第十二話 森の隠れ家
車が止まった。
ぬかるんだ地面を踏みしめた瞬間、靴底が沈み、湿った音を立てる。
森の奥の空気は、まるで肺を塞ぐように重かった。
俺とデイジーは縄で縛られたまま、小屋へ押し込まれる。
狭い部屋。古い木の匂いと、かすかな煙の残り香。
壁の隙間から、うっすらと外の焚き火の光が漏れている。
後ろ手で縛られた腕を動かそうとしてみると、若干の緩みはあった。
縄を抜けられたところで、彼らの腕っぷしに敵うはずはないがーーーと思いつつ、拘束を解くため、腕を慎重に動かす。
◇
外から獣人たちの足音。時折、木が軋む音。
火の音の向こうに、風の反響――。
まるで森が呼吸しているような、低く長い唸りが聞こえた。
不安が胸を掠める。
窓越しに、リーダー格と思われる獣人を見つめた。
――《鑑定》。
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名:クラウス・ヘッゲン
種族:獣人族
年齢:32
職業:盗賊頭
恩恵:なし
技能:身体強化Lv.6
MP:7/12
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やはり、戦士タイプだ。
俺みたいな素人の腕でどうにかなる相手じゃない。
けれど確かに、こうして“知る”ことで少しだけ冷静になれた。
鑑定でもMPを消費する。
今後はMP管理が大切になってくる。
……盗賊が話している声が聞こえた。
「結局、特別なものは見つからなかったっすね」
「ま……」(向こうに向いているため聞こえない)
「『夜明けの種』はなんなんっすかね? 兵器? 人工物?」
「『黎枝の種』だ。積荷はひっぺがしてまで全部持ってきたんだ。どこかに入っているんだろうよ」
盗賊たちは「種」を探しているようだ。
英語にしてみると『夜明けの種』は《Dawnseed》、『黎枝の種』は《Seed of the Dawnbough》だが、---対応するものは思いあたらない。
「セオリア」と同じく固有名詞だろうか。
《言語理解》のスキルは固有名詞が入ってくると、
「それはこの世界の常識だから」と言わんばかりにそのまま訳される。
転生者には優しくない仕様だ。
「セオリア《Theoria》」を含め、この世界で情報を集める必要がある。
情報は武器になる。
拘束はもう少しで解けそうだ。
◇
夜が落ちる。
焚き火の光が小さくなり、外の音が……消えた。
本当に、何も聞こえない。
呼吸する音すら、吸い込まれていくような静寂の中、
俺は胸の奥にざらりとした嫌な感触を覚えた。
再度《鑑定》。視界を外に向ける。
MP:8 → 7
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名:黒曜のベリウス
HP:3000
種族:魔獣(構造型:黒曜獣)
状態:理行動中 第1段階
スキル:影喰いLv.4/月哭の咆哮Lv.2
備考:童話由来モデル/活動範囲5km
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思考が止まった。
ベリウス。デイジーが童話として口にした名。
――まさか、実在していたのか。
森の奥で、影のような輪郭が揺れる。
壁の板を透かしてでも感じ取れる“視られている”感覚。
音が一切ないのに心臓の音だけが響く。
「……デイジー、外に何か」
「見なくていいです」
彼女の声が震えていた。
突如、外で悲鳴。
焚き火が吹き消される音。誰かが「構えろ!」と叫ぶ。
外に目を向けると盗賊たちが一斉に森に突撃していた。
統率の取れた動きで、黒曜のベリウスを切り裂いていく。
次の瞬間、視界の端が黒に覆われた。
再度《鑑定》。
MP:7 → 6
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(簡易のため変更点のみ記載)
HP:1447
状態:理行動中 第2段階
スキル:影喰いLv.6/理反転Lv.4/不在の一撃 Lv.1
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光が反転する。
世界が白と黒を入れ替え、風が止まる。
盗賊たちは攻撃を仕掛けるが、
その度に、呻き声をあげて倒れた。
「何が……」
怯んだ盗賊たちを、黒曜のベリウスが喰らう。
盗賊が落ち葉のように飛んでいく。
同時に木片が飛んできた。
倒壊しかけた小屋の壁が衝撃で裂け、破片が飛散する。
その一片がデイジーの肩を切り裂き、赤い線を描いた。
「デイジー!」
返事はなく、彼女が倒れこむ。
俺は腕に無理やり力を入れ、拘束をとく。
腕と手首に痛みが走るが、かまわずデイジーに近寄り、傷口を服で縛る。
傷口は深くはなさそうだ。
小屋の外に出る。
盗賊は残り1人が必死に戦っているが、長くは持たないだろう。
MPは残り6。これ以上の《鑑定》は限界だ。
自分に鑑定を思い出す。
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恩恵:神の種子、神の慈愛、不死の権能、言語解釈
技能:鑑定Lv.Max
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スキルの中から、使えるスキルを探す。
《不死の権能》。
説明は、一行だった。
> 「寿命以外で死亡した場合、セーブした地点から再生する。」
……あほか。そんなRPGみたいな。
思わず口に出してしまった。
「セーブ」
頭の中で声が響いた。
『セーブしました』
苦笑が漏れる。
「ボスの前でセーブするバカがどこにいるんだよ……」
ベリウスの爪が光り、胸を貫く。
◇
白が弾けた。
痛みも恐怖もすべて押し流すように感覚が消える。
その闇の奥から、やけに明るい声。
『おお! ゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない!』
(……それお前が言いたいだけだろ)
呟くと、視界の端で光が滲み始めた。
世界が白に塗り潰される。




