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初雪

「わーお。真っ白、結構つもってるじゃん」

 玄関の扉を開けるなり嬉しそうな声をあげるサキ。

「いっちばーんのりだー!」

 そのままの勢いで庭に駆け出し、降り積もった新雪を蹂躙していく。とは、ならなかった。


「ぎゃんっ!」

「サキちゃん、ステイ」

 駆け出したサキの足首に黒い何かが巻き付き、顔から地面に突っ込んだ。激痛に顔を抑え悶絶している。


「うぐぉぉ…………あんにゃんヒドくないっ? あーしがなにをしたしっ?」

「あなたがせっかくの初雪を汚そうしていたので」

「最初に汚すのが楽しいのっ」

「わかりますけど、彼女に譲ってくれませんか?」


 アンナは自身の後ろに隠れるように立っていた7、8歳の少女をサキに見せるように差し出す。おずおずと前に出た少女の頭部から垂れる兎耳は、初対面の緊張からか小さく震えている。


「……あ、あの」

「だいじょーぶだよー。こーんな狐顔だけど噛み付いたりしないからねっ」

 

 サキは少女と目線を合わせる様にしゃがみ、大げさに狐耳を引っ張ったり鼻先からマズルをさすって安全アピールをする。

 しかし、少女は安心するどころか返って顔を強ばらせているようだ。


「そ、その……」

「ダメですよー、サキ様。とっ、じゃないサキさん。祖霊様にいきなり話掛けられたら、獣人族の子供は萎縮して固まっちまうよ」


 ガチャガチャとスコップを何本も抱えて運んできたフーカが、三人の会話に割り込んできた。なんのことか分からずに、きょとんとするサキ。


「何回も説明したのに……ぜんっぜん覚えてない! なんでだ!」

「そう言われても、さっぱりなんだよね!」

「先祖返りのサキ様は祖霊様で! 獣人族の信仰の対象なんだよ! 祖霊様と人間種が交わって、獣耳と尻尾の生えた人間種が獣人族なのっ。説明したよね!」

「……様呼びはヤメテ?」

「……聞いてなかった」


 簡潔にまとめ熱を込めて説明したのに全く聞いて無かった事実にがっくりとうなだれる。


「サキさんが嫌がるから敬語と様呼びはやめる努力してるんだ、せめて祖霊信仰の文化があるのだけは覚えて」

「……ハーイ」

「覚える気ないだろ……」


 フーカとの会話に飽きたサキは兎人族の少女に話し掛ける。


「あーしはサキ。お名前は?」

「……リディ」

「あーしの事はおねーちゃんとでも呼んで? このお家では祖霊様も貴族も王族もカンケーないからねっ」

「うん」

「雪を見るのは、はじめてなの?」

「うん。真っ白できれい」

「この真っ白に足跡つけるのが気持ちいーんだよっ。 一緒に行こっか」

「わあぁぁぁ」


 銀世界へと走り出すリディと、そのとなりをリディのスピードに合わせて歩くサキ。初めて雪を踏みしめる感触に歓声をあげるリディ。

 楽しげに銀世界へと向かう二人の背中を見つめるアンナがボソリと呟く。


「……結局譲ってない」


 運んでくる事を頼まれていたスコップをひとつアンナに渡し、真っ先に遊びに出てそうな人物が見当たらない事を不思議に思い疑問を投げ掛ける。


「そういえば勇者様は? 一番先に雪遊びしてそうだけど」

「先日の池ポチャで風邪を引き熱を出したクロエの看病中ですね」

「あいつ、風邪引くんだ……」


 かなりの頻度で池に落ちるクロエを目撃しているため、どんだけ頑丈に出来てんだよとフーカは思っていた。


「付きっきりで看病とか羨ましい。非常に妬ましい。風邪ひとつ引いたことがない自分の健康が呪わしい」

「ミギャ! 黒いの出てるっ、抑えてぇ」


 急に濁った瞳で本音を吐き出すアンナ。同時に彼女の足元からズルズルと伸びる真っ黒い手の様な物。


「真似して池に飛び込もうとすれば、イザベラが魔法で池を凍らせて邪魔するし」

「…………自分から飛び込むのはどうかと」


 アンナの感情に合わせて影の手達はぐねぐねと踊る。眺めていたら正気が失われて行く様な光景である。


「貴女の真似をして腹を裂こうとしたら、レナ奥様に気絶させられました」

「…………発想が猟奇ぃ」


 まさか勇者に看病して貰いたい一心で、自分が勇者に拾われた時の惨状を真似しようとしていた事実に冬の寒さでは無い寒気を感じるフーカ。『メイドヤベー』で頭がいっぱいになっている。


「はぁ。屋根の雪降ろしをします。フーカは玄関前から屋敷周りをお願いします」

「……アッ、ハイ」


 スイッチが切り替わった様にアンナの様子が変わると、影の手達も元々無かったと言わんばかりにスッと消えた。感情の切り替えのあまりの早さに『メイドヤベーヤッパリヤベー』がフーカの脳内を支配する。


 そんなフーカをよそに勇者邸の外壁に足を掛けるアンナ。そのまま『重力なんて知りませぬ』と言う風体で、外壁に()()()立ち2歩3歩と屋根の方へ歩いて行く。


「……すごく気持ち悪い」


 スコップを持ったメイドが屋敷の壁を歩いて登って行くと言うあり得ない光景を見せつけられ、ぼうっと見入ってしまう。

 心なしか何かがヤスリで削られている錯覚に陥るフーカ。


「……雪かきしたら酒飲んですぐ寝よう……」


 朝から精神的に大ダメージを負い、人生に疲れたおっさんの様な台詞を吐き出してからのそのそと雪かきを始めた。

 遠くから子供達の楽しげな笑い声が聞こえる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 日常回ですね。
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