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改札を飛び越えると、ホームへ向かう階段に大きな亀裂が入っているのが見えた。ならば柔軟性の高いエスカレーターはと見れば、まだ大きなダメージは受けていないように見える。
「しめた!」
万全のために、改札入って左側の上り口に向かう。こちらはエスカレーター二本で構築してあり、全くのノーダメージだ。
しかし、停止しているエスカレーターを駆け上がるというのはただの階段を駆け上がるよりも負荷が高い。エスカレーターの中ほどで、リズムを崩して、鶯谷は大きくよろけた。
「あっ!」
ビビる膝を励まして踏みとどまる。
「大丈夫、大丈夫だ、発車まであと58秒……」
頭の中で残り秒数をカウントしながら、残りの段数を一気に駆け上がる。
ホームに停まったスカイライナーは、すべてのドアを開けて鶯谷を待っていた。エスカレーターを登ってすぐ、開いたドアの中から男が叫ぶ。
「おい、あんちゃん、こっちだ!」
女の子を抱く腕に力を込めて、転がるようにドアの中へ。待ち構えていた数人の男たちが鶯谷を抱きとめ、車内へと引き摺り込んでくれた。
鶯谷は叫ぶ、声をかぎりに。
「最終乗客確認! 発車準備ヨシ! 出発進行だ、千駄木ぃ!」
その声はホームを揺るがす地響きよりも大きく、崩れ始めた日暮里駅の隅々にまで響き渡った。
シューっと音がしてスカイライナーの全てのドアが閉じられ、そして深い藍色と眩しいほどに輝く白のツートンカラーの車体は静かに加速を始めた。
そのあと、混み合う車内をかき分けて、鶯谷は車掌室へとたどり着いた。女の子は、きっと今頃は車内のどこかで両親に抱きしめられているはずだ。
運転室への無線を手に取り、鶯谷は疲れ切った吐息を吐いた。
「千駄木、運行状況はどうだ」
無線の向こうからはノイズに混じって陽気な声。
『順調順調。いや、架線にダメージでも出たらアウトだなと思ってたんだけど、俺ら、全くツイてるぜ』
「そうだな」
車掌室は最後尾、今まで自分がいた日暮里の街が静かに沈んでゆく様子がありありと見える。
先ほどまで自分達がいた日暮里駅が白い箱のように見える。それは一瞬だけ跳ね上がり、くしゃっと潰れて地中に落ちていった。
かつて日暮里と呼ばれたその町は、半径およそ1キロメートル深さ800メートルの穴の底へと叩き落とされ、姿を消した。
「なあ、千駄木」
『なんだ?』
「運転手、続けるのか?」
『お前はどうなんだよ、もう駅員は懲り懲りか?』
「いや、俺は……」
日暮里駅は崩れ落ち、その役目を終えた。だがK成電鉄がなくなったわけじゃない。青砥から成田に向けて伸びるレールは無事だし、都営浅草線に向けての乗り入れ線は無事だ。
電車を走らせる人がいるかぎり--走らせようという熱いハートがあるかぎり、K成線ほ止まらない。
「俺はまだ走れる。だから、駅員を続けるよ」
『そうだろ、俺もだよ』
無線越しの誓いを抱いたスカイライナーは、成田空港駅に向けて走るのであった。