聞こえ始めただろ。

 天候は晴れで、もうすぐ夜が明ける。

 

 夜が明ければ就寝の時間だった。

 手にしていたコントローラーを放り投げ仰向けになると、


「おやすみ」


と呟いて目を閉じた。


 ここから嫌なことを忘れてぐっすり眠るための日課が始まる。

 『引きニート』の称号を得てから欠かすことのない現実逃避―――頭のなかで思い描いた空想世界が鮮やかな色彩を帯びる―――。


 ◇◇◇◇◇

 

 切り立った崖の上から、白みはじめた空を眺めている。

 眼下に広がるのは、荒涼とした大地に突如として現れたかのような、高い外壁に囲まれた大きな都。緩やかに吹きつける風が心地よく、目深に被ったフードを揺らす。


「さぁあ、行くぞ―――!!」


 朝陽を受け高揚感に包まれた俺は、らしくもない声を張り上げた。

 と、その時だった。 

  

「おい、駿(すぐる)! いってくんぞ~」

 

 現実世界―――聖域の外から響いた声に空想世界はたちまち色を失った。

 聖域の守護者(引きニート)である俺の名前を呼んだ命知らずの声の主は、扉越しにこっちの様子をうかがっているようだった。

 

 日課を邪魔され呼び掛けに応えてやる義理はないはずが……光速訂正(こうそくていせい)しなければならない。『引きニート』の俺には、十分すぎるほどの義理があった……。


 しかし暇な俺にだって、誰にも邪魔されたくないことの1つや2つはある。寝る前の日課を邪魔されれば調子が狂う。

 PvPで精神を削られやっと迎えた朝なのだ。現実逃避の空想を邪魔されては睡眠の質に影響する。


「死んでんのか~?」

 

 次に冗談のつもりか生死を問われる。

 肯定―――すなわち死んでいるなら実質的に答えることはできない。よく考えれば、これは哲学的な質問だ。生きてる場合は死んでないので答える必要はない。しかしそれでは、死んだ場合の答えと同じ反応になってしまう‥‥‥。

 暇人の思考は横に置いて、この場合、沈黙は悪手だった。考えてみてくれ、このまま沈黙を続ければ、声の主は聖域の扉に手をかけるだろう。それだけはダメだ‥‥‥この聖域だけは誰にも冒させてはいけない‥‥‥俺は男だ。親には絶対に見られたくないお宝がたくさんあるんだ‥‥‥。


 だから―――仕方なく返事をすることにした。


「生きてるよ!」


 声の主はいつもは階段下から声を掛けてくるのに、今日に限って聖域と外界を隔てる扉の前に立っているようだ。それにいつもより家を出る時間が遅いような……。


「仕事行ってくんぞ」

「頑張ってくれ」


「今日は母ちゃんの誕生日だからな」

「…………」


 父親の一言に沈黙を返す。実際のところ『引きニート』の俺は返す言葉を持っていなかった。

 暫くして聖域の外に立っていた父親の気配が階段を下りていった。


 父親の名前は(たつ)。50に近い年齢で大工の棟梁だ。腕がイイから引く手あまただと自分で言ってる。この純和風の家を建てたのは父親なのだが―――俺の部屋は洋風がよかったな‥‥‥。


 朝からモヤモヤした。わざわざ仕事の前に言わなくても‥‥‥母親の誕生日くらい知っている。ただ問題なのは……今日の日付がわからないこと。

 そもそも母親の誕生日を『引きニート』に伝えて‥‥‥何かを期待してるんだろうか? 無職の俺がプレゼントを用意できるわけでもなく……。

 ましてや、「俺、明日からまじめに働きます」というセリフでも期待しているというのだろうか。もういい加減、諦めてくれ。

 

 目を閉じれば考えたくない現実の嫌な出来事が頭の中を巡る。早く逃げなければ―――再び思い描いた空想世界が鮮やかな色彩を帯びる―――。

   

 ◇◇◇◇◇


 崖を下った俺、いや俺たちは初めて訪れた王都の入口で立ち尽くしていた。

 何ヶ所かに設置された検問所には、商人や旅人の長蛇の列。王都民専用の検問所もあるのだろうが、厳重な警戒をすり抜けるのは至難の業だろう。


 出自の怪しい俺たちみたいな流れ者は、誰かの後ろ盾か正規に発行された通行証を持たない限り王都には入れない。何とかなるだろう、と安易に考えてここまで来てみたものの、この世界の現実は甘くはなかった。


