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第十七話 ヴィーゼンブルク/エミリアの選択

少しづつ更新します。

 昼過ぎ、車で一時間と少し走ったところで、街が見えた。

 運転するエミリアの解説を聞きながら、その街の様子を観察する。


 ヴィーゼンブルク――酪農と農業の中心地。

 石畳の街道に沿って広がる牧草地と、その向こうに見える淡黄色や白の壁。古い木造の市場通りと、レンガに縁取られた近代的な校舎が静かに調和している。


 街に近づくほど、建物の違いがはっきりしてきた。

 昔ながらの木造家屋は梁が太く、彫刻の施された玄関が並ぶ。けれど新しく建てられたものは――石造りに魔繊維と樹脂を多用した合成建築だ。どちらも高価だが、木材はもはや贅沢品に近い。


 この世界に銃は存在しない。

 鉄や金属は剣より大きく、複雑な形にしようとすると途端に脆くなるらしい。

 どこか、女神の意図を感じる制約だ。

 そのせいで、いわゆる鉄道に相当する乗り物はなく、金属の代替となる木材は高価、さらに樹脂も高価である。

 結果として、街の近代建築は石造りに寄り、魔繊維や樹脂は控えめに、要所だけに使う設計が増えていた。

 ちなみに、魔繊維は、セオリアを生成するときに出る不純物からつくられるそうだ。

 転生前の世界でいえば……石油から作られるナイロンみたいなものか、と頭の片隅で思う。


 市場通りの外れにある広場に車を停めた。

 他にも車は停まっており、さながら、田舎のショッピングモールのようだった。

 街へはバスが出ているという話だが、2時間以上かかるらしい。

 この世界でも田舎では車がないとやっていけないのだろう。

 そこから市場の屋台で軽めの昼食を取りつつ、街の中心まで歩いた。

 「ここは教育の街でもあるにゃ。わたしもあの女学校に通ってたにゃ」

 エミリアが指差した先には、白い壁と大きな窓が並ぶ三階建ての校舎があった。



 この街に来た主な目的は探索者の登録と、買い物だ。


 探索者とは、ダンジョンに潜って魔石を回収してくる者たちのことだ。

 魔石から生成されるセオリアは生活の基盤であり、産出量が国力に直結する。そのため各国が探索者を欲しがり、国境を超えた移動も比較的容易らしい。

 ただし、魔石はその国で売却することが義務づけられている。国外への持ち出しは禁止だ。


 獣人族の国では、一定以上の魔石と後見人がいれば探索者になれる。

 幸いにも、『黒曜のベリウス』の魔石をエミリアが保管してくれていた。



 《探索者協会》は、街の端にあった。

 こじんまりとした木造の建物で、窓枠は少し歪み、扉には年季が入っている。歴史を感じさせる佇まいだった。


 「ダンジョンのほとんどは海沿いに存在してるにゃ。つまり環の中央、魔王の島に近い場所。ここはいつも開店休業状態らしいにゃ」

 「……それでも営業してるのか」

 「普段は事務作業とか、たまに来る登録希望者への説明、あと小遣い稼ぎで魔石を買い取ったりするだけにゃ。楽な仕事で人気があるとかないとか……」


 なるほど、と頷きながら扉を開けた。


 エミリアが受付机のベルを鳴らすと、奥からエミリアと同じくらいの年頃の獣人族の女性が出てきた。


 「はーい、あ、エンミー! 久しぶり!」

 「ティルダ、久しぶりにゃ!」


 見慣れぬ僕を一瞥しつつ、彼女――マティルデ・ベッカーは微笑む。

 彼女はエミリアと同級生であり、先ほどの情報はエミリアが彼女から聞いたものだった。


 「……顔つき、変わった?」

 「わたしが? そうかにゃ?」

 「働きすぎなんじゃない? またあの双子たち、何かやらかしてる?」

 「そうじゃないにゃ…久しぶりに街に来たから、ちょっと緊張してるのかも」

 「あとで、お茶しよ。いろいろ聞かせて」


 公私混同の指摘はここでは無粋だろう。


 「それで今日はなんのご用なの?」

 「今日は付き添いにゃ」

 「……この魔石の買取と探索者登録をお願いします」


 俺は懐から黒い魔石を取り出し、机の上に置いた。


 「おっ、なかなか黒くて素敵な魔石ですね! 少しお預かりします」


 マティルデは魔石を電子レンジのような装置に入れ、スイッチを押した。機械が低く唸る。

 この世界、電気はほとんど使われていないが、魔石を使った技術はかなり高度だと感じる。


 「この純度だとかなり強かったでしょう。あなた一人で倒されたんですか」

 「トウヤは細耳族の女性と駆け落ちしてきたにゃ!」

 「まあ素敵! ああ! それは禁断の恋……」


 割り込んできたエミリアの言葉に、マティルデの目がキラキラと輝く。俺は思わずエミリアに耳打ちした。


 「……あまり聞きたくなかったんだけど、女性ってみんなこうなのか」

