スイート・ホーム
坊っちゃん文学賞に投稿したものです。お世辞にも面白いものとは言えませんが、お蔵入りもなんだかもったいないので公開します。
家が、爆発した。何の脈絡もなく、今日の深夜二時に突然、留守の間に。住んでいるアパートの一室が、派手に。火はすぐに消し止められたので燃え広がることもなく、怪我人も居なかったと警察官に告げられた。ただ、自分の家と家財だけが粉々になったらしい。あまりにも突然に、自分の生活が爆発四散するというのは、それはもうまさにいっそ清々しい。帰ってきた時、夜中なのに騒がしくパトカーに消防車、寝起きの大家さんやご近所の人達で駐車場のところがごった返していて、彼らに
「北村 圭悟さん。あなたの家は爆発しました」
と告げられた時には、最早歯を見せて笑うことしかできなくなってしまったほどだ。今は急遽転がり込んだホテルの一室で、保険の手続きをしている。まさかこんなことになるなんて。しかし、何故料理も全くせず、ガス栓も閉めたままにしている自分の家が、ああなったのだろうか。
彼氏の家が爆発したらしい。いつものように錦糸町で別れた後、何故か興奮すら感じるような声色の彼から、いきなり
「家が爆発しちゃった」
と、電話がかかってきた。今日はひとまずのところホテルに泊まるらしいが、しばらく私の家に泊めてほしいとの事であった。旦那と息子を見られるわけにも、それから彼氏を旦那と息子に見られるわけにもいかないし、無理だ。どうやって断ろうか。面倒なのでさっさと化粧だけは落として、今日はベッドに入ろうと思う。
彼氏の家を爆破した。当然の報いだと思う。別に捕まってもいい。私の暮らしを破壊したあの人に、私も物理的な破壊で対抗したに過ぎないのだから。彼があの女と会っているのを初めて見た時は、怒るよりもただただ悲しくて、その前の日に貰った記念日のプレゼントも、全て嘘でラッピングされたものであったのだと気付いてしまうと、目の前が黒のクレヨンで塗り潰されたように真っ暗になった。しばらくは気のせいだと思って、積極的に彼の機嫌を取ろうと努力したこともある。私が彼に下手に出る度に、彼は罪悪感からか決まって、不自然なほどに優しくなったのだ。それがまんざらでもなかった自分が一番許せない。だから全てあそこに置いて、粉々にしてやった。
家が、爆発した。何の脈絡もなく、女が一人部屋に入ってきて、すぐに出ていったあの夜。すぐに閃光が視界を支配して、その直後に凄まじい熱風が巻き起こって、俺の体を吹き飛ばした。窓のほうまで勢いよく飛ばされ、今にも打ち付けられそうな寸でのところで、ガラスが粉々に砕け散る音が響く。その後は部屋に溜まっていたゴミの山と共に、外に投げ出されてしまって、今に至る。快適な家だったのに、困った。あんな大事故があったのに、幸い怪我はなく、自慢の長い触覚は一対、脚も六本あるし、羽も問題ない。いつだって住処を奪って命を脅かすのは人間だが、俺たちは簡単にはやられない。爆炎で照らされる深夜の冷たい空気を黒光りする背に映して、俺は下水道へと降りた——。