第17話 コンビニ・ビッチの恐るべき罠
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
久しぶりにガッツリと肉を食べた。
そしたら甘い物が欲しくなるってのが自然の摂理だ。深夜になるのを待ってから聖域の扉に封印を施すと、俺は静かに外界へと旅立った。
コンビニへの道すがら昼間に見た夢の内容について考えていた。
夢の中だと自覚した俺は、『現状を修正』するチート能力が使用できなかった。それになんとか夢から覚めないものかともがいてみたが、結局は父親に起こされるまで目が覚めることはなかった。
一般的に夢っていうのは目が覚めるとおぼろげになって、記憶が曖昧になるものだと思っていたのだが‥‥‥糧食を得るために歩いている今でもハッキリと内容が思い出された。
こういう夢は何度か見た記憶があった。しかし今回の夢は過去のものとは違っていて、鉄くさい血の臭いや生々しい空気感ってものが、やけにリアルに感じられて現実味を帯びていた気がした。
まとまらない考えの中、魑魅魍魎が跋扈する引きこもりには危険な外界を抜けて目的のコンビニへと辿り着いた。
「しゃあーせぇー」
本当は、こんな場所へは二度と来たくなかったはずなのに‥‥‥自宅から1番近いというアドバンテージと、ビッチがシフトに入ってない可能性に賭けた安易な気持ちでやってきたわけなのだが‥‥‥俺は選択を誤った。
自動ドアを潜って早々にカゴを手に取る。
するとビッチの顔が一瞬だけ俺のほうへ向けられた気がした。
肉を食ったあとの我儘ボディは、早急に甘~いデザートを欲していた。
置いてある棚はレジカウンターの前を通ればすぐである。それでもあえて遠回りをした。奥の通路へ進むとドリンクコーナーの前を通って、ヤツの視線からできるだけ身を隠した。
深夜の店内で客は俺1人。
ビッチは女なので、店員が1人だとしたらなんと不用心なことか。目的の棚に辿り着くと、またしても視線を感じた。気のせいだと思いたい。
―――はっ!? まさか今回も店員のくせに商品を取り置ききしている可能性が‥‥‥もし何か言われたら、こんどはきっぱりと断ってみせる。
ふむふむ、シュークリームは全種類いただこう。
プリンも‥‥‥いや、だめだ。プリンは鬼門だ。カップチーズケーキがうまそうだな―――手当たり次第に商品をカゴの中へと放り込んだ。
しかし何なのだろうか? やけに視線が突き刺さる。
もしかすると、俺は相当な不審者に見えてるのだろうか? もしそうだとしたら、こんな上客を前にして失礼なビッチだ。
いったんドリンクコーナーの通路へ退避する。シュワシュワ系ドリンクをカゴに入れ、あとはスマートに会計を済ませるだけ‥‥‥。
カゴの中に期間限定スイーツは、こんどは取り置き云々で絡まれることはないはずである。
と、なにげに店内を見渡していると、ドリンクコーナー横の柱で目が止まった。そこにあったのは募集広告の張り紙で、『パート・アルバイト急募』とあった‥‥‥。
今夜は久しぶりに両親と食卓を囲んで夕食を取った。
へんなプレッシャーってものはなくて、父親と母親はいつも通りに『引きニート』の俺に接した。そんないつも通りが苦しくって‥‥‥正直なところ焦燥感に駆られてしまった。両親を安心させたいって気持ちは、こんな俺にも少しはあるんだ―――。
モヤる気持ちで募集広告の張り紙から目をそらした俺は、意を決してビッチのいるレジへと向かった。
「っち!」
糧食満載のカゴを台の上に置くと、軽く舌打ちが聞こえた。
俺はうつむいたまま無言‥‥‥。けして負けてなんかない。そう、思いたい。
面倒くさそうなビッチの態度から、最近客が少ない理由には納得ができる。こんなバイトを雇ってたら店が潰れるのは時間の問題だろう。まったくオーナーに同情しかない。
不快な空気、会計を待つ時間が長く感じた。
それに着崩したコンビニの制服と大きく膨らんだ胸元が魔法使いの精神をゆっくりと確実に削ってくる。
前を向けない俺は黙ったままで、ピ―――っというバーコードを通す機械音だけを聞いていた。
と、不意にバーコードの読み取り音が途切れた。と思ったら、「求人広告見てたっしょ?」とビッチが言った。
「はへっ!?」
思わず間抜けな声が漏れてしまい、呆けた顔を上げた。
すると、つぶらな瞳でこちらを見つめてくる意外と整った顔―――ギャルっぽいメイクのビッチと目が合った。
