第16話 夢の中 ~死闘~ その2
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
結局のところ、俺たちは囲まれていた。
「もう無理っす。魔力がなくなっちゃいました‥‥‥」
嵐の壁が纏っていた炎が立ち消え、ルールーが早々にリタイアした。
俺とカラミヤは共闘してなんとか戦えていたのだが‥‥‥如何せん相手の数が多すぎた。
それに言い訳になるが、俺は右足首を複雑骨折してたんだ。そこにエクストラポーション1滴垂らしたところで焼石に水だった。
衛兵たちに囲まれると、正面入口の近くで展開していた嵐の壁が目に見えて弱まる。その隙に乗じて重武装の兵士が前進を再開した。
「はぁ~」
聖堂の吹き抜けになっている天井を見上げて大きな溜息を吐いた俺は、セリーナ王女が横たわっている近くで右足首を庇うようにして片膝をついた。
殺気に満ちた包囲の輪が、獲物を追いつめるようにしてゆっくりと小さくなる。
ルールーとカラミヤが俺に体を寄せ―――まさに袋のネズミだった。
「し、師匠ぉおおお!? なんとか都合のいいようにならないんすっか!?」
「やってみたが無理だった。ここは夢の中だ」
「夢じゃないっす! ここは現実っす! こんなところで寝ぼけたこと言わないでくださいっす~!」
ここが俺の空想だったら、いくらでも現状を修正してやるよ。だがここは夢の中なんだ。
目が覚めたらこんなクソみたいな展開は都合のいいように書き換えてやる。
と、思いながらも俺の中で大きな違和感が横たわっていた。
それはどんどん大きくなっていく。
本当にここは夢の中なのか!?
そもそも夢のなかで夢だってことを認識できるもんなのか!?
体の痛みや鉄くさい血の臭いはリアルじゃないのか!?
なにより本能が告げている‥‥‥ここで死んだら終わりだと‥‥‥。
「ルールーはなんとかして召喚元の場所に戻れ。おまえは隙を作ってやるからいますぐここから逃げろ。すばしっこい野良猫一匹なら可能だろ?」
「いやっすよ。ボクは還らない」
その場に立ち上がるとルールーが抱き着いてきた。
「あたし1人じゃとても逃げ切れそうにないわねぇ」
そうなのか? 屋根に登ればいけそうな気がするんだが‥‥‥なんだか諦めムードを出しやがって。
包囲の輪がさらに小さくなった。仲間を目の前で殺された衛兵たちの表情はみな険しく、それだけ見ても俺たちが投降を許されることはないだろう。
逃げようとしないルールーと諦めムードのカラミヤ。完全にゲームオーバーだ。
俺は迷いを捨てて覚悟を決めた。今まで共に戦ってきたククリナイフの柄を握りなおす。もしルールーやカラミヤが俺の目の前で辱めを受けることになれば、責任を持って俺が命を終わらせる―――。
「一斉にかかるぞ!」
衛兵の1人が叫んだ。
針の山のように無数の切っ先が向けられる。ごくりと誰かが喉を鳴らした。それが合図だったかのように、俺たちを取り囲んでいた衛兵たちが飛び掛かってきて―――次の瞬間に衛兵たちの体は弾き飛ばされるようにして冷たい床の上に転がっていた。
自分の身になにが起こったのかを理解できていない。
―――バキバキバキ!! ゴォオオオオオオォオオオーーー!!!!!!
