挿話 クロエ秘話
ま、まずは、お、落ち着け俺。まわりは岩、岩、天井も岩。リアル洞窟かよー。まずは状況確認だ。うぅ、頭が痛い……ぶつけたのか?
頭をぶつけて、知らない場所? ヤバいヤバい! 記憶は!?
な、名前、出口哲郎。日本で一番のリアクション芸人。ライバルは下島竜平。大丈夫だ、記憶はちゃんとしてる。
今朝はうっかり寝坊し、ロケの打ち合わせに遅刻しそうで車を飛ばした。テレビ局に付く直前に、センターラインを越えてきた大型トラックと正面衝突……。
あ、ガチで死んだんだわ。
「……なんで生き返って? 声が高くなってる?」
というか、女の声だ。死んで生き返たら女、転生ってやつか? うーわー、宗教の中の話だと思ってたわー。
頭痛いけど身体を確認。うっわ、手足なっが! しっろ、美白過ぎだろっ。愛しのポッコリお腹は居なくなってる。変わりにおっぱいがついてる、マジ巨乳。リアルガチで女、多分美人に転生したのか。
「これじゃ、『チュー芸』できないじゃん」
『私の身体で勝手にチューをしないでもらえるか』
「うっわ! びっくりした、誰?」
『この身体の持ち主だ。クロエと言う。何故身体の主導権がそちらにあるのだ……』
「俺は出口哲郎。哲郎と呼んでくれ。わかんないんだけど、事故で死んで起きたらクロエちゃんになってた」
『……転生か。この世界では異世界からの転生や召還がたまにある。それだろうな』
「じぁあ、なんとかなるまでよろしく。クロエちゃん」
『いや。きっと貴方は何かを成すために転生したのだろうが、今、ここに転生したので全て終わりだ』
「え?」
『ほら、来たぞ。せめて騎士として死にたかったな……』
なんだなんだ、ぞろぞろと豚人間みたいなやつらが入ってきたぞ。
「なにあれ……」
『オークだ。私はやつらの繁殖のために捕まったのだ。これからずっと陵辱され続け、オークの子を産む苗床生活のはじまりだ』
「マジ? それヤバい、ヤバいよ!」
『なんの因果かわからんが、付き合わせてすまないテツロー。私の自我は3日と持たないだろうがな』
「……」
『テツロー?』
「クロエちゃん、俺わかったよ。成すべきこと。救助が来るまで俺が代わりに耐える。クロエちゃんが笑って暮らせるように」
『いったい何を言…………』
「それまでおやすみ、クロエちゃん」
心の奧のもっと深い所へクロエちゃんの意識を押しやる。クロエちゃんの声が聞こえなくなったら、その深い場所にふたをするように俺の意識を置く。さぁ来やがれオークども。笑えない女の子を作っちまったら、お笑い芸人名乗れないからな!
「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
何日が過ぎたか分からん。さすがに身も心もぼろぼろだなマジで。目を開けるのもやっとのこと。あ、誰かいる。中高生くらいの少年だ。ついに来たっ。
「おぉ救援か、助かる!」
なんでか少年はビックリしてる。いや、ドン引きっぽいな。まぁいい、クロエちゃんを起こそう。急がないと俺の消滅が近い。
『起きてクロエちゃん。助けが来たよ、起きて』
『…………テツロー? 助け? なんか希薄になってないか?』
『もうすぐ消えるから。幸せを祈ってるよ』
『え、まって……』
クロエちゃんが今後、皆に愛されるように何か何か……。俺の芸人人生こんなもんじゃないだろ!
《存在変換申請を確認。承認。個体名『出口哲郎』は『異能:エンターテイナー』に変換。個体名『クロエ』は『異能:エンターテイナー』を獲得》
テツローが私の中から消えると同時に何か頭に響いたが、混乱する私には聞き取れなかった。
身体を見れば、裸でぬるぬるべちょべちょ。臭い。そんな私を見つめる少年。
かあっと羞恥がこみ上げ、混乱する私は訳の分からないことを口走っていた。
「救出され生き恥を晒すくらいならっ! くっ!いっそ今ここで、コロセっ!」
少年は何故か喜んだようでニヤッとした。すぐに彼の右目が桃色に光り、『魅了』掛けられた。く、どんな男か知らんが私は生きて、テツローの分まで笑って幸せにならないといけないのだ。
アラクネ糸製の最高級マントが、体液で汚れる事をためらいもしない優しい少年ではあるようだ。
必ず幸せになるからな、テツロー!




