大浴場
「ああぁぁ気持ちいい。ふぁぁぁ」
セラフィーナは、頬を紅潮させ艶めいた声をあげる。別に勇者と行為に及んでいる訳ではない、雪かきですっかり冷えた身体を湯船でほぐしリラックスしているだけだ。
彼女は元々は美しい金髪であったが、少女時代に受けた性的虐待、腹部と両手に残った火傷痕、勇者への恋心、他人には明かせない秘密がツヤとハリを失わせていた。
今では全てが解決しそれらを取り戻した彼女の髪は、内側から光り輝いているような美しさである。湯船に髪が入らぬように緩くまとめ、勇者に『髪の長い人はお風呂で便利』と貰った大きめのクロウクリップで頭頂部に留めている。
「小物ひとつ頂いただけで、こんなにふわふわとした気持ちになるなんて。私も乙女でしたか」
絶対に結ばれることは無いと、絶望していた初恋の相手からのプレゼント。日用品として貰ったのは分かっていても、セラフィーナには宝物に等しく感じられる。恥じらいと喜びをないまぜにしたような表情で、そっと髪留めに触れる。
「本当に夢のようです、勇者様」
忌まわしき火傷痕がきれいさっぱり無くなった自身の肌を再確認して、青水晶の瞳に涙を浮かばせる。青く血管が透けて見えるような白さと、触れれば吸い付くような肌。入浴の度に自身の肌を目にしては涙ぐむを繰り返している。まだまだ慣れる様子は無いようだ。
彼女が現在浸かっている湯船は、勇者邸の大浴場にある大浴槽である。屋敷の住人が二桁を超えた頃に、勇者が魔法で改築した自慢の大浴場である。
小型の銭湯をイメージして更衣室も広々とし、浴室の洗い場も10箇所あり隣の人にシャワーなどが掛からないようにきちんと仕切りがある。
広い方の浴槽は大人10人が足を伸ばして入浴しても余裕があり、もうひとつある狭い浴槽は3人でゆったり浸かれるサイズで暑がり用に湯温がぬるくしてある。
浴室の角に粘度の高い液体の入ったボトルと、大人が3人は横になれるサイズでやたら弾力性の高そうなマットが立て掛けてある。何の目的で置いてあるかは、言う間でもない。
「……セラ……考え事?」
「わっ! いつの間に、気が付きませんでした」
物思いにふけっていたセラフィーナは、エレオノーラの接近に気付いていなかった。
「エルは以前の私と同じく『清浄魔法』で身を清めていたのでは?」
「……みんなと同じ生活をして……交流を図る」
「そうですか、良いことですね」
腰まで伸ばした銀髪をタオルで頭頂にまとめながら、エレオノーラは湯船に浸かった。
『清浄魔法』とは身体の表面数cmに付いた小さなゴミや汗、皮脂などをきれいにする魔法である。魔法の才能が無い者でも使えるように魔力消費量が抑えられた魔法である。
ただ、大きな汚れは『清浄魔法』では落ちないため、勇者汁にまみれた場合は、洗濯や入浴の必要がある。
その手の洗濯物は9割方アンナがひとりきりで洗う。嬉々として洗う姿に声を掛ける者はいない。
「……研究に逃げるのは、やめる」
「神の身許に居られますグラン様も喜ばれますわ」
びっくりしたように目をしばたたかせたエレオノーラがぽつりとこぼす。
「……聖女っぽい」
「聖女ですからね? 肩書きだけの身も心も醜い女でしたけどっ」
「……ふふふ」
「うふふふ」
勇者とサキに心の内を吐き出し、幾分心が軽くなったエレオノーラは他愛のない会話でもより楽しく感じられるようになった。
この屋敷には仲間で家族な皆がいる。思い出して寂しくなったら、一晩中一緒に居てくれ人がいることを認識できたようだ。
セラフィーナも自分を卑下した自嘲の言葉ではなく、冗談の様な意味合いで過去の自分を笑い飛ばせるようになった。
レナに心身ともに叩き直され、確固たる自信を得られた。
