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第十四話 神託と家族の朝

Ⅰ 国家視点:信託と政治の影


 その日、世界の五つの国が同時に動いた。

 町の鐘でも、軍の号令でもない。

 ――信託スキルを持つ巫女たちの言葉が、各国政府に同時に届いた。


 「細耳族の国に、勇者が転生しました」


 細耳族、獣人族、丸耳族、鬼人族、竜人族――五つの国。

 五大国が抱える信託者たちは互いに共鳴するように同じ文言を告げ、

 ただちに外交書簡が交わされた。


 かつての魔王討伐後、余波と混乱の中で成立した「五カ国条約」。

 その中身は厳格で、

 1. 異種族間の奴隷禁止

 2. 他国への侵攻・武力行使禁止

 3. 勇者出現時の独占禁止・協力支援・魔石配分の公平

 4. 魔石配分を決める貢献度は各国代表の協議による決定

 5. 他国領空飛行禁止

 ――というものだった。


 五カ国協議の場で、細耳族の首相は微笑みながら宣言した。

 「我が国が責任を持ち、勇者を保護します」


 隣国の代表たちは一斉に頷いた。しかし同時に不穏な予感も厚く漂った。



 すぐさま速報が発令された。

 「細耳族に勇者が現れた」と。

 人々は街でも村でもその話題で持ちきりとなった。



 ところが数週間後――。

 勇者は消息不明となる。

 噂や記事が飛び交い、「護送中の事故」や「国外移送中の失踪」など情報が錯綜する。

 さらに、細耳族国内の保守派が勇者独占を図っていたことがリークされ、議会が騒然となった。


 保守派は連鎖的に失脚し、リベラル派政権が誕生する。



 その後、魔導通信を通じて続報が発令された。

 「勇者行方不明――条約は守られたが、その所在は捜索中」と各地に流れた。


 勇者という名は再び遠い存在に戻った。



Ⅱ 主人公視点:黎枝の国の朝


 朝の光が、やけに白く眩しかった。

 まだ空が青くなる前に目が覚めた。

 枕元にはデイジーが汗を光らせて眠り、色ネズミがそっと寄り添っていた。

 呼吸は浅いが穏やかである。


 (大丈夫そうだ……)


 ただーーー色ネズミ、お前はいつからいた?


 外を覗くと、霧の中に光の窓ができている。

 猫耳の少女――エミリアが、すでに仕事を始めていた。

 エミリアの家族に助けられたが、客であることがどこか無性に居心地悪い。


 長いしっぽを揺らしながら大きな桶を運ぶエミリア。

 白い息が漏れ、冷気の中に一人立つ姿に見惚れていた。


 (朝は、本当に早いんだな)