 「許されない恋として、異種族間の恋愛は小説の定番ネタにゃ。使い古された感はあるけど、最近再熱してるって話もあるにゃ」

 「なるほど」


 マティルデはこほん、と一つ咳払いする。


 「ということは、その女性の方も一緒に登録されるということですね」

 「はい」

 「わかりました。少しお待ちください」


 マティルデは魔石を取り出し、受付に置いてある端末を操作する。画面に数値が並んだ。


 「すごいですね。純度95%以上…これなら、複数人の登録は可能です」

 「それは幸いです。私以外の登録は後日でもいいですか? 今、怪我で寝込んでいるので」

 「はい、良いですよ。でも、この魔石なら、後一人は追加できます。

 ついでに、エミリアも登録する? なーんて……」

 「……ちょっと考えさせてにゃ」


 予想外の言葉に、受付嬢と顔を見合わせた。

 俺は話を聞いていなかったし、受付嬢は冗談で言ったようだ。

 ただ、エミリアは真剣な顔で悩んでいる。これまではありえない選択肢だったがーーー好きに生きろと言われた今であれば、それは選択肢としてあり得る。

 マティルデに言われたことでその可能性に気がついたのだろう。


 「……正直、市民権のある獣人族が探索者登録をするメリットは国外に行きやすくなることぐらいしかないけど、でも……そういうことね」


 マティルデも営業スマイルを消し、顎に手を当てて思案している。


 「わたしの権限でできることは少ないけれど……この魔石なら……いけそう。実はギルド職員には、将来有望な探索者に才能を見抜いてくれる『賢者』を紹介することが認められているの。将来有望な探索者を失わせないようにする措置ね。紹介された探索者は『賢者』に才能を調べてもらったり、簡単な指導をしてもらったりできるのよ。紹介するかどうかの判断は職員の裁量だけれど、上司の承認が必要なの。でも、説得してみせるわ。エンミー、賢者の指導を受けてから判断しても良いと思うけどどう?」


 「……嬉しいけど、まだ、決めかねているにゃ」


 マティルデは姿勢を正し、こちらに向き直る。


 「この魔石ですが、二つ選択肢があります。一つ目は通常の魔石と同様に素材として売る方法です。大体、35ダラーぐらいになります。二つ目はオークションで売る方法です。魔石がかなり珍しいので、二倍以上の値段は付くと思います。ただし、現金化までは短くて一週間、長くて一ヶ月かかります」


 獣人族の国でレギュラータイプのセオリアが35ダラー前後。感覚として1ダラーは約百円程度だ。

 現状、先立つものがなく、即現金化を考えていたが、この値段ではこれからの足しにはならない。盗賊団の命の値段と考えると、どこか悲しみを感じえない。

 ただ、セオリアは庶民の必需品であり、魔石の値段が高くなりすぎると生活が成り立たなくなる、と考えると仕方がないのかもしれない。


 「……? ちょっと安すぎるんじゃないかにゃ」

 「今、勇者が転生したっていうニュースがあったでしょう? そのせいで魔石が市場に溢れるリスクを警戒して、魔石の値段が大幅に下がっているのよ。五カ国協議で、それは否定されたけど誰も信じていないわ。正直、今売るのはお勧めしない。勇者にも困ったものね」


 はぁとマティルデはため息をつく。

 それは、信用されていない政府が悪いのであって、勇者は悪くないのではなかろうか。


 「普段はこの二つから選んでいただきますが、今回は、わたしが、明日までに、できるだけ高値で売りますので、待っていてください。よろしいですね?」

 「え?」

 「よろしいですね?」

 「……はい」


 有無を言わせない迫力で納得させられた。


 「……その代わり、エミリアをお願いします」

 「……わかりました」

 「では、この用紙に記入をお願いいたします。所長ー、いいもの手に入りました。相談がありますー」


 マティルデは書類を置き、軽やかにバックヤードへ消えた。


 「……いい友人を持ったな」

 「……でもちょっと強引すぎるにゃ」


 不満を言いながら、エミリアはどこか嬉しそうだった。



 その後、とりあえず着るものは必要であるため、エミリアにお金を借りて買い物をして帰った。

 街の石畳を歩きながら、風の匂いと、遠くで鳴る鐘の音をただ静かに聞いていた。


 「明日、どうなると思う?」と俺が聞くと、

 「だいたい、ティルダの思い通りになるにゃ」

 とエミリアは言い、笑った。

 エミリアの思う『思い通りになる』のはどこまでを意味しているのだろうか。


 エミリアの横顔は、少しだけ迷いを帯びて、そして少しだけ前を向いていた。

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