クロエの看病
時は少し遡り、レナによる『おっぱいプリン惨殺事件』が起きたディナーの半日前。朝食には遅すぎて昼食にはまだ早い、そんな時刻。
風邪で寝込むクロエの部屋では『相方』『セット』と呼ばれる褐色肌の砂エルフのライラが付きっきりで看病していた。
ライラはベッドのすぐ側に移動させた椅子に足を組んで座り、落ち着かない様子で自身の膝を右手の人差し指で震わせるよう小刻みに叩いている。
「はー! アンタみたいなバカでも風邪引くのねー。ないわーないわー」
「……ゲホッゲホッ。……ズマ゛ナィ」
「あーもー、張り合い無いから、黙って寝てなさいよ!」
しおらしく謝るクロエ。随分と喉が痛む様子で、いつものよく通る声はがらがらになっている。
病人に対して責め立てるような口調をしているが、顔を見ればライラの感情は一目瞭然である。
へにょんと眉尻を下げ、恋人が病気で苦しむのが悲しくて仕方がないといった様子だ。
「ほんっとに、もう。早く治しなさいよね!」
「ぅぅ」
「……じゃないと、一緒に寝れないでしょ」
「……うん」
自然と見つめあい、指と指を絡め合う2人。そっと近くなる距離。そのまま唇を重ね……とはならなかった。
クロエは熱で鈍る思考から一瞬だけ脱し、自身の口を手で覆い制止の声をあげたのだ。
「……だめ……ゲホッ、うつる」
「ちぇー、お預けかー。でも、看病してて移ったらレナのお説教か……ゾッとするわ」
「……ん」
なんだかんだ言っても仲の良い2人。
「しっかり治ったら、ダーリンと2人がかりで寝かしてあげないんだから!」
「……バカァ」
「ふふっ……そろそろ交代の時間か……」
言葉を遮るようにコンコンとドアがノックされた。
「はいはーい、ドア開けるねダーリン!」
声を出すのも辛い部屋の主に代わって、ドアの向こうにいるであろう人物に答えるライラ。
ドアをあければ、食事と飲み物を載せたワゴンを押した勇者が部屋に入って来た。
「ん! お腹の減る匂いね。アタシの分は食堂ね? じゃぁ、ダーリン交代しましょ。バァイ、ハニーパイ、また明日ぁ、ね?」
勇者が運んで来たスープをひとさじ味見するライラ。目をつぶり、じっくりと味わう。
「さすがダーリンね! アタシじゃハニー好みに味付けできない。味見してる内にスパイスをガンガンいれちゃうんだよねー」
ライラの味覚は代表的な砂エルフであり、味付けは濃い味こそ美味しいと言う文化圏の産まれである。スパイスいっぱい=美味しいが文化であり、素材の味に塩味だけなど受け付けないのが砂エルフだ。
「じゃ、あとはお願いね? ダーリン」
愛情たっぷりのダーリンに、ほんの少し悲しい嫉妬を重ねてしまう。ダーリンのおかげで、出会ったクロエなんだけども、今では愛しい恋人なんだ。
ちりちりと、胸に覚える嫉妬の炎。あの子に見合った味付けが、出来ない自分には哀しみばっかりがつのるのよ……。
ほんとなら、アタシが作ったごはんを食べさせたい。全部、ダーリン任せなんて許せない……。
フグゥ…………。 何にも出来ないアタシは風呂に入って溢れる涙を洗い流しちゃぉ。クロエ、クロエ、愛しているのよ。早く元気になってよ?