 無意識に身体が動き始める。靴を履いて露の草を踏み、外へ。

 手にした木桶は思いのほか重い。

 「こっちにゃ、そっちじゃないにゃ。牛の方にやるにゃ!」

 「わかってる!」と言いながら力み過ぎて桶をひっくり返す。


 エミリアが笑い声を高く上げる。「にゃっはは! 豪快だにゃ!」

 「……少しくらい慰めてくれ」

 「慰めたら調子に乗るにゃ」


 エミリアは豊満で筋肉質な体をしている。

 こちらは転生したばかりでヒョロガリもいいところである。


 エミリアは何倍も大きい木樽を軽く担ぐ。

「大きい樽は無理だな……」

「慣れにゃ」

「そうかな?」


 そんなやり取りに朝の温度が溶ける。久しぶりに“人のぬくもり”を感じた。


 ちなみに、エミリアのセリフの語尾に「にゃ」をつけているのは、

 俺がその方が彼女らしいと思いつけているだけで、

 本来の彼女の語尾に「にゃ」はない。

 ここに、彼女の名誉のために記載する。



 太陽がのぼる頃には、ほとんどの家族が起きてきた。

 大皿いっぱいのパンとミルクの匂いが広がり、テーブルの上は戦場のようだった。


 バウワー家のエミリアから見た家族構成はこんな感じである。


祖父:ヨハン

祖母:クララ

父:ヴィルヘルム

母:マルガレーテ

双子の弟(兄):フランツ

双子の弟(弟):フリッツ


 テーブルに着くとかなりの大所帯である。


 「そちらの娘さんも、お熱は?」

 母マルガレーテが柔らかく尋ねる。

 「ええ、少し。たぶんすぐ下がると思います」

 「心配ね。でも、あなたが守ってあげてよかったわ」

 「守ったというより……たまたま一緒にいただけで――」


 と言いかけたところで、女性陣の視線が集まった。

 妙ににやけた顔で口々に囁き合う。


 「まぁ、駆け落ち?」

 「異種族の恋だなんて、素敵じゃない!」

 「細耳族の国じゃ同族婚しか認められないんでしょう?

 森を抜けて、命がけで愛を貫くなんて……ああ、物語みたい」


 「ち、違う! そんなんじゃないから!」

 声を張っても、誰も聞かない。

 クララ婆さんが目を細めて言った。

 「いいのよ。若いってそういうことなの」


 祖父のヨハンも大笑いして、

 「男が女を抱えて森を越えるなんざ、勇者の話より勇者だ!」と。


 (勇者だと? それ、別の意味じゃ洒落にならないんだが……)


 「そうよ、若い頃、母さんもお父さんと出会ったのは……」

 「母さん、その話、長いから、何度も聞いたから。わかってるから」

 双子の兄のフランツがうんざりしたように言う。

 「もう、折角なんだから話させてよ!」


 家族の笑い声の中、温かい湯気が食卓に昇る。

 


 デイジーは、まだ眠り続けている。

 額の熱は少し和らいだようだ。

 その傍に、色ネズミがそっと寄り添っていた。


 昼、牧場の手伝いをしていると、エミリアがバケツ越しに話しかけてきた。

 「……あなたたち、本当に駆け落ちじゃないのにゃ?」

 「何度も言うけど違うんだよ。ただの旅の仲間だ」

 「でも、守りたいって顔してるにゃ」

 「……それは、そうかもしれない」


 言葉に詰まる俺を見て、エミリアはにゃっと笑った。

 彼女の声は、どこまでも明るかった。



 夕方、牧場全体が静まるころ。

 牛の鈴と風の音だけが残る。


 卓の上で魔導通信からニュースが流れた。

 「――細耳族の国に、勇者が転生したとの報告が入りました」


 エミリアはパンを千切りながら笑う。

 「すごい話にゃ。勇者さま、魔王を倒すのかにゃ?」

 双子の弟のフリッツが茶化す。「倒してくれたら働かずに済むのにな」

 みんなが笑い、食卓は温かい。


 家族は一様に「遠い神話」のような受け止め方だった。

 かつて魔王討伐という伝説の話があったが、

 今勇者が現れたところで直接自分たちと関わる想像は誰もしないのだろう。

 この世界の勇者の存在が遠くなっていることを感じた。


 そして、自分でさえも、どこか他人事のように思えた。

 すでに細耳族の国から離れ、獣人族の国で温かい家族に迎え入れられて、

 この世界に来てからーーーいや、この世界に来る前に遡ってもーーー得られなかった温かい家族の中にいたのだから。


 ただ一人、父ヴィルヘルムは表情を動かさず魔導通信器の音に耳を澄ませていた。

 その瞳の奥にだけ、重たい現実が沈殿していた。



 夜。

 牧場の家々は窓の灯りが柔らかく灯る。

 ヴィルヘルムは無言で立ち上がり、「エミリア、少し話がある」と声をかけ部屋へ誘う。

 エミリアは耳をぴくりと動かし真剣な顔で父を追う。

 扉が静かに閉まる。


 外には二つの月が寄り添うように昇る。

 白と青の光、冷たい風。

 その夜に牧場は静かに沈んでいく。



 数週間後。

 勇者行方不明の続報が発令される頃には、

 トウヤとデイジーの姿はもうこの村にはなかった。


 世界は勇者を探し続けていたが、

 誰もこの静かな家に勇者がいたことには気づかなかった。


 二つの月が低く沈み、また朝が巡る。

 牛の声が響く。今日も獣人族の国に朝が来る。

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