じーっとセラフィーナを見つめるエレオノーラ。何か我慢できなくなったのか、セラフィーナに手を伸ばす。
「な、何をする気ですか!?」
「……不思議。……でっかくても浮くのか」
好奇心を抑えられず、セラフィーナのスイカおっぱいを上から押さえつけて湯に沈めては手を放す。
「ちょ、やめて下さい! エルのだって浮いてますからね!」
「……本当だ。知らなかった」
その時、「カラカラッ」と浴室の戸が開き誰かが浴室に入ってきた。
レナだ。
セラフィーナの胸が湯船に沈められては浮き、沈められては浮きと繰り返している。それを見たレナの目がすっと細められた。
「……宣戦布告かな? 聖女様」
『セラ』と愛称を使わなかった。レナ、マジギレ3秒前である。
「え? ち、ちがっ、そんなつもりはっ!」
よみがえる恐怖の記憶に慌てるセラフィーナ。命の危険を感じて頭の中で警報が鳴り過ぎて、言葉が出てこない。
「……ん? レナ?」
やっと手を止め、レナの声のする方にエレオノーラ振り向く。
「……は? 隠れ……巨乳……だ、と?」
怒りのオーラは一瞬で霧散し、その場に崩れ落ちるレナ。
「……?……どうしたの?」
「こちら側の人間だと……信じてたのに……」
レナの思い込みでエレオノーラはちっぱいだと認定していた。勝手な話であり希望的観測であった。
エレオノーラはグランの形見のローブを毎日着ている。男物なのでダブダブとしており、身体のシルエットが出にくいものであった。
それに加えて彼女は重度の猫背であり、グランは「エルは可愛い!」「エルは魔法の天才だな!」と良いところばかり言い、姿勢の悪さを指摘し忘れた。
「……?……?」
「…………」
全く訳が分からず混乱するエレオノーラと、何か発言したら乳をもがれるに違いないと確信して沈黙を貫くセラフィーナ。勇者様助けて下さいと心のなかで祈りを捧げるしかなかった。
カラカラッと音が聞こえた。
救世主が来たっと思い、出入り口に視線を送る二人。誰でも良い、この状況を何とかしてという思いで頭がいっぱいだ。
「うっわ、レナレナどした……!」
「ねてるの?」
雪遊びを終えて大浴場にきたサキとリディがはいってきた。
サキはレナが虚ろな目で眺めるエレオノーラの胸をちらりと見ると、『あーしと同じくらいの巨乳。つまりレナレナに声を掛けると飛び火する』と判断。
サキが発した言葉は……
「シャワーの使い方、教えてあげんねっ」
何か言いたそうにするリディの手を引っ張りていく。シャワーの使い方を教え、ささっと浴びると脇目もふらず少女を連れて浴室をあとにした。
サキ、特大の地雷を華麗にスルー。湯船の二人は声を掛けることも出来なかった。レナが再起動するまで温かい湯船の中で、ガタガタ震えて待つしか無くなった。
その日の夕食のデザートは、全員『おっぱい型のプリン』だった。
ただし、セラフィーナとエレオノーラのプリンには『剣の形をしたお弁当ピック』が何本も突き立ててあり、真っ赤なイチゴソースが掛けてあった。
また、ブリュンヒルデにだけフルーツ盛りが付いており、メインディッシュも一皿多かった。
ブリュンヒルデだけが疑問に思っていたが、他の者は無言で食事を終え自室に戻って……逃げていった。
クロエの看病をライラと交代した勇者が食堂に入ると、涙目のセラフィーナとエレオノーラにすがるような視線で見つめられた。
デザートを見て察した勇者は、ささくれ立つレナを抱っこして寝室に向かった。夕食抜きでレナを朝まで甘々にとろかした。
翌日、ご機嫌でツヤツヤした顔をしたレナは二人に謝って事なきを得たようだ。勇者は昼を過ぎても起きて来なかった。




