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背の高い建物の陰のせいで、路地はひんやりとしていた。
人も表通りとは違ってほとんどいない。地面に敷かれた石も大きく、表面の凹凸が目立つ。風が吹くと土埃が舞った。
目線の先に、彫刻のされた扉があった。少しずれている。民家ではなく、店のようだ。扉の上に看板が掛かっている。暗くて何と書いてあるかは読めない。ダヒルは違和感を抱いた。
路地裏なのに、裏口じゃない。
近づいてみても看板の字は読めない。暗さだけのせいじゃない。字が、読めない。
気になったダヒルは扉の取手を握り、そっと押してみた。ずれていたはずなのに、扉は鍵音を立て、ゆっくりと動いた。店の中は暗く、シンとしている。営業していないのなら不用心で、営業しているのなら不気味だ。入口からの光で近くの様子がぼんやりと見えた。
本だ。
木の床の上に本がぎゅうぎゅうに積み上げられている。
「誰だね」
奥の方からガラガラと嗄れた低い声が聞こえた。そして何かを引きずる音と、コツコツと叩きつけるような音。その音が近づいてくる。
闇の中から現れたのは、もじゃもじゃの髪とつながった灰色の髭。右足を引きずり、杖をつく老人だった。
目はぎょろぎょろとしていて、丸い眼鏡のせいで気が立った子育て中のフクロフクロウの目にそっくりだった。
「物取りじゃねえっす。店を探してて。ヤオート刺繍店を知らないっすか」
ネオの店がこんな変な場所とは思えないし、第一声が「誰だ」なんて、店じゃなかったのかもしれない。ダヒルはそう思い、慌てて聞いてみた。
「あの小僧の店か」
「え?知ってるんすか」
「何だ。お前が聞いたのではないか」
「いやぁ…今まで知らないって人ばっかだったんで」
老人は鋭い目つきのまま、ネオの店の場所を教えてくれた。一番街にとても近く、高級志向の店が多く建つ区画であるが故に、この辺りの人達は知らないだろうとのことだった。ダヒルが王都へ来たばかりで地理に疎いと言うと、老人は薄い木の板に地図を描いてくれた。
「これで辿り着けんかったら大した間抜けだろうな。もう用はないだろう、行った行った。わしはここを離れられんからな」
ダヒルが礼を言おうと身を屈めた途端、大声で腹の虫が鳴いた。慌てて礼をして出ていこうとすると、老人はダヒルを呼び止め、麦藁で編まれた丸い包みを渡してきた。
「昼飯が余っとったんだ。夜まで置いたら痛むかもしれんからな。早く食えよ。ほら、さっさと行った」
包みを開くと、丸パンのサンドイッチが一つ入っていた。焼いた厚切りの鶏肉ハムと、ハリハリとしたいくつかの葉野菜が挟んである。ハムは表面に香辛料が塗されていて、芳ばしく燻された匂いがした。ふっくらしたパンにたっぷりの具。それを酸味の利いた白いクリーム状のソースが一つにしており、美味かった。