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第十六話 世界の終わり

 エミリアは黙ったまま川辺に座り込んだ。

 水音が小さく響いて、風が草を撫でている。

 空は白く霞んで、太陽がどこにあるのかすらわからない。


 「……父から聞いた話にゃ」

 そう言って、エミリアは顔を伏せた。



 ――私は軍人だった。


 それは、エミリアの父、ヴィルヘルムの言葉。

 静かな独白のように、エミリアの中で繰り返されている記憶。


 ある時、私は極秘の任務を与えられた。

 「勇者が魔王に勝てるか、調査せよ」


 それは、この世界にとって禁忌に等しい問いだった。

 誰もが勇者の救済を信じて疑わない。

 その前提を揺るがすことは、社会の基盤そのものを崩す行為に近い。

 だが、それは命令だった。


 私はあらゆる手段を講じて情報を集めた。

 過去の勇者の記録――丸耳族の国に保管された禁書まで。

 近年の魔王観察記録――過去数十年から現代までの全てを。


 そして導き出された結論――


 「勇者は魔王に勝てない」



 エミリアは膝を抱えたまま、ゆっくりと続けた。


 「理由は単純にゃ。時間が足りないにゃ」


 転生した勇者が、前代勇者と同等の強さを持ち、

 全盛期の力を一切衰えず維持し続け、

 昼夜問わず休むことなく戦い続けたとして――

 魔王を倒すまでに、当時で40年。


 「でも、勇者も人にゃ。

  睡眠も、食事も必要。

  体は衰え、心も磨り減る。

  そして何より、後の時代になればなるほど、勇者は"弱体化"してるにゃ。

  この仮定自体、無意味なのにゃ」


 風が草を揺らし、水面が揺れた。

 エミリアの耳が小さく伏せられる。


 「もう、この世界は滅びるしかないにゃ。

  女神を信仰せず、勇者に依存して、

  自分たちで問題を解決せず、先送りし続けた結果にゃ」


 俺は何も言えなかった。

 ただ、草の匂いと、水の音だけがそこにあった。


 「父は、そのレポートを提出して軍を辞めたにゃ。

  滅びるしかない世界なら、家族と過ごす時間を大切にしたいって」


 そして父は、エミリアにこう言ったらしい。


 「お前が家族のために家に残ってくれていることは知っている。

  だが同時に、お前が外に出たがっていることも、私は知っている。

  家やお金のことは私がどうにかする。

  だから――」


 エミリアは少しだけ笑った。

 涙の跡が頬に残ったまま。


 「『これからは、好きに生きてくれ』って言われたにゃ」


 俺は喉が詰まる感覚を覚えた。

 女神の言葉が蘇る。

 『魔王が強くなりすぎちゃって…1人送り込んだだけでは対応できなくなったの』


 この世界の人間が冷静に分析すれば、当然その結論に達する。

 ここは彼らにとってゲームではなく、現実なのだ。


 「勇者が前よりもっと強くなることもあるって、反論したにゃ」


 エミリアの問いに対する父の答えは、鋭く、冷たかったという。


 「『勇者が正常な判断をできると思うか?』」


 その言葉が、俺の胸の奥深くに突き刺さった。


 「『勇者はこの世界とは別の世界から転生してくる。

  この世界の事情など知らない。

  都合の良いことを吹き込まれ、我々が敵だと認識されれば、皆殺しにされるだろう。

  魔王と共に』」


 「『勇者を先に確保できなかった時点で、終わりなのだ。

  細耳族の国の歴史はよく知っているだろう?』」


 喉が渇く。心臓が跳ねる。冷や汗が垂れる。

 それは、この物語の――別の世界線。

 ただ与えられるだけの情報を信じたーーー一つの可能性。

 今は違うと頭の中で否定しつつ、容赦のない言葉に俺は何も言えなくなった。



 「勇者がいい人で、みんな助けてくれるってしてくれれば、きっと大丈夫にゃ」


 エミリアの声は震えていた。


 「『無理だな。

  一つの大きな力は人の欲を呼ぶ。

  国家間の力のバランスは崩れ、少なくない血が流れることになるだろう』」


 エミリアが黙り込む。

 ヴィルヘルムは、わずかに――ほんのわずかに、可能性を口にしたらしい。


 報告書の最後の一文。


 「『ただ、万が一――

  勇者が全ての国に平等に力を与え、

  全ての国を束ねて魔王に立ち向かうのであれば、

  可能性があるかもしれない』」


 「『ただそれは、この世界の住人ではなかった勇者にとって、極めて困難な道であり』」


 「『よほど強い志がないとできないだろう』」


 「『そんな人間が転生する可能性は限りなく低い』」


 「『そんな不確定な要素は、私の作戦には組み込めない』」



 「私はどうしたらいいのかわかんないにゃ」

 エミリアが泣いている。


 俺はしばらく黙っていた。黙るしかなかった。

 けれど、やがて口を開く。


 「……やってやるさ、やってやるとも。俺がなんとかする」


 ただ、それだけを、捻り出す。


 「……嘘でもそう言ってくれるとありがたいにゃ」


 エミリアは少しすっきりとした顔をした。

 それから、また色々な話をした。

 エミリアの学校のこと、街のこと。

 一通り話して、街に一緒に買い出しに行くことにした。



 歩きながら、頭の中であの言葉が何度もよみがえる。


 『ただそれは、この世界の住人ではなかった勇者にとって、極めて困難な道であり』

 『よほど強い志がないとできないだろう』


 わかっている。

ストックはここまでです(汗

あと数話は早めに公開したい…

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