風神の恋(1)
砂漠に吹き荒ぶ砂嵐の中、その風を突っ切って北へと向かおうとする若い男女が居た。女の方は腕に幼い少女を抱えている。
三人とも吹き荒れる砂塵を防ぐために身体をローブで覆っていた。
抱えられた少女はうずくまるようにして女の肩に顔を埋めていたが、その頭もローブですっぽり覆い隠している。
大きな荷を背負った男はその二人の後ろをゆっくりと歩いていた。
このまま直進し続ければ、北の草原へと抜けるはずであった。
しかし、この砂漠の最後の拠点である街を出発してから、この計算外の砂嵐の発生によって、方角があっているのか一向は確信が持てなくなりつつあった。
砂嵐で光が届きにくいため、辺りは薄暗く、視界はすこぶる悪い。
時間はそろそろ夕刻を迎える。吹く風が冷たくなってきたので時計を見ずともそれが感じられた。
シルフィーは両腕で抱える幼い少女、オルガに声をかけた。
「寒くない?」
少女は埋めていた顔を上げる。黒髪の下から大きな瞳がじっとシルフィーを見つめ返している。
そして、深く被ったフードの中から小さく首を振る。
「お前こそ、無理をするなよ。」
背後から男の声がした。振り返らずとも、声色から口角が吊り上がっているのが分かる。
「・・・大丈夫よ。」
シルフィーは強がって見せたが、この疲れ切った少女を腕に抱えて歩き始めてから、明らかに進む速度は遅くなっていた。このペースだと途中で夜を迎えてしまうかもしれない。
周囲の薄闇が暖色の光で少し明るくなる。クラウスがランタンに火を入れたらしかった。
この視界の中でまともな寝床が探せるかどうか。
彼女が心配し始めた矢先、ふと風が止んだ。
砂嵐を抜けたのかと思ったが、シルフィーが見回すとまだ周囲は舞い上がった砂塵で視界が悪い。不思議なことに、ここだけに風が吹いていないようだ。上を見上げると砂漠の昼下がりの青空が見えた。
まるで川底から突き出した岩に阻まれた水流のように、砂塵は裂けて、ここの両脇を流れていく。
さっきからずっと後ろを歩いていた男、クラウスがいつの間にか前に出て、二人を背に腰にしていた剣の柄に手を置いていた。
向かいから歩いて来る男を警戒しているようだ。
まさか、こんな広い砂漠の真ん中で人に会うとは思いもしなかった。
それも異様だったのは向かいから来る男の背中を避けるように、吹き荒れる砂塵の幕が左右に開いていたことだった。
(何かの魔術?)
シルフィーは一瞬考えた。
この世界には魔術が存在する。魔道士が魔術を使うのは当たり前に行われることだ。
しかし、この砂嵐が向かって来たとき、ゆうに百メートルを超える高さに砂を舞上げていたのを見た。それを空が見えるほどにかき分けるなど国で最も優秀な魔道士ですらできるかどうかわからない芸当だ。
向かいから歩いて来た旅人らしき男は三人を見ると微笑んだ。
「君たちを探していた。」