凄まじい轟音と耳をつんざく風切音。パラパラと瓦礫の一部が降り注ぎ、見上げれば聖堂の屋根があった部分が吹き飛んで、そこからやわらかい月明かりが差していた。
「師匠ぉおおお、あんた最高だぁあああ~!」
体を躍らせて喜ぶルールーがキラキラした目で俺を見た。完全に誤解である。さすがにこんな人間離れした芸当は不可能だ。
聖堂の厳かだった空間に突如として大きな竜巻が発生し、俺たちはその中心にいた。
中は無風で、規模は段違いなのだが俺の展開した嵐の壁に四方を囲まれているような状況だった。
こんな魔法をたやすく使える人間がこの世界に何人いるだろうか? そう思った俺は、ぱっくりと割れた額に手を添えて思わず溜息を吐いていた。
「もしかして‥‥‥」
「そのもしかしてだよん」
背後から突然声を掛けられる。
振り向けばそこには巨大竜巻を発生させた存在―――襟付きのシャツを着て質素なスカートを履いた普通のおばちゃんが立っていた。
「あっ、いま失礼なこと思ったでしょ?」
「なんの用だ?」
「相変わらずつれない態度だなぁ~、スグルくんを助けにきたんじゃないか」
「精霊がやすやすと介入していいのか」
「おっと、物分かりがいいね」
精霊と聞いてルールーとカラミヤが困惑した表情を浮かべる。当然のことだろう。派手な演出どころか、何事もなかったようにしれっと目の前に現れた存在―――どこをどう見ても商店の軒先にいる普通のおばちゃんなのだから―――。
「王国金貨1000枚で手を打とう」
「あるわけない」
最初からカネの話だった。もしかしたらこの精霊が派手な演出を好まない理由は経費が絡んでいる? まさかとは思うが、花火と同じように演出にはカネがかかるのでは‥‥‥バカなことを真剣に考えてしまう。
「じゃあ帝国金貨1200枚」
「いや、相場が上がっているのだが‥‥‥800枚だ」
「ほら持ってるじゃん―――1100枚」
「850枚」
「急がないと死んじゃうよ」
目の前のおばちゃん―――風の精霊シルヴィアは見た目の年齢に反して口調が軽い。横たわっているセリーナ王女を見てから、綺麗で整った顔立ちに、ニッと計算高い笑みを浮かべた。
「‥‥‥1000枚」
「よし、商談成立だね」
なんでも世知辛い世の中で、精霊という存在であっても色々と入用だとか‥‥‥たぶん俺は騙されている。
風の精霊シルヴィアはすっと左手を差しだした。俺も左手で握り返したのだが―――痛てぇえええ!
こいつ怪我してるのを知ってて、ワザと腕を大きく振りやがった。
「あと少しで死んでたよ。これは僕からの罰だ。契約者を死なせたとあっては精霊失格だからね」
シルヴィアの口から契約という言葉を聞いて、カラミヤが信じられないというふうに目を丸くして驚く。それもそうだろう。精霊との契約は神々の時代のこと。魔法の資質はその系譜によるもの、というのがこの世界の常識なのだから。
しかし俺はいまの時代に精霊と契約を交わした珍しい人間なのだ。あの時は最悪だったな‥‥‥それはまた別の話だが。
「血は止まっているが、それだけだ。シルヴィアには治せないのか?」
「風の精霊に癒しを求めるのはどうだろうね」
「だったらこのお姫様を助けられる人物のもとへ運んでくれ」
「帝国金貨1000枚、コスパ最悪だね。僕にとってはお安い御用さ」
シルヴィアが言い終わると同時に、そびえ立つ尖塔のように見えていた立派な竜巻が収束して、俺たちの体は気流の渦に飲み込まれ上空へと打ち上げられた。
「飛ばされるっすぅうううー!!」
「いぎゃあああ~~~!?」
仲が悪いように見えたルールーとカラミヤが渦の中で抱き合って悲鳴を上げていた。下にはこちらを見上げて何やら叫んでいる衛兵たち。シルヴィアの姿は消えていた。
俺は脱力しているセリーナ王女が弾き飛ばされないように、しっかりと抱きかかえて歯を食いしばっていた。
「ぐうううっーーー!」
あのやろう~帝国金貨1000枚の移動方法じゃねえだろ―――減額交渉の余地は多分にあるな。と、ここで俺の名前を呼ぶ声が頭の中に響く。
◇◇◇◇
「―――駿―――おい、駿‥‥‥起きろ駿―――」
目を開けると見なれた天井―――もとい最近見なれた親父の顔があった。
「うなされてたぞ、大丈夫か?」
「父ちゃん‥‥‥いま何時?」
「7時だな」
そうだよな‥‥‥仕事から帰った父親が家にいるってことは夜だよな。どうやら昼飯を食わずに朝から眠りっぱなしだったみたいだ。巨乳ビッチ店員にリズムを狂わされた結果だな―――。
「これから肉焼くぞ。たまには一緒に食え」
「ああ、そうだな‥‥‥」
昼を食べてないからなのか寝起きでも肉の誘惑には勝てそうにない。そうだな、たまには両親と一緒に食卓を囲むとしよう。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。
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