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12時30分、鶯谷の胸ポケットの中でスマホが鳴った。出れば、かなり慌てた早口で相手が名乗った。
『君、鶯谷くんだね、所田だが!』
「所田教授?」
『テレビ、テレビは見ていないのかね、スマホニュースでもいい!』
「いいえ、見ていませんが」
『何をしとるんだね、早くニュースを見ないか!』
鶯谷は駅長室に向かって走ろうとした、と、その時、足元が小さく揺れた。
「地震?」
その自信は大きなものではなかったが、地の底で太鼓を鳴らすような重たい地響きを伴っていた。
『始まったぞ!』
「まさか!」
大慌てで駅長室に飛び込んだ鶯谷が見たものは、テレビに向かって何かを口汚く罵っている駅長の姿だった。
「なぜだ! まだ沈まないはずじゃないのか!」
テレビにはどこかのヘリが空撮したらしい大穴が映っていた。ヘリの音に混じって、レポーターのがなり立てる声が。
『ごらんください、我々はいま、三河島の上空にいます!』だとすれば、大穴の端に申し訳なくぶら下がっている四角いコンクリートは、ジェエアール三河島駅の残骸ということになる。
スマホの中から所田博士が叫んだ。
『地震だ、さっきの地震で崩落が早まったんだ!』
「だって、そんな大きな地震じゃありませんでしたよ!」
『大きさは関係ない! 方向性と、深度の問題だ! すでに日暮里の地層は限界を迎えていた、それが力学的弱点方向に揺すられたのだから、耐えられるわけがない!』
「どうすれば……」
『すぐにそこから離れるんだ! 私の計算ではもってあと30分、30分で日暮里の全てが地の底に沈む!』
「しかし、まだ避難していない住民が!」
『そこまでは知らんよ、ただ、あと30分のうちにそこを離れなくては、君たちも日暮里崩落に巻き込まれるぞ!』
通話は非情にもブツンと切られた。しかし、責任感の強い鶯谷は、自分だけが逃げ出そうとは思わなかった。
「テレビだ、テレビを使って避難を呼びかければ!」
いつの間にか千駄木も駆けつけてきていた。
「鶯谷、上野にある電車を全て宗吾参道の車両基地に向けて走らせるんだ! 駅員と、駅についた避難者たちは順次その電車にのせる、俺とお前はしんがりとしてスカイライナーで、ぎりぎりまでここに踏みとどまるぞ!」
「しかし、それじゃ千駄木、お前も危険だ!」
「お前、スカイライナーを運転できるのかよ、電車にはどうしたって運転手が必要だろ」
「だが、日暮里全域の住民をここに集めるには時間が足りない! せめて、せめてジェエアールの西日暮里駅が使えれば!」
しかしジェエアールはもう何日も前に西日暮里駅を廃している。いまさらそこに来る電車など……また一つ、足元が揺れた。テレビからはがなり立てる声。
『あっ、あれをご覧ください!』
鶯谷は、さらに広がった大穴が映し出されるのだと思った。しかし、テレビに映ったのは希望――高架の上を走るまぶしいほど白い五両編成の電車の姿だった。
『舎人ライナーです! 東京交通局です! 入電が入っています、舎人ライナーは西日暮里駅に向けて走行中、付近住民の皆さんは、すぐに西日暮里駅へ向かってください!』
しかしそれだけではダメだ、日暮里駅を挟んで反対側、谷中方面が手薄になる。
『ああっ、ジェエアールからも入電です! ジェエアールは近辺を走るジェエアールバスを救援車両として谷中方面に向かわせているそうです! 谷中方面の住人の皆様は、屋外に出てバスをお待ちください!』
鶯谷が目頭を押さえる。
「ジェエアールは……日暮里を見捨ててはいなかった!」
しかし彼はすぐに目頭を放し、駅長に向かって叫んだ。
「駅長、ウチもテレビ局に連絡を! 駅長は集まった住人と駅員を誘導して一緒に都市型で脱出してください! 俺と千駄木がスカイライナーでしんがりを務めます!」
「わかった!」
「スカイライナーの発車時刻は未定! ギリギリまで避難して来る人を待ちます!」
「鶯谷くん、気を付けて!」
「駅長も……御無事で!」
そうと決まったら一分としてむだにする時間はない。
「千駄木、スカイライナーがいつでも走り出せるように、運転席に入っていろ、俺は改札を手伝ってくる!」
「了解!」
三人はそれぞれが己の使命に向かって、パッとはしりだした。




