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「それでは、今日の講義はこれまで」
「「「ありがとうございました!」」」
子供達は仲のよい者同士で話をしながら扉口へ向かう。その中で多くの子らが集った輪の中心で笑う少年がいた。
吊り気味の目に健康的な色の肌。短い赤毛を上げ、広いおでこが光る。赤毛の少年は教会の外で、何かに目を留めると、すぐに戻ると言って他の子を先に行かせた。
「ネオ!」
大きな木の側に、青藍の髪をした大人しそうな少年がいた。
「ダヒル」
ネオと呼ばれた少年が答えた。どうやら教会からダヒルが出てくるのを待っていた様子だ。
呼びに来ればいいのに、とダヒルは思ったが、それは口に出さなかった。
「いつ振りよ?教会学校へも全然来ねえし」
「最近忙しくて」
「大人みたいな事言ってんじゃねえよ、全く」
季節が二つほど変わる前は、ダヒルはネオとよく遊んでいた。村の周りの山や川が子供達の遊び場で、ダヒルは生き物を捕まえるのが得意だった。ネオは草や花を摘む方が好きなようだったが、捕まえた獲物を見せると不思議そうな、嬉しそうな顔をしていた。
ある日を境に、ネオは教会へ来なくなり、友達との遊びにもぱったり顔を出さなくなった。家に行っても居ないことが多く、たまに顔を合わせても「ごめんね、また今度」と困った顔をして誘いを断るのだ。
何か事情があるのかと気になったものの、無理に聞いても力になれないことだったら申し訳ないと、ダヒルはネオの変化の理由にずっと触れてこなかった。
口を尖らすダヒルに、ネオは真面目な顔を向けた。
「僕、王都に行くんだ」
「は?王都?」
「王都にある被服店に奉公に出ろってばあちゃんが。ダヒルには言っておこう思って」
「奉公だと?何だ、俺だって行ってねぇのに。お前んちの財布、そんなに厳しかったのか…」
「ううん、そうじゃなくて」
「両親も出稼ぎに出てるのに…」
「だから違うってば」
ネオは祖母のボンジュから糸染めや刺繍を習っていたこと、刺繍の練習に熱中して教会へ行かなかったこと、腕を磨くために王都へ修行に行くことを告げた。
ダヒルは思い出した。そういえば昨年、最後に遊んだ帰りに、ネオがぽつりと言った。男が裁縫するのは変だろうかと。
ネオは手にしていた布をはらりと広げた。
「今朝仕上げたんだ。クシナダを刺したんだけど、糸もクシナダで染めたのを使ってるんだ。こっちじゃ見ない糸の取り方だろう?」
ネオが広げた薄桃色の布には、布と同系色の糸で花の刺繍が刺されていた。一見、布の色に紛れて刺繍と分からないが、糸で描かれた大きな花びらをした花の模様が色んな方向を向いて散りばめられている。
「…こんだけ上手けりゃ上都するしかねーか」
こっちじゃ見ない、というのは、大きな街では当たり前、という意味だろうか。刺し方が違うだなどと言われても、ダヒルにはさっぱり分からなかったが、目の前の手仕事が凡庸なもので無い事だけは分かった。少なくとも、自分と同い年の子供が作ったものには見えない。
店も無い、外の流行など入らないこんな辺境の村では、今のネオが学ぶ裁縫技術は無いだろう。将来の仕事と見据えているのならば、王都へ修行に行く事が最善策だと、ダヒルは理解した。
「それで?発つのはいつだ?」
「7日後。次の行商の馬車に乗せてってもらうんだ」
「また随分早ぇなあ。親友の俺に餞別は無いのか」
「…餞別って旅立つ者に送る物のことだよ」
「ハッ…まさか、これを俺に? ちょっと俺には可愛らし過ぎるな」
「…欲しいならあげるけど…」
「それにしてもよ、お前が上都一番乗りとは思わなかったぜ。絶対俺だと思ってたのに」
「何だ。ダヒルも何か当てがあるの?」
「まだ何の計画も無ぇけどよう。ま、成人してからだな、俺の場合は。それまでに俺が上都する時の当てになるよう、頑張れよネオ」
「………」
7日後、ネオは行商人の馬車に乗り、王都へと旅立った。ダヒルにちゃんと餞別を渡して。クシナダとは違う、ダヒルをイメージしたものを作ってやった。
村長の娘、同じ年頃のマリサが寂しそうな顔で見送っていた。首にはクシナダの刺繍がされた布をスカーフに仕立てて着けている。ダヒルが気を回して、ネオにマリサへ贈るように仕向けたのだ。マリサがネオの事を気に入っていたのをダヒルは知っていた。
山奥の辺境の村での、一人の少年の旅立ち。十年後、子等が成人となる十八の年に繋がる、大いなる旅の始まりであった。