おやつ
「部屋の主が居なくなったし、談話室で話さないか?」
「……行く」
セラフィーナが訓練に行ってしまい取り残されたクリスタルとエレオノーラは、もう少し交流を図ろうと談話室へ移動することにした。
「ここなら飲み物もお菓子もあるしな」
「……お菓子……なんだろ」
談話室には簡単なキッチンスペースがあり、様々なお茶やジュース類や果物が常時おいてある。
冷蔵の魔道具の中には日替りでケーキやプリンの様な生菓子も入っており、誰でも自由に食べて良い事になっている。
「やほっ、あーしがお茶いれよーか?」
「ん?サキさんがサービス係なのか。お願いするよ」
「じゃっ、座って待っててねっ」
サービス係と呼ばれている『談話室での給仕役』は、当番制では無い。
やりたい者が好きな時間に『サービス係』と書かれた腕章を付けて自主的にやっているだけである。当然いない日もある。
サキはこのサービス係を3日に1度とかなり多い頻度で働いている。
理由は単純。サキが談話室でサービス係をしていれば、必ず勇者が居座るからである。
サキはサービス係をする際は、クロエいじりにも使われる事がある『股下3cmエロメイド服』で給仕をする。
そんなサキに勇者は大抵、本棚の近くにある『人をダメにするソファ』に仰向けで寝転がるりガン見する。
単なる覗きだ。揺れるスカートからチラチラ見える下着を目に焼きつける様に眺めている。
今日も勇者はエロに全力だ。「むふっ紫」
「はいはーい。紅茶とケーキだよっ!」
「ありがとう、自分でいれると渋いだけになるからな」
「…………同じく」
鍛練や修行に明け暮れていた『剣聖』と『賢者』故に、料理や家事はさっぱりである。
「本日のケーキはっ『ザッハトルテ』と『レアチーズケーキ』だよっ!」
「濃厚チョコとさっぱり酸味のケーキかぁ……」
「…………は、半分こ……しない?」
濃厚なケーキとさっぱりしたケーキのどちらにするか悩むクリスタルに、他人との交流の重要性に気付いたエレオノーラがスイーツの共有を提案した。
「それは名案だな。どちらも食べられる」
「んじゃ1つずつよーいするねっ」
サキがキッチンスペースへと立ち去り、クリスタルとエレオノーラはしばし会話のきっかけを掴めずに無言でいる。
たっぷり5分もの無言の時間を打ち破ったのはエレオノーラだった。
「…………治さないの…………顔」
「あぁ、顔の傷痕か。旦那様にも聞かれたが、私としては名誉の負傷なのだ」
「…………理解した…………ずっと悩んでた」
「そう、この傷痕は4人で魔王を倒し、『賢者』エルを守りきった『剣聖』としての証。言わば勲章なのだ」
エレオノーラは自分を庇い、顔に大きな傷痕を負ったクリスタルに罪悪感を抱いていた。
『再生魔法』が使える勇者にかかれば数日で治るのに、それをしないクリスタルにずっと疑問を抱いていたのだった。
「…………勇者は?…………うー姉上?……」
「旦那様は「クリスと紅莉栖ねぇさんは別人だからね」と納得し「そんな武人らしいクリスに尊敬する」と言われ、もう恥ずかしくてなにも言えないっ」
「…………クリス…………可愛い」
真っ赤になったクリスタルを無視するように、サキが紅茶とスイーツをワゴンに乗せてやって来た。
「はいはーい、ザッハトルテとレアチーズケーキおまちっ!」
クリスタルとエレオノーラの目の前に黒いスイーツ『ザッハトルテ』と白いスイーツ『レアチーズケーキ』が1切れずつ並んだ。
さてスイーツにフォークを入れようか時に、隣のテーブルから大きな声で言い合いが始まった。
「何故だ貴様っ!白いケーキの方が美味いだろう!」
「えー、アタシの黒い方が美味しいわよ!」
