第14話 夢の中 その3
はじめまして。カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
スローな立ち上がりですが、10万字を目指して頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
聖堂の正面入口の外から聞こえてくる喧騒が、段々と大きくなっていた。いつ兵士たちがなだれ込んでくるかわからない状況だ。
ここで瀕死の王女の出血を止めなければ手遅れになる。とりあえずここは野良猫と不肖の弟子見習いに任せるしか方法はなかった。
セリーナ王女が横たわっている冷たい床に、ひん曲がった右足をかばいながら座った俺は、革のポーチから透明に見える小瓶を取り出した。
透明に見えるというのは、中の液体が小瓶をひっくり返さなければ確認できないほど僅かな量だったからだ。
そうだな、残りは2滴か3滴か・・・・・・本当にごく僅かな量だ。
小瓶はとある迷宮の最奥で入手した。
おそらくは名だたる冒険者が使用して捨てたものだろう。
発見した時は空っぽの小瓶に見えたのだったが、持ち帰ったあとで大変なお宝が残っていたことが判明した。
鑑定魔法が使えるやつには、この液体の本当の価値がわかるはずだ。
聖堂の磨かれた冷たい床が、瀕死のセリーナ王女の体温をことさらに奪い続けていた。呼吸は浅くいつ停止してもおかしくなかった。
俺は請け負った仕事は遂行する主義なのだ。目の前のセリーナ王女をこんなところで死なせるわけにはいかない。死なれては俺の美学に反する。
さっきまで聞こえていた外の喧騒がかき消えた。そのかわりに、厳かな空間が殺気を多分に含んだ張りつめた空気で満たされる。
もう一刻の猶予もなかった。
正面入口を守るルールは、ときおり振り向いては心配そうに俺の様子を窺っていた。
祭壇横の通路を守るカラミヤは艶然とした笑みを絶やすことなく、これから始まる戦いに向けてなんだか高揚しているように見えた。
躊躇なく白金の鎧に手をかけ脱がせにかかる。
目の前の存在は、本来なら俺のような人間が触れることなど許されない高貴なもの。だが今はそんなことを言ってる場合ではない。
すこし荒々しく武具を剥ぎ取ると、その下には体の線がくっきりとわかるピッチリとした革製の戦闘衣を着ていた。
俺とルールーがマントの下に着用しているくすんだ色のレザーアーマーと比べると、艶々としていて一目で高価なものだとわかる。
その戦闘衣の腹部には惨たらしい穴が穿たれ、そこから大量の血が溢れ出ていた。
その傷口の真上で小瓶を傾ける。
―――ぽとりと一滴‥‥‥。
「―――うぁあああっ!!」
液体が傷口に染み込むと、セリーナ王女は苦悶の表情を浮かべて大きなうめき声を上げた。そのままうつ伏せにして同じように液体を一滴垂らす。
「ぐぁあああ!」
仰向けに戻ったセリーナ王女が苦しそうにして俺の腕を掴んだ。液体がし染み込んだ傷口からは白いもやが立ち昇り、やがて出血が止まった。
小瓶に残っていた僅かな液体―――その名はエクストラポーション。
その効力は最上位の魔法である奇蹟治癒と同等で、その価値は求める者による。つまり小さな国を買い取ってもお釣りがくる。
もしこの小瓶がエクストラポーションで満たされていたら、セリーナ王女の傷は完全に再生したのかもしれない。
だが、わずか数滴では表面の傷口が塞がった程度だろう‥‥‥それでも少しの猶予ができたことには違いなかった。
まず最初に衛兵が現れたのは、祭壇横の狭い通路からだった。
大人2人が並んで歩くのがやっとの幅員で、顔を出した先頭に向かってカラミヤが容赦のなく鋼のムチをふるった。
初見の攻撃としては、軌道が読めないぶん厄介な代物だ。驚いた衛兵たちは後退を余儀なくされる。少しは時間が稼げそうだ。
が、相手もバカではない。肉を切らして骨を断つ、という常套な戦法を取れば意外にやりやすい得物であることに気づくのも時間の問題だろう。
まあ、そうなれば彼女の本領発揮―――近接戦闘で戦輪の餌食になるのだが‥‥‥。
「師、匠ぉぉぉおおおーーー!!」
ルールーの叫び声が新たな敵の侵入を知らせる。
見れば正面の入口―――重厚な造りの大きな扉が開いて、重武装の兵士たちがなだれ込んできた。
一気に押し寄せる殺気に数歩退いたルールはなんとか立ち止まってその場で踏んばる。普段の幼く優しい顔に決意の色が滲んでいた。
「―――ファイアボォオオオーーールっ!!」
手を伸ばした先に火球が生じ、ルールーの掛け声とともに大きく膨らんだそれは、壁のように押し寄せてくる兵士たちに向かって勢いよく飛び出した。
炎の魔法―――それもいまのところファイアボールしか使えない―――いや特化したと訂正しよう、その威力は相当なものだ。
そんな攻撃魔法の直撃を受けたなら、プレートアーマーで守られていても命の保証どころか亡骸さえも地上に残る可能性は低い。
「うぉぉぉおおおーーー!!!」
敵といっても王城を守る正規軍だった。ルールーの魔法を前にして怯むどころか鬨の声を上げて正面から果敢に突入してきた。
―――ビュ~ウウウーーー、ゴ! ゴゴッーーー!! ヒュリュリュリュゥウウウ~!!
ルールーが放った火球が隊列の真ん中に直撃するかと思われた寸前、耳をつんざく気流の音が聖堂内に響き渡った。
そして突如として兵士たちの前に現れた気流を纏う空気の壁に火球が直撃して攻撃が阻まれた。火球の炎がそのまま気流を纏う空気の壁に燃え移る。
炎を纏った空気の壁の出現に、重武装の兵士たちの顔が一瞬で驚愕に歪んだ。隊列は崩れ多くの兵士が背を向けてその場を逃げだした。
「師匠‥‥‥どうして‥‥‥」
「お前はまだ弟子にもなってない。まだまだ見習いだ」
俺は暗殺者だ。弟子には殺しを教えるが、弟子にもなってない見習いに殺しはまだ早い。それに俺を慕うボクっ子に人間を魔法で焼き尽くせと?
こんな場面でメンヘラな判断をした自分を褒めてやりたいぜ‥‥‥隣に立った俺を見つめるルールーは、ひどく悲しそうな顔をした。それでも少しだけ安堵したように見えたのは、俺の気のせいではない。
おっと、死体の処理をお願いしているところは大目に見てもらおうか‥‥‥。
「し、師匠‥‥‥足は‥‥‥?」
「まあ、なんとかな」
小瓶に残っていたのは残りわずか3滴だった。2滴をエリーゼ王女の止血に使い、残り1滴は折れた右足に使用した。
「魔法の壁が燃えてるな。あの炎にありったけの魔力を注ぎ続けろ」
まあ、俺の気持ちなんてどうだっていいのだ。唇を固く結んでいたルールーが少しの間をおいて元気に応えてくれた。
「あいさぁあああー!!」
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも3話以上(毎日が理想)の更新ができるようにと考えています。
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