剣聖クリスタル=フォートナス 前編
「お前のような傷物などと、結婚出来るかっ!」
侯爵家のエントランスに剣聖である私クリスタル=フォートナスの婚約者の声が響く。玄関の扉を執事に開けてもらい、その場にいた婚約者に挨拶をする間もなく、そんなことを言われた。
「大体、この婚約自体乗り気ではなかったのだっ! 政略だからしかたなくだっ!」
「うっ……」
あまりの婚約者の剣幕に息をのむ。
確かに魔王との戦いの際、魔王と一対一の勇者。剣聖、聖女、賢者の三人と何百といた魔物。
すべてを倒し終わる頃、魔力の尽きた賢者をかばい私は額から左目を通り左胸まで傷が残った。
聖女の魔力は、私の血を止めるだけしか残っておらず傷痕は残ることになった。
「政略でなければ、お前の相手などするかっ」
勇者召喚以前のパーティーや舞踏会での、紳士で優しいエスコートは演技!? 我慢してたってことっ!?
混乱している私に、さらなる追い討ちをかけてくる。
「その無駄に気の強そうなつり目! 氷のように冷めたそうな髪と瞳!」
「ぐ…………」
私の目付きは、辺境伯である強面のお父様そっくりである。一族に多いアイスブルーの髪色と瞳まで、そんな風に思われていたとは……。
「上位貴族の娘の癖に、髪が短いのも気に入らん! 背が高く筋肉だらけで女らしさの欠片もないっ!」
「…………」
長い髪は魔物につかまれる可能性があり、危険なので切った。日々の訓練や魔物退治に邪魔でもあったし。
背……女でありながら私は183㎝もある。婚約者とほとんど差はない。私だって気にしてたさ。
「それにだ」
まだ続くのっ!? 心をガリガリと金やすりで削られる音が聞こえる気がする。
「ダンスをする度に手を繋ぐのが嫌だったのだ! ゴツゴツ硬くて、こちらの手が痛くなるわっっ!」
「!」
武門である辺境伯に生まれ、修練に修練を重ね、たどり着いた剣聖。
誇りにさえ思っていた、この硬い掌。
模擬戦で勇者に負け、膝をついて息を整えていると手をさしだしてきた。勇者の手を借り立ち上がると、努力の詰まった掌だね、尊敬する。など言われた事を思い出す。
手放しで褒められたことなど無かったため、凄く嬉しかった思い出もガラガラと崩れ落ちる。
「分かっているなっ、婚約は破棄だっ!」
ボキンッと心が折れた。目の前が真っ暗になる、なんだか音もよく聞き取れない。
気がつけば王都にある辺境伯の所有する屋敷の門をくぐり、玄関までの中程のところでぼーっと立っていた。
なんでゆうしゃがここに? みたこともないひょうじょうで、はしってくる。ゆうしゃがハンカチでわたしのかおをぬぐう。
ないていたのか、わたしは……。
なんで? なんで? どうしたの? とゆうしゃがぼろぼろ、おおつぶのなみだをながしてる。なんでだろ……。
あ、わたしをみてないてるのか……そう気付くとゆうしゃの優しいきもちが、わたしのココロになにか温かいものが灯る。さっきあった婚約破棄の出来事をぶちまけるっ……もうダメだ……
わたしのはなしをあいづちをうちながら、だきしめてくれた。
だきしめられたまま、ぐち? ふまん? がまんしてたこと? なんだかよくわからないまま、ゆうしゃにぶつける。
「ゆーしゃぁぁ、ゆーしゃぁぁぁ!」
力がはいらない、膝からくずれおちる……。
「わ、わだじぃがぁわるいの?」
なんにもわるくないよ。
膝をついたため、勇者の胸元に私の頭がくる。ぎゅっと抱き締められ、勇者の心音が心地いい。
もう止まらない、ぜんぶ吐き出す。
「わ、わだしだって、お、おんなのごなんだよ? げっごんしで、がわぃぃごどもうんで、だんなざまど、しあわせなゆめみたせいかつはだめなのっ?」
そんなことないよ。
「じぁあなんで、わだしすでられちゃうの? かお? 背? ごれがら夫人としての教育もがんばるつもりだったのにぃぃぃ」
「わだしっ、でかくて、つりめで! つめたいいろっ。かたい、かたいんだってっ!? なにそれぇぇぇ……」
ぜんぶクリスタルの良いところだよ?
「ウソウソウソウソウソウソォォォォ!」
発狂する私を魅了する。ぁぇ……
砕け散る魅了を無効にするアクセサリー。
もう、なんで苦しんでいたか分からない。
「クリスタル、いや、紅莉栖ねぇさんは、僕がしあわせにする!」
ねぇさん? などと考える隙間もなく、勇者の屋敷に着く。
「あはは、またひろってきたんですか?」
子ども? に出迎えられる。後で知ったがハーレム1号、レナ『正妻』だった。
勇者はぐぬぬ? とかなんとか、どうしたのだろう。
訳も分からないまま風呂に入れられ、美味しいご飯をたべた。
魅了スキルの効果、満腹、お風呂でさっぱりもあり、思考を拡げる余裕ができた。
これから勇者と話し合いを、しないと、あぁ、聞きたいことも、話したいことも沢山出来た。ただ眠気に逆らえないぃ……あした……