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第十八話 『勇者』の選択

 街から戻ると、家は湯気とパンの匂いで満ちていた。

 デイジーが寝ている扉を開けた瞬間、扉の隙間から色ネズミがひょいと顔を出し、すぐにデイジーの枕元へ駆けていく。

 デイジーは上体を起こしていて、こちらを見ると、少し照れたように笑った。


 「……戻ったよ」

 「おかえり……なさい」

 声はまだか細いが、昼より血色が良い。エミリアから受け取った湯呑に口をつけ、薄いスープを少しずつ飲んでいる。

 エミリアは短く息をついた。

 「食事、いけそうにゃ」

 「無理はするなよ」

 頷くと、デイジーは視線だけで「大丈夫」と伝えてきた。


 夕食は、バウワー家全員と食卓を囲むことになった。


 「熱は? 寒気は?」

 「どこが痛む?」

 「食べられそう?」


 次から次へと、柔らかい問いが飛ぶ。けれど量は多い。

 双子の兄の片割れ――フランツが、匙を置いて小さく咳払いした。


 「母さん、祖母さん、質問はあとでもできるだろ。まだ回復したばかりだ」

 「そうね」

 「ご、ごめんなさい」

 俺もついでに口を挟んだ。

 「無理はさせないでくれると助かります」


 デイジーは「大丈夫」と短く笑った。

 スープの湯気が頬に触れて、小さな色が戻っていく。


 食卓はすぐ、いつも通りの音に満たされた。

 匙と器が触れるかすかな音、誰かの笑い声、窓の外で鳴く家畜の鈴。

 この家の暮らしは、たぶん明日も続いていく。続いていってほしいと、思った。



 食後、俺は「今日は一人で考えたいことがあるので」とお願いして、デイジーとは別の部屋を用意してもらった。

 通されたのは、屋根裏にある物置のような部屋だった。あまり整理されておらず、古い家具や衣類収納、布などが隅に積まれている。

 壁には、ミニタイプのセオリアで動く大きな古時計が掛かっていて、静かに時を刻んでいた。

 古時計は、転生前は見たことがない24時間で短針が一周するタイプだった。(ちなみに、この世界も1日24時間で1年は365日である)

 「お客様には……」とマルガレーテは難色を示したが、大丈夫と押し切った。


 一人になり、俺は改めて《鑑定》で自分の状態を確認する。


————————————————

名:トウヤ 性:キスズ

性別:男性 種族:丸耳族

MP: 9/10

年齢:18

職業:勇者

恩恵(ギフト):神の種子、神の慈愛、不死の権能、言語解釈

技能(スキル):鑑定Lv.Max

————————————————


 MPは寝れば回復する。まあ、魔獣と戦うようなことがなければ、残量を気にする必要はないだろう。


 問題は、別にある。


————————————————

神の種子:自分の子供に対して、神の祝福により勇者としての身体と能力が付加される。

————————————————


 自分の子供に、勇者の素体を宿す。

 五つの国、五つの種族。均衡を保つのなら、五種族すべてに“等しく”子を持つ必要がある。


————————————————

神の慈愛:性行為を行なった相手に『勇者の母体』の状態異常を付加する。

勇者の母体:状態異常を付加した勇者が任意のタイミングで自らの子供を誕生させることができる。

————————————————


 子供を作るためには、当然ながら相手が必要だ。エミリアの話を聞く限り、勇者だと名乗り出れば、各国は候補を探してくれるだろう。


 正直、妻の候補はもう決まっている。

 細耳族は、デイジー。

 獣人族は、エミリア。

 情、というかなんというか……この二人に関しては、俺が責任を取らなければならないと思っている。少なくとも無責任に放り出すわけにはいかない。

 本人が嫌がるなら強要はできないが、全力で口説くしかない。


 だが、他の三種族――丸耳族、鬼人族、竜人族の候補がまだいない。

 勇者であることが知れ渡れば政争の具になる。自由な選択は不可能になるし、誰かが命を賭して奪いに来るかもしれない。

 勇者の血族がどういう意味を持つのか、全ての国が知り得ることなのだから。


 五カ国の中で丸耳族だけが君主制度ーーーつまり『王』がいる。

 過去の勇者の血族が、王となっているのだ。

 本来、先天的な攻撃スキルは竜人族、獣人族、鬼人族、細耳族、丸耳族という順の強さだ。

 しかし、勇者の血族がいるおかげで、丸耳族は魔石の回収能力で細耳族を上回っている。

 種族の壁すら、勇者の血は超えられる。誰しもそれを欲しがるだろう。

 国同士どころではない。同じ種族の中でも争いかねない。


『少なくない血が流れることになるだろう』


 ヴィルヘルムの言葉が突き刺さる。

 それを防ぐには、世界に選択の余地をなくしておくしかない。つまり、早急に残り三種族の妻候補を決めなければならないということだ。

 どうやって?

 ……わからない。

 だが、やるしかない。


 今、細耳族は必死になって俺を探しているだろう。

 獣人族の国に抜けたことを知られる前に――この家族に手が伸びる前に、ここを離れたい。

 そう考えると、獣人族の国から細耳族の国とは逆方向、竜人族の国に抜けたほうがいいだろう。

 あとは、明日、マティルデの結果待ちというところか。



 ただ、これまでの考察の中で、自分の中に違和感があった。

 何か、とても大切なことを見逃している感覚だ。


 ――もう、後悔はしたくない。


 これまでのことを思い出す。

 エミリアの友人のこと、世界のこと、エミリアの家族のこと、盗賊団のこと、細耳族の国のこと、――そして、転生前のこと。

 記憶の断片が、思考の渦の中で混ざり合い、そして――今に戻る。


 古時計の秒針が、カチリ、と音を立てた。


 ――そうか。


 俺は、自分の子どもに、『好きに生きろ』とは言えない――。

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