「バイト興味あるっしょ? 合格! 採用!」
「―――はっ!? いや‥‥‥えっ!?」
「平日のこんな時間によく来るからさぁ~あんた無職っしょ?」
すごい決めつけだ。
そもそも土日が仕事で平日が休みって人や、不規則な仕事の人もいる。
深夜のコンビニをよく利用するってだけの理由で無職認定とはまったく狭量な考えだ。いくらなんでも横暴に過ぎやしないか‥‥‥まあ癪に障るが無職は正解だ‥‥‥。
「いや、まだ‥‥‥その‥‥‥いいです」
「いいの? やったぁ~」
「いや、あの‥‥‥いいって意味じゃなくて‥‥‥結構ですって、意味ですから‥‥‥」
やばい、言葉の通じないヤツだ。きっと裏があるに違いない。本能がこいつには関わるなと叫んでいた。
「そう、残念だなぁ。張り紙見てたからさぁ、興味あるのかなって‥‥‥!?」
そう言ったビッチ『春宮』は、両手を胸の前で合わせつぶらな瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見た。
「うぐっ‥‥‥!?」
脳がバグる。不覚にも可愛いと誤認識した。しっかりしろ、こいつは憎きプリン強奪犯なんだ‥‥‥。
「ねぇ~ダメぇ? ここでバイトしなぁ~い?」
「シナイ」
このままでは女性耐性の低い俺の脳内防壁が突破される。
甘えたような声を出すビッチ『春宮』に、壊れたロボットのように無心で答えた。
「そう残念っ―――ううっ‥‥‥うう!」
「―――えっ!? な、なんだ!? あの‥‥‥だ、大丈夫、ですか‥‥‥!?」
突然だった。目の前の彼女が苦しそうにして、その場にしゃがみ込んだのだ。
俺は思わず身を乗り出してカウンターの中を覗き込む。
「ううっ、急に苦しくなって―――」
「あ、救急車―――救急車呼びましょうか?」
「―――ダメ!! そ、そこまでは‥‥‥でも、ちょっと背中を‥‥‥」
胸の辺りに手をおいて、なんだか顔色が悪いように見える。
一体全体、急にどうしたんだ!? もしかして心臓に持病でも抱えているのか? いろいろな状況が頭の中を巡った。
「あの‥‥‥どうすれば、いいですか?」
「背中のほうを‥‥‥」
そう言われて俺は躊躇しながらも従業員しか入れないスペース―――カウンターの内側に入って彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「ううっ」
悶える彼女の呼吸は浅く、丸めた背中が上下に大きく動いていた。
「背中を‥‥‥」
「こ、こうですか」
恐る恐る彼女の小さな背中に触れた。
落ち着かせるようにゆっくりとさすれば、手のひらを通して熱っぽい彼女の体温が伝わってくる。
しばらく擦っていると彼女の呼吸が段々と落ち着いてきた。正直なところ俺はパニック寸前だった。
と、ここで彼女が顔を上げ、俺と目が合ったその後だった―――。
「嫌ぁあああーーー!!」
「―――ぶぎゃ!!」
さっきまでの苦しそうな様子が嘘だったかのように、彼女の大きな悲鳴が店内に轟いた。
驚いた俺の口から無様な鳴き声が漏れる。
俺の手をはね除けるようにして立ち上がった彼女を見れば、はっきりと侮蔑の表情が浮かんでいた。
「はい。不同意!」
「はい!?」
最初、彼女の発した言葉の意味がわからなかった。
大きく首を傾げて彼女の顔を凝視する。
「あんた、あたしの体に同意なく触ったっしょ! それ不同意だから、犯罪だかんね!」
「い、いや‥‥‥まって、いや、その‥‥‥」
「触っていいなんて、あたし言ってないし」
「‥‥‥」
気が遠くなった‥‥‥確かに彼女は言ってない。何なら店の防犯カメラの映像がそれを証明してくれるだろう‥‥‥。
「きゃあああーお巡りさ~ん、ここに変態がいますぅ~」
俺は完全にパニックに陥った。これが彼女の策略だったとしても気づけない‥‥‥。
そういや、そんな法律があったっけ!? 対人スキルの低い俺はあたふたと無様を晒して口をパクパクさせるだけ。
「で、どうすんの?」
「な、なにが、ですか‥‥‥!?」
「犯罪者になりたくないっしょ?」
「いや、ちがう‥‥‥そんな、つもりじゃ‥‥‥」
「だったらバイトするよなぁ?」
「―――へっ!?」
自分でも情けないくらいに間抜けな声だった。
俺はこの瞬間、巨乳ビッチ店員『春宮』にハメられたことを悟った‥‥‥。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。