第24話 太っていることを『是』としない
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
目が覚めると夜になっていた。
遮光カーテンのお陰で、日中の日差しが眩しいということがないので、ぐっすりと眠れる。元から夜勤向け仕様の聖域になっていた。
今日は朝食と昼食を取ってない。
バイトを始めてから明らかに食事の回数が減っていた。
1階に下りて体重計に乗ると、食事の回数と比例するように体重が減っていた。
そして体の変化は目に見えるところにも表れていた。洗面台の鏡をのぞくと、失われていたアゴの輪郭が少しだけ見えるのだ。
こんな俺だが、もともと太っていることを是としてない。
『引きニート』という不名誉な称号の延長線上がいまの体型だ。もちろん、世の中には生まれ持っての体質とか、太っている体型が好ましいという人間が普通にいる。
ただ俺自身、聖域の守護者になる以前は、陸上部に所属し細身の体型だった。
だから10年以上引きこもった今でも、あの頃の身軽な体型を理想だと考えている。俺はこの体型を認めてはいないのだ。
夕食は両親と食卓を囲んだ。
焼き魚と豚汁だ。バイトを始めてから1階で食事をする回数が増えていた。
「ちょっと痩せたんじゃないかい」
「そういや縮んでるな」
この数日で見た目はそこまで変わらないだろう、と思ってしまう。しかし流石がというか母親の目は誤魔化せない。
父ちゃん‥‥‥俺を風船のように言うのはやめてくれ。
今日は土曜日でバイトはない。
食事を終えて聖域へ戻った俺は、万年床にあぐらをかいて座った。
「‥‥‥‥‥‥」
さて、何をしようか‥‥‥。
数日ぶりに訪れた自由な時間だった。
ここで朝まで寝るという選択もある。が、しかしリズムが崩れる恐れがあった。
昼夜逆転の生活リズムは、始めたばかりのバイトには好都合なのだ。それを週末の2日で乱してしまっていいものなか? 自問自答する。
簡単な想像を働かした。
怠惰な生活を送る俺は、基本的に横着で打たれ弱い。ここで生活リズムが乱れた場合、次のバイトにあらゆる面で支障をきたすだろう。そして来週の半ばにはバイトを辞める結果になる‥‥‥。
そうなると、どうなるか。半眼で俺を見つめる春宮の顔が脳裏に浮かんだ。いや、ダメだ。俺は犯罪者になんてなりたくない。
―――『性犯罪者、引きニート山田駿から見えてきたもの~引きこもりによる凶悪犯罪の増加、その傾向と対策~』という謎な討論番組を、居間のテレビで視聴する両親の姿を幻視する―――。
ぶるぶると頭を振って嫌な未来予想図を振り払う。
仕方がない‥‥‥俺は図らずも到来した痩せムーヴにのってみることにした。
「死ぬんじゃねーか」
「父ちゃん、縁起でもないこと言わないの。車に気をつけるんだよ」
両親にはどうやら俺の行動が奇行に映ったみたいだ。
訝しんだ表情の両親に玄関先で見送られながら、ジャージーに着替えて外へ出た。おっと、最近忘れがちだが、魑魅魍魎が跋扈する外界という設定だったな。
時刻は夜の9時を少し回ったところ。
4月中旬の気温は、暖かくなってきた昼間に比べるとまだまだ肌寒い日が多い。夜の澄んだ空気を肺一杯に取り込んで、ふぅ~っと一気に吐き出す。
そして働き始めたコンビニとは反対の方向に歩き出した。目指す先は昔よく遊んだ河川敷。そこは遊歩道が整備され、土手上の道を含めてトレーニングの定番場所だった。
あの頃の俺は‥‥‥隣に当たり前のように幼馴染と親友の存在がいて、思春期の不安定な感情の中にあっても毎日が充実していた。
柄にもなくノスタルジックな気持ちになりながら、ゆっくりとした足取りで土手までやってきた。
自宅からの距離は知れてるのに、額はすでに汗をかいていた。高校時分ではアップにもなってない。
この体重でいきなり走ればヒザが壊れる。
だから今夜はゆっくりと時間をかけて歩こう。そして聖域へ戻ってから、久しぶりにゲームでもしようか。
土手上から階段を使って整備された遊歩道へと下りた。辺りにはまばらに街路灯が設置され、真っ暗ということはない。
上の道では何人かとすれ違った記憶があったが、遊歩道に人の姿はなかった。
そして、歩き始めてすぐのこと―――。
「―――放せっ‥‥‥やめろっ―――」
「静かにしろ!」「そっち持てっろ―――」
対岸に架かる大きな橋の下、光が届かない橋脚の辺りから不意に声が聞こえた。
その場で立ち止まった俺は、目を凝らして男と女らしき声のした方向に顔を向けた。
「いいから、な、ほら付き合えって」「くち押さえてろ」
「嫌っぁ! ―――むぅううう‥‥‥」
複数人が揉み合ってるような気配‥‥‥なんだか犯罪のニオイがした。
こういう場合はどうしたらいいのだろうか? 警察に通報か!? いや待てよ。もし違ってたら責任が持てるのか? ただ友人同士でじゃれ合ってるだけの可能性があるのではないのか!?
