後編。女神との出会いと示される路。
『なるほど。人間とは違う三つの魂。なにかと思ったら、ドラゴンだったのね』
突如した女の声に、三匹は一斉に首を動かして声の出どころを探す。
しかし、空間全体に響く声の主は、いくら竜の長い首を回しても
見つからない。顔を見合わせる三匹。
すると、訝しむ三匹に答えるように、空間の白さが少しずつ薄れ始めた。
空間全体の変化に、三匹は思わず身を寄せる。
白さが薄れるのと引き換えに、空間の全貌が見え始める。
そこは、晴れた朝と昼間の間程度の明るさの、
竜たちからすれば狭すぎる場所だった。
「普通、ここには人間の魂が来るんだけど、こういうこともあるのね。
ようこそ転生の神域へ、不運なドラゴンたち」
声をかけて来たのは、一人の女性。
薄く灰色の入った白いカクテルドレスにセミロングの黒髪、金色の眼。
竜たちは、色のはっきりした人間と言う印象を受けた。
空間の姿がかわる時にした声と同じであると理解し、
竜たちに緊張が走る。
「緊張しないでよ、話がしたいだけなんだから」
女性はそう言うが、竜たちは死んでいるはずの自分たちのところに
現れる人間と言う段階で、既に警戒心は最大である。
「大丈夫だってば。別にあなたたちの魂を消そうってんじゃないし。
むしろ逆だからさ、あたしは」
「おぬし、いったいなにもので、なにを言うておるのじゃ?」
警戒を解かないまま、黒い竜が問いを投げつけた。
「そうね、自己紹介しておきましょうか。あたしはリカネ。
無数にある扉神世界の転生を、全て担う女神よ」
「女神……って、なに?」
「ああ、そこからなんだ。女神は、女の神様のことよ」
赤い竜の問いに面喰いながらも、女神リカネは気を取り直して答えた。
「神。父上が言うておったな。黒竜の王たる父上より、更に偉く、
通常、自分たちの暮らす世界には姿を見せることのない、
しかし上位の魔物には、しかと存在を感知できる、
そんな不思議な存在だと」
「へぇ」
赤い竜、いまいち要領を得ていない様子である。
「そうなの? ぼく、海の神って言われてる海神様、渦竜って言うんだけど、
海神様とあったことあるよ。でも、ぼくとおんなじ竜で、
人間さんみたいなかっこはしてなかった」
「ん? 普段見えないんじゃないの?」
二匹が二匹、別のことを言ったので、赤い竜は黒と青を交互に見ながら
困惑した語調だ。
「世界によって神の扱いもさまざまだから、祖語は生まれるわよ。
で、あたしはそういう、単一の世界よりも、
もうちょっと上の位置にいる神様なの」
「「「ふぅん」」」
「駄目だ。まったくわかってない」
三匹の反応を見て、女性こと女神リカネは溜息交じりである。
「そうねぇ。あなたたちにとって、あぶない存在じゃないってだけわかってくれればいいわ」
しかたなく、リカネは要約。それに三匹は、全員わかったと返す。
「して、女神と言うたな。わらわたちと、いったいなにを話すつもりなんじゃ?」
「とげとげしいわねぇ。大した話じゃないわ。ただ、
あなたたちがどうするのか、それを聞きたいだけ」
「どう、って?」
赤い竜の問い返しに頷くと、リカネはその要件を話す。
「ここは、魂のとどまる場所。生きると死ぬの中間地点。
あたしの役目は転生。それも、今のあなたたちをそのままに、
どこかの現世に送り出すこと。でも、ちょっと余白もあってね。
さて、どっちを選ぶのかなって、そういう話」
「なんのことやら、さっぱりなんじゃが?」
「ねぇ」
「女神様。選べって言うなら、ぼくたちに、その余白って言うの
教えてくれませんですか?」
顔を見合わせる黒と赤と違い、縮こまりながらだが、
青い竜はリカネに尋ねた。
緊張がありありと伝わって来るが、それを茶化すことなく
リカネはよく聞いてくれたとばかり大きく頷いて、問いに答える。
「余白って言うのは。この領域で、あたしとか他の神様連中と暮らすことよ。
あなたたち、人間のいる世界、行きたそうには思えないからさ」
「たしかに。今、わらわは人間に出会いそうなところには
行きたくないのう」
「あたしもそうだなぁ」
「でも、ぼくたちがこうして、人間さんと同じ言葉が話せてたら、
ぼくたち、ここに来てなかったかもしれない。
でも、たしかに今は人間さんには会いたくないな」
「なるほど。青い子の言い分は、今はとりあえず人間と距離を取りたい。
でも、いずれは人間のいる世界に行きたい、こういうこと?」
「そうです」
青い竜の答えに頷くと、リカネはこう提案した。
「オッケー。ここには、たまに人間が来ることがあるわ。
だから、あたしの仕事を見るついでに、少しずつ人間と触れ合うことで
自分たちの答えを出すって言うのでどう?」
「どういう意味じゃ? わらわ、あんまり遠まわしに言われると、
どういうことだかわからんのじゃよ」
「そうね、簡単に言いましょう。
現状は、この神域にとどまるってことで、いいかしら?」
リカネからの問い返しに、三匹は同時に頷いた。
「よし。じゃあ」
一つ大きく息を吸うと、リカネは静かに言葉を紡ぐ。
「数奇なる魂に、神域の加護を」
きさくな雰囲気のこれまでと違う、優しく語り掛けるような声色。
その声に安らぎを感じた三匹の竜は、女神の言葉の直後、
なにかの力が自分を包んだことを感じ取った。
「なにをしたんじゃ?」
「言葉の通り、ちょっとした守りの力をね。
あたしといっしょにいると、転生の力の巻き添えで、
望まないタイミングで、その転生者にくっついて
生き返っちゃうかもしれないから、その防止作」
「なるほど?」
「ぼくたちの気持ち、考えてくださったんですね」
「青い子は頭の回転がいいみたいね。よし、ついてきて、神竜三姉妹」
「姉妹? わらわたち種族は別じゃぞ?」
「たぶん、生きてた世界も違うけど?」
「んあぁもぉっ! 神竜赤 黒 青じゃめんどくさいでしょうが!
三匹まとめて姉妹でいいのっ。ほら、ついてきなさい」
いらだちを隠さずグルリと竜たちに背を向けて、リカネはずんずんと歩いて行く。
「神竜だなんて、なんか くすぐったいなぁ」
それでもまんざらでもない様子の青い竜。
「神の竜か。悪くないのう」
喜びの含み笑いで呟く黒い竜。
「って、そんな感慨にふけってると見失っちゃう! おっかけるよっ!」
慌てて四足歩行で、ジャンプするように走り出す赤い竜。
「なんで……飛ばないんじゃろな?」
「さあ?」
そんな様子を見て、顔を見合わせる青と黒。
「ついてこいってばー!」
さきほどのリカネのような、少々いらだった調子で首だけ向けて叫ぶ赤い竜に、
「はーい」
「わかったわかった」
二匹は答えると、低空飛行で追いかけた。
強すぎる人間によって、認識する間もなく殺されてしまった三匹の竜。
この神の領域で彼女たちは人語発声能力を得た。
それによって、人間と言う生き物をどう見るのか。
そして彼女たちは、どんな答えを出すのだろうか。
これは。きっかけの物語。
THE END