言い合う2人の容姿はとてもよく似ている。背丈はほぼ同じ175cm、髪の長さも肩甲骨を越える辺りで一緒。
笹の葉の様な形が特徴的なエルフ耳もおなじだ。
違いと言えば、片方は輝く様な金髪で、もう片方は月の光を思わせる様な月白色の髪をしている。
決定的な違いは肌の色だ。金髪のエルフは透き通るような白い肌、髪が月白色のエルフは濃い目の褐色の肌色をしている。
『砂エルフ』である。
どちらもエルフなのだが出身地で区別し易いように、森に集落をつくり住む白肌のエルフを『森エルフ』と呼び、暑い南国の砂漠や岩場に集落を置く褐色肌のエルフは『砂エルフ』と呼ばれている。
住む環境の違いで体毛や肌の色が違っただけで、どちらも『エルフ』には違いない。
「ライラ、貴様っ!ほんのり香るレモンの爽やかさがわからんのかっ!」
「クロエこそ、濃厚で芳醇なチョコの香りが分からないのね、残念な子ね」
「またやっているのか……」
「にしし、いつもの事っしょ!」
「…………セットだもん」
『ライラ』と呼ばれる砂エルフと森エルフのクロエは、食事やおやつ、余暇を共に過ごす事が多い。
そして、よく言い合いをしているのは勇者邸で周知の事実である。
「ほんのりと甘酸っぱく、口の中からスッと消えていく繊細な食感!幾らでも食べられるだろ!」
「1口目でガツンとくる甘さとチョコの芳香がいいんじゃない!いっぱい食べたら肥るわよ」
「くっ……」
食習慣の違いから味の好みが別れる2人。森エルフは素材の味を薄い味付けで楽しむか、果実をそのまま食べるのを好む。
一方、砂エルフは南国で沢山採れるスパイスを効かせた濃い味付けの料理が多い。甘いならたっぷり甘く、辛いなら激辛にと極端な味付けを好む。
「このケーキいつものアンズジャムじゃなくて、ダーリン特製ラズベリーの酸っぱいソース仕様なのよ?」
「ラ、ラズベリーだとっ!?」
ラズベリーと聞いてワナワナ震えるクロエ。子供の頃から大好きで「バケツいっぱい食べられるぞ!」と豪語している。
実際、昨日食べた。食べて勇者に叱られた。今回使う予定だったから。
お仕置きに触手魔法でしたが、クロエが悦んだだけだ。勇者、解せぬ。
「パッと見だけで選ぶからアンタはバカなのよ、はいっあーん」
「あーん。はっ!何だラズベリーの酸味と濃厚チョコが、ああぁ!」
いつもと違う味に翻弄されるクロエ。しかしレアチーズケーキにも勇者の仕込みはあったのだ。
「危ない所だった、こちらの番だな!さぁ「あーん」をするがいい!」
「チッ、クロエのクセにっ。」
舌打ちするも口を開けて、大人しくフォークを待つライラ。
「あむ。はっ!レ、レアチーズの底に芳醇なラムレーズンを仕込むなんて、悪魔的発想!」
「こちらも勇者特製なのだっ!」
「くっ、もう1切れずつ取ってくる!食べるでしょっ?」
結局、このあともクロエとライラはお互いに食べさせ合いっこを続け満足。
この流れはいつもと変わらない日常のひとコマなのである。
そもそも4人掛けのテーブルに『テーブルを挟んで対面に座る』のではなく、『隣同士の席座る』時点で仲の良さはお察しだ。
「…………結局…………なんなの」
「おんなじエルフで2人とも『オークの苗床』出身だから気が合うんじゃ?」
「え?そ、そういうものなの……」
「クロエは純粋にセンパイエルフで大好きぃで、ライラは『苗床生活30日で正気を保つ』お前ちょっマジかよ的な尊敬があるみたい」
「は?30日?普通3日持たずに廃人じゃ……」
「助けに来たご主人さまに『おぉ救援か、助かる!』っ言ったみたいよ」
とっくに廃人で「もっと早くに来れれば……」と悔やんでいた勇者もドン引きであった。
「え?え?オークに30日、え?え?正気?」
「……………………無敵かよ」