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老人に貰った地図を頼りに進むと、すんなりとヤオート刺繍店に辿り着いた。
二番街も三番街も、話し声や物の音ががちゃがちゃと混ざった繁華街らしい雰囲気があったが、この辺の街並みは澄ました印象を受けた。道の端ギリギリまで迫り出した背の高い角ばった建物が行儀よく並び、整然としている。その中で、ヤオート刺繍店は様子が違った。
二階建てのようだが、周りよりふた回りほど背が低く、こじんまりしている。なのに、広く感じる。
店の周りの余白をたくさん取っているからだ。
前方には小さいながらも庭を作り、入り口までに飛び石を敷いてあった。周りの建物は、中を出来るだけ広くするために、隣との隙間はネズミも通れないくらい狭く、ピタリとくっついているようだ。ネオの店は、右隣との間を広く取り、そこに屋根よりも高い木が植わっている。枝葉の影が差す屋根は丸く、苔のような草に覆われ、店の前の飛び石や小上がりの段の隙間にも草花が植えられていた。
街の雰囲気から浮いている。積み上げられた角石の中に花籠があるみたいだ。
左隣には建物が無く、綺麗な広い水路が通っている。水路には何本かの小橋が掛かっていて、橋から向こう側は、更に広々とした道、そして大きな屋敷の立派な屋根が見える。
一番街だ。
一番街に近いどころか、ヤオート刺繍店は一番街と二番街の境目に建っていた。
「よくこんな店が持てたな」
ダヒルは感心して入り口へ近付く。大きな硝子張りの正面からは、店の中の様子がよく見えた。
さっきの真っ暗な店とえらい違いだ。色に溢れている。大小の瓶に詰められた硝子玉に磨き石、棚に並ぶ美しく染められた糸やリボン。それらが窓からの光をキラキラと返していた。
「ネオ!ネオ居るか!」
ダヒルは扉を開けるや、大声で叫んだ。
「…ダヒル?」
店の奥にあるカウンターから青年が顔を出した。緩やかにカーブを描く青藍の髪、穏やかな常磐色の目をした細身の男。ヤオート刺繍店の店主、ネオ・ヤオートだ。最後に見た時より、大人になっている。
お互いがそう思った。
「何で来たの」
「冷たいな。もっと親友との再会を喜べよ。つーか、ちゃんと俺のアテになれよな。手紙ひとつ寄こさないで」
「アテって… ダヒルが勝手に言ってただけじゃないか」
ダヒルは昔から調子がいい男だった。快活で遠慮のない物言いをする。そのくせ他人の感情の機微に敏く、立ち回りが上手い為なかなか人に嫌われない。いつも賑やかな輪の中心に居た。
ネオは遊ぶ皆を輪の外から眺めているタイプだった。女の子の誘いも男の子の誘いもやんわりと断って、一人で草木をじっと見ていることが多かった。だから王都へ奉公に出ると聞いた時は、ダヒルは随分と驚いたものだ。
同世代の中で上都するのは自分が一番乗りだと思っていた。その上、奉公先は被服店で、刺繡の腕前を磨こうというのだ。スタトット村でネオと一番仲が良かったのは自分だった、という自信がダヒルにはある。しかし、刺繍をしているのは知らなかった。驚きは二倍だ。世間の暮らし向きがよくなっている昨今、服は作るものから買うものに代わった。自分達の世代は元より、親の世代でも裁縫をする者は殆ど居ない。不器用なダヒルの母など繕い物すらしている所を見た事がなかった。
「何かちょっとお前ん家みたいな匂いがする」
ダヒルは鼻をひくつかせながら言った。
「ばあちゃんの染めた糸を置いてるから」
ネオの祖母・ボンジュは繭から糸を紡ぎ、草木で染料を作り染めている。糸の原料も森から集めた虫の繭だ。ボンジュはこの糸を行商人に卸したり、注文を受けて刺繍を入れたりしている。今では数少ない裁縫の知識を持った女性だ。ネオの両親は外に働きに出ており、糸染めや針仕事には関わっていない。ネオの今があるのは、祖母の影響だろう。
「俺がここへ来たのはよ、凄いお宝を探し当てるためよ」
カウンターに右ひじをつき、ネオに上半身を近づけてダヒルはしたり顔で言う。