「はぁ~」

「どうしましょうかね、師匠」


 深い溜息を吐いた俺に、隣に立つ不肖の弟子()()()ルールーが呑気な口調で顔を向けてくる。


「方法を考えねば」

「どうにかなるんじゃないですか」


「そのどうにかってのは?」

「どうにかは、どうにかです」


 「はぁ~~~」


 会話にならん。俺はさらに深い溜息を吐いた。隣の適当な弟子見習いは、半年ほどまえに立ち寄った小さな町で拾った。と、いうか勝手に後をついてきた。偶然に召喚されたはいいが、もと居た場所に戻れなくなったとか。

 俺の与えた小さな、極めて小さな試練をクリアしたので、最近になって仕方なく弟子ではなく、弟子になるための見習いにしてやったのだ。


 この世界の俺の年齢は痩せてた頃の17歳という設定。目の前の弟子見習いは、見た目15、6歳のボーイッシュな少女だ。

 しかしフードの下に隠されている控えめな対の角と、気を許せば思わず引き込まれそうになるウルトラバイオレットの瞳―――この世界の上位存在である悪魔の特徴を備えるルールーの実年齢は不明だ。正直、怖くて聞けてない……。


 ボーイッシュと言ったのは、嫌がるルールーの髪を俺が切ってやった。あんなに抵抗していたのに、出来上がりを案外気にいってる様子だ。

 髪を切った理由? それは俺が男であるからで……相手は子供といっても……。


 さて、俺たちは請負った仕事を完遂するために、何としても王都に入らなければならないのだが……。厳重な検問体勢に抜け道は期待できない。隣に不肖の弟子見習いを従えた俺は考えた。

 そして事前に通行書を入手していたことに()()()()()()()


「列に並ぶぞ」

「ほぇへ!? 通行証がないのに?」


「通行証なら持ってる」

「持ってないって言ってたじゃないですか、師匠」


「黙れビッチ! ここに来る前に俺たちを襲ってきた盗賊がいただろう。逆に奪ってやった荷物の中に通行書があったんだよ。これは奴らが襲った商人の持ち物だ」


 革のポーチから取り出した1通の通行証を見て、ルールーは訝しんだ表情を作る。


「そ、そんな都合のいい事ありましたっけ!?」

「あった。あったんだ。そういう事にした」


「???」

 

 摩訶不思議そうな顔で首を傾げた不肖の弟子見習いを置き去りにして、俺は行列の最後尾に並んだ。


「ああっ~! 待ってください師匠~~~!!」


 足取りからして騒がしいサキュバスの少女。なんだかこの先が思いやられる……。

 と、ここで再び聖域に響き渡る声がぁあああーーー!!


「―――駿! 駿!」


「生きてるよ!!」


 命知らずの声の主は、聖域の扉のすぐ前にいた。

 扉が開けられることを恐れてすかさず返事をする。


「あらそう、母ちゃん仕事に行ってくっからね。お昼は冷蔵庫のものをレンチンしな」


「ああ~もう~わかったよ。わかったから―――」

 

 もう寝かせてくれ、と言い掛けて言葉を飲み込んだ。先ほどの「母ちゃん誕生日だからな」と言った父親の言葉が甦る。


「なんだい?」

「……」


「うん?」

「……」


 沈黙の先を促す母親に、『引きニート』の俺はどんな言葉も持ち合わせてはいなかった。


「たまには顔を見せに部屋から出ておいで」


 そう言って母親の気配が遠ざかった。

 名前は涼子(りょうこ)。父親と幼馴染で同い年。昭和のリア充ってやつだ。近所の病院で看護師として働いている。


 両親は毎日欠かすことなく『引きニート』の俺に声を掛けて仕事へ行く。懸命に働く両親を見て育った俺が『引きニート』とは皮肉なものだ。頭の中で、「お前が言うな!」と大きな声が聞こえるが、まあいつものように無視をしよう。


 近所の目、親戚の口。年齢とともに追い詰められていく感覚。どうしたものかなぁ……。


 色々考えると、全てが嫌になる。寝るために目を閉じれば、否応なしに突き付けられる現実のことが頭の中に溢れ出す。だから俺は空想する。現実から逃げることができる。


 そうなのだ、空想は現実世界を駆逐するんだ。両親がいなくなると、途端に静かになる我が家。布団にくるまった俺は強烈な眠気に襲われた。

 読んで頂きありがとうございました。

 平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。

 もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。


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