Candy(キャンディ)の正体
あの恐ろしい出来事から10年が過ぎた。政治家をしている父の影響もあり、僕は大学を卒業し外務省に入省した。僕は父を尊敬している。いつか、父のように日本を背負う代議士になりたいと思っている。
僕は中等部、高等部、大学とバスケ部だった。大学のバスケ部は歴代キャプテンが卒業後に臨時コーチを順番で担当する事になっている。今年は就職と同時に僕に順番が回って来た。
高等部には燈子ちゃんがいるはずだ。道路の反対側が高等部だから、様子を見に行くとしよう。燈子ちゃんはスペイツアルの選手だったな。
本来なら、旧家の神道の家でないと存在すら知らない事が多い部だが、燈子ちゃんを護りやすくするために、父さんが遼習院の理事長に直々にお願いしたらしい。色々と「出来る」子が集まる部だから、丁度いい。さすが父さん。
高等部の第二体育館の2階はスペイツアル・シントイスモスのために特別に大きな体育館となっている。僕は入り口を入って階段を上って行くと、部活生の集まっている所に近付いていった。
40人くらいいるのか?燈子ちゃん、確か学校では瓶底眼鏡かけているんだったな。目が大きくてすぐ好意を持たれてしまうから、読書好きも相成って、小学校高学年から眼鏡をかけるようになったんだよな。
ああ、いたいた。何人いようが、すぐにわかる。ハーフっぽい色白の顔に、頬がぱっと赤くて瓶底眼鏡!燈子ちゃん、背が伸びたな。感心してみていると、燈子ちゃんが僕に気が付いた。
「あ。蓮司さん!」
そう言ってこちに歩いてくる燈子ちゃんは、左右に髪を三つ編みにしていて、僕の前で腰に手を当ててポーズをとると、
「見てみて!今年のユニフォーム!可愛いでしょ?」そういうと、とてもチャーミングににっこりと笑う。
「燈子ちゃん、ポーズがCandyなんだけど。」
そう言うと燈子ちゃんは慌てて、「真似してるだけよ!」そう言ってぷーっと頬を膨らませていた。
「蓮司さん、今日はどうしたの?」
「バスケ部のOBが大学のバスケ部の臨時コーチを務めることになっているんだけど、今年は僕に順番が回って来たんだ。平日は仕事で忙しいから、週末や休日にコーチとしてちょくちょくいると思うよ。」
「え?!じゃあ蓮司さん、しょっちゅう遼習院に来るの?」
若者から大人まで、絶大な人気を誇るアイドル歌手Candyは、素性を隠して芸能活動をしている燈子ちゃんだ。ピンク色のウィッグを付け、大きな瞳の顔にしっかりとメイクをし、キラキラした綺麗な衣装を着て歌う姿は、瓶底眼鏡をかけている今の燈子ちゃんからは想像もできないだろう。しかも、芸の活動がばれたら停学で、最悪の場合は退学になってしまうからな。
燈子ちゃんのお父さんは燈子ちゃんの願いなら何でも叶えようとするし、それだけの地位も財力もあるから大丈夫とは思うけど。
「練習は7時迄でしょ?一緒に帰るかい?」
「あ。車が来るから蓮司さん乗って行けば?」
「そうだね。家近いからお願いしようかな。」
「じゃあ、7時にまたここに来るよ。」
お互いに練習を終え、燈子ちゃんは友達と別れると、僕の方に走って来た。
「ねえ!蓮司さん、スーツ凄く似合ってる!職場何処にしたんだっけ?外資系の会社?」
「うんまあ、外務省だけど。」
「似たようなもんじゃん!」そう言って笑うと、運転手がドアを開けた。燈子ちゃんはさっと車に乗り込むと、運転手は僕の方のドアを開けた。
「蓮司さま、ご無沙汰しております。さあ、お乗りください。」
運転手の滝さんは、もう10年以上道永家の運転手をしている。特に燈子ちゃん担当の運転手だ。見た目はおっとりしているが、空手10段で、空手の世界では大変有名な人物だ。
僕も車に乗り込むと、燈子ちゃんがさっと眼鏡を取った。そしてコンタクトレンズを付け始める。そしてコンタクトレンズを付け終えると、僕の方を見てにっこりとほほ笑んだ。
大きな瞳-。見た者が吸い込まれてしまいそうな、水色とも灰色とも思える瞳の色に長くて多い睫毛。
本人は全く気が付いていないようだけど、成長して年頃の女性に近付いている燈子ちゃんは、誰かがその目を見た瞬間、驚きで立ち止まってしまう程のの魅力を持ち始めていた。
眼鏡をかけていない燈子ちゃんの瞳を見る度に、あの時、聞こえて来た声を思い出す。多分もう、トラウマのようになっているんだな。
『この子を見てみろ!この美しい顔!瞳は薄い灰色なのか、青なのか。高貴な血筋ゆえに、罪深い美しさだな。大きくなってこの美しさで罪を犯していくならば、その前に私のものにしようじゃないか!』
僕はふと窓の外を見た。大人になった今、あの男が燈子ちゃんに何をしようとしたかが分かる。思わず拳に力が入る。
「部活がだんだん忙しくなってきて。なんだかー。今年はイギリスで引退試合があるのー。地球の反対側に行くのめんどくさいよね!蓮司さんにお土産買ってくるね!」
めんどくさいと言いつつも、嬉しそうな様子だ。今の様子だと、恐らく燈子ちゃんは思い出してはいない。
「燈子ちゃん、Candyはいつまで続けるの?」
「うーーん。飽きるまでかな。夏にはコンサートもする予定だし、まだもう少し歌っていたいかな。」
「歌は全部自分で作ってるの本当なの?」
「うん。本当。仲良しの子がね、とても素敵な歌を作ってて、私もやってみたら作れた!」
とても嬉しそうに話すので、
「コンサートかぁ。僕を招待してね。燈子ちゃん。」
「ほんと!来てくれるの?いつも忙しいって来てくれなかったのに!じゃあ、一番前の席、取っとくね!」
「あ、ああ。有難う。楽しみにしているよ。」
燈子ちゃん、君は知らないだろうけど、僕は君のコンサートは可能な限り全部見に行っていたんだ。僕が行けない時は代わりの者が燈子ちゃんを見守るために毎日コンサートに行っていた。
父さんが燈子ちゃんの記憶が蘇るのを警戒しているのは確かだ。でも、何に警戒しているのかよく分からない。あの時の男は、トランス状態に近い状態だったから、あの日のことを覚えていないという事だった。
そして、あの日祖父の別荘にいた人々は、共通の目的があって集まっていた。その結束が崩れることはまず無いだろう。今の自分たちの地位を失うようなことは、するはずもない。
車が静かに止まる。僕の自宅のすぐ前だ。
「じゃあ、乗せてくれてありがとう。時々練習を見に行くよ。練習頑張ってね。滝さんもありがとう。」
滝さんが「とんでもございません。」そう言って静かに頭を下げると、ドアを開けるために車を降りた。
燈子ちゃんが僕の方の窓ガラスを下げ、顔を乗り出して言う。
「練習、観に来てね!必ずね!」
僕はグーのポーズを取ると、車が見えなくなるまで見送りながら、呟いた。
「燈子ちゃん、僕が君を守るよ。君が、全てを思い出さないように。そして、思い出したときには、全力で守るよ。」
Candyの歌はこちらにあります。
是非聞いて下さい。
https://www.instagram.com/candy_lely/