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第十三話 死闘

 また、白の中だった。

 音も風もない。時間の輪郭が欠けたような空間。


 『大丈夫! 最初に作った時より弱体化させたから! パターンを掴めば勝てるの!』


 (……お前が作ったのかよ)


 皮肉のように思考が舞った。

 体が描き直されていく。

 光が絡まり、皮膚が、呼吸が、形になる。

 そして、世界が戻る。



 森の匂いが急に濃くなった。

 湿った土の感触。焼け焦げた木材の匂いが鼻を刺す。


 小屋の中では、デイジーが倒れていた。

 彼女の肩口から血が滲み続けている。乾くほどの時間は経っていない。

 (世界は止まってない。俺だけが作り直されたのか……)


 掌を見る。

 縄の跡も消えた綺麗な手。

 消えた腕の痛み。

 不死の権能――それは、死を超える力なんかじゃない。

 死んだ俺の体を再構成するだけの仕組み。世界はそのまま進み続ける。


 《鑑定》。

 視線を定めると微かな熱。

 MP:6 → 5


————————————————

HP:262

 状態:理行動中 第3段階

 スキル:影喰いLv.7/理反転Lv.5/不在の一撃 Lv.3

————————————————


 (やっぱり進化してる……俺が死んでる間、時間は動いてた)


 風も音もない森。

 すでに、生きている盗賊の姿はない。

 奥に沈む影が見えた。

 黒曜の輪郭がゆっくりと揺れる。

 音のない低周波のような圧が、肺を押しつぶしてくる。


 デイジーの方にその影が動く。

 俺は咄嗟に近くの木片を投げた。

 黄色い眼がこちらに向いた。



 何度か死んで分かった。

 黒曜のベリウスのスキルは以下の特性がある。


影喰い:黒曜のベリウスの影が伸び、自分の影が食われると動けなくなる。影に気をつければ避けるのは容易。

理反転:黒曜のベリウスの周囲の色が反転する。黒曜のベリウスは動かないが、攻撃すると自分にダメージが入る。攻撃をしなければ影響はない。

不在の一撃:視認できない攻撃。発動前のモーションが独特で、タイミングを盗めば回避は可能。


 注視していれば避けられるが、頻繁に影に消えるため、運が悪いと死ぬ。

 ただ、このままではジリ貧だ。

 俺は囮になるように、森の奥へ足を進めた。

 視界の端に盗賊の死体とナイフを捕らえる。


「セーブ」

『セーブしました』


 泥が靴底から冷たく染みてくる。

 息を合わせるように、空気が緊張した。

 胸を焼かれる感覚とともに、体が途切れた。



 視界が赤に変わる。

 そこは、今までと違った空間だった。

 赤い光と、静止した空気の中に、二つの月が浮かんでいる。

 一つは白く、もう一つは鮮血のような赤。

 互いの光を溶かし合うように、無風の世界で並んでいる。


 (……何だここは)


 胸の傷は消え、光が体を満たす。

 だが、体温も鼓動も感じない。

 言葉のない赤の世界。

 次の瞬間、白に覆われ音もなく消えた。



 再生。

 場所は元の森、時間は進んだまま。

 黒曜のベリウスが、こちらを向いている。


 (……一瞬、何かを見た。あれは夢か、仕組みか)


 体から力が戻る。

 息を整え、ナイフを拾い逆手で構える。

 理反転に乗じて踏み込む。

 理反転が切れたタイミングで、すれ違いざまに脇腹にナイフを刺した。

 鈍い感覚が手に伝わる。


 《鑑定》。

 MP:5 → 4


————————————————

HP:259

————————————————


 たった3のダメージ。

 それが、この世界に来て初めての一撃だった。

 大きな一歩だ。

 影が消える。

 視線を巡らし、姿を探す。

 ーーー少し離れた背後の森の中。

 横に回り込み、影食いを避けながら、間合いを詰めていく。

 間合に入ると、不在の一撃のモーション。

 冷静にタイミングを見計らい、間一髪で回避して無防備な脇腹にナイフを刺す。


 冷静に対応すればいける---

 確かな手応えを感じた。


 影が消える。

 次は目の前に影が現れ、すぐに不在の一撃のモーションが始まる。

 こちらはまだ体勢が整っていない。

「しまっーーー」


 そして――また、闇の中。

 俺の体が再構成されていく。

 空間が弾け、光が外へと流れた。


 現実へ戻る。

 予想通りナイフはまだ手の中にあった。

 服と同じ扱いなのだろう。

「これを繰り返すのか……」

 これから始まる攻略作業にうんざりしながら、影に向かっていった。

 

 何度死んだかわからなくなる頃ーーー

 最後の一撃が影の脇腹に突き刺さる。

 黒曜の体が崩れ、空中で細かく砕けていく。

 残ったのは、掌に収まる黒い石だけだった。

 表面は冷たく、光は一切ない。


 《鑑定》。


————————————————

魔石:魔獣を倒すと手に入る結晶。

エネルギー源になる。

————————————————


 「……これが、魔石……か」


 元の世界にはない言葉を、確かめるように呟いた。


***


 視界の端で、デイジーがうっすらと動いた。

 まだ意識は戻らない。息だけは浅く続いている。

 俺は膝をつき、彼女の肩に手を当てた。


 「……もう大丈夫、だと思う」


 森は静かだった。

 風も、鳥も、戻らない。

 セオリアを積んだ車が傍にある。

 鍵を捻るとわずかに振動した。

 まだ、動きそうだ。


***


 デイジーを抱えて、車の中へ運び込む。

 置いてあったセオリアを押し込み、エンジンをかけた。

 唸るような音だけが森に響く。


 車はゆっくりと動いた。

 道は暗く、車灯は壊れていて、何も見えない。

 枝の影を拾い損ね、何度かハンドルを切る。

 同じ場所をぐるりと回っているような錯覚。


 (……道、間違えてるな)


 それでももう止まれなかった。

 方向感覚だけを頼りに、森の外を探す。


 しばらく進むと、草木が薄れ、風が少し吹いた。

 森の端、夜が揺れる。

 車が止まった。


 空はわずかに明るんでいた。

 二つの月が、並んで白金色に霞んでいる。

 世界が静かだ。


 「……もう少しだけだ、デイジー」


 彼女を背負って数歩進む。

 地面が軋み、足裏の感覚が遠のく。


 車のハンドルに残っていた黒い石を、俺は手に握り直した。

 指の温度が次第に消えていく。


 「……きれいだな」


 呟いたあと、視界の端で二つの月が重なり、

 世界がゆっくりと白へ溶けた。

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