「―――離せって言ってんだろ!」
明らかに何かを嫌がる声だった。
橋の下の影になってる部分から、街路灯の光が届いている範囲に頭半分ぐらいが飛び出してきて、そのまま後ろへ引っ張り込まれるようにして消えてしまう。
それは、どこかで見たことのあるようなピンクの髪色だった‥‥‥。
威勢はよさそうだったが、声色からして女性の声で間違いないだろう。
逃げようとしていた? ‥‥‥ってことは、やはり良くない事が起こってる!?
俺は覚悟を決めて警察へ通報することにした。
「ない‥‥‥」
慌てた俺はジャージーのポケットの中を探って思い出す。スマホは聖域だ‥‥‥。
そうこうしているうちに状況はますます切迫していく。
「な、大人しくしてれば痛くしないから」「こんな所で1人って、声掛けされんの待ってたんだろ」
「うううっ‥‥‥」
ダメだ! 時間がない‥‥‥。
コンビニ以外への久しぶりの外出。やはりここは魑魅魍魎が跋扈する外界に間違いはなかったようだ。
―――どうするんだ『引きニート』な俺!!
『引きニート』は大人しい性格だって?
『引きニート』は勇気がないって?
『引きニート』は童貞だって?
『引きニート』はロリコンだって?
『引きニート』は家族と折り合いが悪いって?
世の中の固定概念なんてくだらない。
『引きニート』はアニメ好きだ!
『引きニート』はゲーム好きだ!
『引きニート』はモテたい!
『引きニート』は困っている人を見捨てない!
頭の中でいろんな思いがごちゃ混ぜになる。
気づいたら目の前の闇に向かって駆け出していた。
俺は風の魔法に愛された暗殺者。空想世界のようにはいかないけれど、闇に潜むどす黒い存在との間合いをゼロにする。
―――ドッ、スンンンンーーー!!!
盛大なタックルが決まると、橋の下でピンク髪の女性に馬乗りになっていた男の体が盛大に吹っ飛んだ。
そして女の頭の付近で両手を押さえつけていたもう1人の男が、巻き添えをくうかたちで地面に転がる。
この時ばかりは太っていて良かったと思えたよ。
空想世界のスグルなら、すかさずククリナイフを見舞っているところなのだが、現実世界の俺はあいにくとノープラン。
地面から上体を起こしたピンク髪の彼女に近づくと、強引に手を取って走り始める。後ろから追いかけてくる気配はない。ありがたいことに状況を察した彼女は、無言でついてきてくれた。
―――土手道へと通じる階段をかけ上り、ひたすらに走って人がいる大通りへとたどり着く。
「ちょ、待って―――」
追いかけられている気配はなかった。
手を握っていた彼女が速度を落とし、俺の足が止まった。
「―――さっきは助かった。ありがと」
「い、いや‥‥‥別に‥‥‥大したことは‥‥‥」
近くで聞くと何だか覚えのある声だった。対人スキルの著しく低下した俺はしどろもどろで振り返ると―――、
「う、うぁあああーーー!?」
「ブタぁああああああーーー!?」
互いの体が向き合った瞬間、ピンク髪の彼女と汗だくな俺は、周りのことなんか気にする余裕もなく叫び声を上げていた。
な、なんでここに春宮がいるんだ!? それに、どうして茶髪からピンクの髪色になってんだ!?
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。




