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第十二話 森の隠れ家

 車が止まった。

 ぬかるんだ地面を踏みしめた瞬間、靴底が沈み、湿った音を立てる。

 森の奥の空気は、まるで肺を塞ぐように重かった。


 俺とデイジーは縄で縛られたまま、小屋へ押し込まれる。

 狭い部屋。古い木の匂いと、かすかな煙の残り香。

 壁の隙間から、うっすらと外の焚き火の光が漏れている。


 後ろ手で縛られた腕を動かそうとしてみると、若干の緩みはあった。

 縄を抜けられたところで、彼らの腕っぷしに敵うはずはないがーーーと思いつつ、拘束を解くため、腕を慎重に動かす。



 外から獣人たちの足音。時折、木が軋む音。

 火の音の向こうに、風の反響――。

 まるで森が呼吸しているような、低く長い唸りが聞こえた。


 不安が胸を掠める。

 窓越しに、リーダー格と思われる獣人を見つめた。


 ――《鑑定》。


 ————————————————

 名:クラウス・ヘッゲン

 種族:獣人族

 年齢:32

 職業:盗賊頭

 恩恵ギフト:なし

 技能:身体強化Lv.6

 MP:7/12

————————————————


 やはり、戦士タイプだ。

 俺みたいな素人の腕でどうにかなる相手じゃない。

 けれど確かに、こうして“知る”ことで少しだけ冷静になれた。

 鑑定でもMPを消費する。

 今後はMP管理が大切になってくる。


 ……盗賊が話している声が聞こえた。


「結局、特別なものは見つからなかったっすね」

「ま……」(向こうに向いているため聞こえない)

「『夜明けの種』はなんなんっすかね? 兵器? 人工物?」

「『黎枝の種』だ。積荷はひっぺがしてまで全部持ってきたんだ。どこかに入っているんだろうよ」


 盗賊たちは「種」を探しているようだ。

 英語にしてみると『夜明けの種』は《Dawnseed》、『黎枝の種』は《Seed of the Dawnbough》だが、---対応するものは思いあたらない。

 「セオリア」と同じく固有名詞だろうか。

 《言語理解》のスキルは固有名詞が入ってくると、

 「それはこの世界の常識だから」と言わんばかりにそのまま訳される。

 転生者には優しくない仕様だ。

 「セオリア《Theoria》」を含め、この世界で情報を集める必要がある。

 情報は武器になる。

 拘束はもう少しで解けそうだ。

 


 夜が落ちる。

 焚き火の光が小さくなり、外の音が……消えた。

 本当に、何も聞こえない。


 呼吸する音すら、吸い込まれていくような静寂の中、

 俺は胸の奥にざらりとした嫌な感触を覚えた。


 再度《鑑定》。視界を外に向ける。


 MP:8 → 7


————————————————

 名:黒曜のベリウス

 HP:3000

 種族:魔獣(構造型:黒曜獣)

 状態:理行動中 第1段階

 スキル:影喰いLv.4/月哭の咆哮Lv.2

 備考:童話由来モデル/活動範囲5km

————————————————


 思考が止まった。

 ベリウス。デイジーが童話として口にした名。

 ――まさか、実在していたのか。


 森の奥で、影のような輪郭が揺れる。

 壁の板を透かしてでも感じ取れる“視られている”感覚。

 音が一切ないのに心臓の音だけが響く。


「……デイジー、外に何か」

「見なくていいです」

 彼女の声が震えていた。


 突如、外で悲鳴。

 焚き火が吹き消される音。誰かが「構えろ!」と叫ぶ。


 外に目を向けると盗賊たちが一斉に森に突撃していた。

 統率の取れた動きで、黒曜のベリウスを切り裂いていく。

 次の瞬間、視界の端が黒に覆われた。


 再度《鑑定》。


 MP:7 → 6


————————————————

(簡易のため変更点のみ記載)

 HP:1447

 状態:理行動中 第2段階

 スキル:影喰いLv.6/理反転Lv.4/不在の一撃 Lv.1

————————————————


 光が反転する。

 世界が白と黒を入れ替え、風が止まる。


 盗賊たちは攻撃を仕掛けるが、

 その度に、呻き声をあげて倒れた。

「何が……」

 怯んだ盗賊たちを、黒曜のベリウスが喰らう。

 盗賊が落ち葉のように飛んでいく。


 同時に木片が飛んできた。

 倒壊しかけた小屋の壁が衝撃で裂け、破片が飛散する。

 その一片がデイジーの肩を切り裂き、赤い線を描いた。


「デイジー!」

 返事はなく、彼女が倒れこむ。

 俺は腕に無理やり力を入れ、拘束をとく。

 腕と手首に痛みが走るが、かまわずデイジーに近寄り、傷口を服で縛る。

 傷口は深くはなさそうだ。


 小屋の外に出る。

 盗賊は残り1人が必死に戦っているが、長くは持たないだろう。


 MPは残り6。これ以上の《鑑定》は限界だ。

 自分に鑑定を思い出す。

————————————————

恩恵(ギフト):神の種子、神の慈愛、不死の権能、言語解釈

技能(スキル):鑑定Lv.Max

————————————————


 スキルの中から、使えるスキルを探す。

 《不死の権能》。


 説明は、一行だった。


 > 「寿命以外で死亡した場合、セーブした地点から再生する。」


 ……あほか。そんなRPGみたいな。


 思わず口に出してしまった。

 「セーブ」


 頭の中で声が響いた。


 『セーブしました』


 苦笑が漏れる。

 「ボスの前でセーブするバカがどこにいるんだよ……」


 ベリウスの爪が光り、胸を貫く。



 白が弾けた。

 痛みも恐怖もすべて押し流すように感覚が消える。


 その闇の奥から、やけに明るい声。


 『おお! ゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない!』


 (……それお前が言いたいだけだろ)


 呟くと、視界の端で光が滲み始めた。

 世界が白に塗り潰される。

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