第27話 楓恋
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
すぐに眠ろうと思えなかった。正確には眠るのが怖かった。
俺の感覚では、さっきまで空想していた異世界はリアルそのもの。
バカバカしいと考えて頭を左右にふった。
目を開けてからずっと、俺の心臓が激しく脈打っている。認めたくないという思いと、俺の安い常識は乱れた思考の鎮静剤にはならないみたいだ。
体を包む奇妙な感覚に、眠気は完全に吹き飛んでしまっている。
遮光カーテンのかかる窓の外の気配は、休日特有の静かなものだった。
明日のバイトまでには、たっぷりと時間がある。
少しくらい生活リズムが乱れてもバイトには影響はないだろう。
そう考えた俺は、無謀にも昼間の散歩を試みることにした。
明るくなって外界を歩くなんて真似は、引きこもって以来、バイト帰りを除いてほとんどなかった。
汗をかく想定でジャージーに着替えて外に出た。
土手の方向は意識的に避けていた。もしかしたら死体が2つころがっているかもしれない‥‥‥。
ネットニュースをチェックする限りそういった事件は見つけられなかったので、小心者の俺はとりあえずホッとしている。
そうなると自然と足が向くのはバイト先のコンビニ方向だ。
休日には絶対に近寄りたくない場所ではあるのだが、今日に限って好奇心というやつが働いていた。
「日曜は誰が働いてるんだろうな‥‥‥」
呟いた俺の前方にコンビニが見えた。
自動ドアに2人連れの客が消え、すれ違うようにして1人の客が出てきた。
閑散とした深夜帯と違って普通に客がいる事実に安心する。
「経営者かよ」
と自分に突っ込む。
店舗の中に入るのは憚られたので、そのまま前の道を通り過ぎようとした。すると再び客の出入りがあって自動ドアが開いた。
「―――したぁ~~~。しゃあーせぇ~~~」
うん!? 中から聞き覚えのある声が‥‥‥。
自動ドアが閉まる瞬間、声の主と目が合う。
―――いや気のせいだ。ピンクの髪色だったとしても、他人の空似だろう。足早に立ち去ろうとする俺のジャージーの裾が、後ろから引っ張られた。
「何してんだ、山ぴー」
振り返るとコンビニの制服を着た春宮が立っていた。こんな真昼間からつぶらな瞳に見つめられると石になりそうだ。巨乳をチラ見しておく。
「あ、いや‥‥‥ただの散歩」
「ふ~ん。そうなんだ。昨日はありがとな」
「べ、別に、大したことはしてないから」
「おっ、謙遜するなって。褒めて遣わす」
そう言った春宮の手が伸びてきて、おもむろに俺の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと―――やめてよ、春宮さん」
「はぁ!? キモ! なに照れてんだぁ? ストーカーするんじゃねぇ~からな」
天下の公道でなにを言っているんだ、この巨乳。こんな状況を誰かに見られたら警察に通報されるじゃないか。
「なんで春宮さんがここに?」
イヤな絡み方をされるので、俺は話題を変えた。
「バイト」
「そ、そうだけど‥‥‥平日の夜だけじゃ?」
「うーん。基本はそうなんだけどさぁ~。おばあちゃん―――違った。オーナーからヘルプが入っちゃってよぉ。バイトが急に休んだんだとか」
「それでも何で春宮さんなの?」
と、ここで自動ドアが開き、中から高齢の女性が顔を覗かせた。
「楓恋や、お客さんかい?」
「あっ、おばあちゃん。違った―――オーナー。この前話したバイトの山ぴーだよ」
2人の会話から高齢の女性がコンビニのオーナー!? らしい。咄嗟に頭を下げた俺は、「よろしくお願いします」と挨拶してから顔を上げたのだが‥‥‥そこには長老のフルエラが立っていた。
今の時間、けっこうな客の数だった。
店はオーナーと春宮の2人で回していた。
流れでジャージー姿の俺も加わって、ひっきりなしに訪れる客を捌きながらカウンターの内側でオーナーと話をした。
「ここの店長は私の息子でね。今は病気で入院中なもんで‥‥‥私はいいって言うのに楓恋が心配してくれて」
「おばあちゃん、やめろって」
隣のレジで春宮が顔をしかめていた。
「店ではオーナーとお呼び。でね、この子が―――ああ楓恋は孫なんだよ」
オーナーの口から語られる話に、俺は大して驚かなかった。
春宮は何度もオーナーのことをおばあちゃんと言い間違えていたし、面接なしで採用された時点で怪しいと思っていた。やはり春宮は経営者側の人間だったのだ。
1つ驚くことと言えば、あのやる気のない態度の店員が経営者側の人間だという事実。
「もともと人手不足でね。そんな時に店長が入院したもんだから‥‥‥楓恋が手伝ってくれて‥‥‥それに働いてくれる人を探してくれててね。良い人が見つかったっていうから‥‥‥やっと会えましたね、山田さん。これからよろしくお願いします」
長老のフルエラに似た老婆は、曲がった腰よりも深く丁寧なお辞儀をくれた。俺も慌ててお辞儀で返した。
こんな状況で、人のよさそうなオーナーに、「あなたのお孫さんに脅され無理矢理働かされています」なんてことは口が裂けても言えない‥‥‥。
それに今の話を聞いて、不思議なことに働き始めたきっかけなんてどうでもいいように思ってしまったのだ。俺はお人好しなのだろうか‥‥‥。
「今日は日曜日だよ。いいのか?」
「基本、暇なんで。大丈夫です」
オーナーは普段、店頭には立たないらしい。
それは杖をついて腰が曲がった姿を見れば理解できた。
話の流れで急遽シフトに入ることになったが、どうせ聖域に戻ってもやることはない。
「ありがとね。夕方には交替が入るから、それまでは楓恋とよろしく頼みます」
「頼まれました」
「なんかムカつく‥‥‥それになんで、出来るヤツを気取ってんだよ? おばあ―――違った。オーナー、山ぴーは暇人だからそんな気をつかわなくたっていいよ」
そう言って隣のレジからカニ歩きで近寄ってきた春宮が、俺の肩に自分の肩をぶつけてきた。
オーナーが帰ると春宮と2人きり。
仕事のほうは深夜帯と違って客が多く、あっという間に時間が過ぎ去った。
春宮はオーナーの孫で楓恋という名前なのか‥‥‥悪いが名前の響きと普段の言動が重ならない。
それにしてもオーナーとフルエラの容姿が重なりすぎて怖いのだが‥‥‥。
確か同じ因子を持つもの同士だったか? 根っこが同じなら世界を構成するものに違いはないと言ってたな。
似たような存在―――そんなものがあるのなら、それは似たような、というよりかはまったく同じものになりはしないだろうか?
―――いろんな考えが頭の中を巡る。
カラミヤの髪色といいフルエラの登場といい、空想の出来事が現実の事象に現れることなんてあるのだろうか?
ピンクという奇抜な色であっても、1回なら偶然の一致だと言えなくはない。でもよく似たオーナーとフルエラの存在は‥‥‥。
―――さすがに疲れた。
聖域に戻ると万年床の上で崩れるように倒れ込み、俺は簡単に意識を手放した。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。




