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クロエの部屋から



「おっはよーございますー」


 すごく小声で朝の挨拶をするサキ。


「こーこーはクロエちゃんの部屋ですー」


 サキと勇者が朝日が顔を出すより前の時間。クロエの部屋に侵入する2人。


「寝てますねー。まじで良く寝てますねー。ではどーぞ」


 勇者は箱から、ザリガニを取り出す。息を呑むサキ。



 ザリガニを掴み、寝てるクロエの鼻に近付ける。ザリガニはすでに両ハサミを大きく広げ威嚇のポーズである。臨戦体勢だ。


 ぐっ。右のハサミが閉じた。



「ア゛ア゛ーーイタイイタイイタイイタイ!」


 ガバッっとベッドの上に立ち上がり痛がるクロエ。それを見てサキは砂時計をひっくり返した。


「ザリガニチャレンジスタートー」


 イタイイタイを繰り返しながら、ベッドの上を右へ左へうろうろ。

 痛みに耐えるように背中を丸めたり、背筋をピンとさせるのを繰り返し始めた。


「い゛い゛っ!!」


 ザリガニの挟む力が強くなったらしく、立ち止まり背中を丸めたまま固まった。いや、小刻みに震えて脂汗をながしている。


 そのまま「い゛、い゛だい゛」を繰り返している。サキが砂時計の砂が落ちきったのを確認して、再度ひっくり返す。

 そして3秒しないうちにザリガニがクロエの鼻からハサミを放した。

 勇者は空中でザリガニをキャッチ。全身の力が抜けたクロエはベッドに倒れこむ。


「ザリガニチャレンジしゅーりょー!さすがクロエ選手!ザリガニのグリム・リーパーことグリム選手の全力を耐えきりました!なにかコメントを!」


 サキがレポーターの如くコメントを求める。


「こっ、」

「こっ、??」


 ベッドから飛び降り大声で叫んだ。


「殺す気かぁーーー!!」


 サキは笑いをこらえブルブル。勇者は満足気にウンウン頷く。


「お前はバカか!?」


 クロエは自分の頭を指差しながら言い放つ。


「こんな時間になんなのだ!」


 勇者に詰め寄りながら文句を言う。


「このザリガニだってなんなのだ!はぁ?貴様のペットだと!」


 胸ぐらを掴まれ引き寄せられる勇者。


「サキ殿まで巻き込んで、なんなのだ!」


 別にサキは巻き込まれてなどいない。むしろ「鼻ザリガニで良いっしょ」と提案したくらいノリノリである。


「なんでこんな悪戯するのだ!何とか言ってみろ!!」


 ぐっと顔を近付け勇者を睨み付けるクロエ。アレだと期待して見守るサキ。




「ちゅっ」



 至近距離にあった顔と顔。勇者から唇を合わせるだけの軽いキスをされたクロエは頭の中が?で一杯になる。


 数拍の間があり、クロエが出した結論は……


「ち、ちゅーがしたいだけなら、さ、最初からそう言え……」


 と、しおらしい声で言う。何でそうなる。

 横で「ゴファッ、ブヒャヒャヒャ」と女の子が出してはいけない笑い声がする。



「ん?おわびに1つお願い事を聞く?……うーむ……じゃ、じゃあ、今夜は、しょ触手魔法で、し、して欲しいの…………」


 途中から蚊の鳴くような小さな声になっていくクロエ。余りの衝撃に笑いか引っ込み「じ、自分からいくんだ……」と呟くサキ。


 ここでブツンと映像が止まる。




 勇者邸のイザベラの私室でクリスタルは、部屋の主であるイザベラと2人で『勇チューブ』を見ていた。


「何度使っても仕組みが謎だな、『勇チューブ魔法』」

「ですわね。まぁ旦那様のなさる事ですから、いちいち考えると疲れるだけですわ」

「そうだな」


 すっかり馴染んだクリスタルと、もう勇者との付き合いの長いイザベラである。


「私が見てない時の『くっころさん劇場』も見れるのは嬉しい」

「家事の最中ですと見逃しますからね」


 『勇チューブ魔法』は屋敷から出たがらないハーレムメンバーの退屈を紛らわせる為に開発された魔法である。

 撮られた映像は勇者側の『勇チューブ魔法』に蓄積されており、女たちが教わったのはそこにアクセスするだけの魔法である。

 アクセスするだけのため消費魔力が非常に少なく、誰でも何回も使える。


 みんなの人気は『くっころさん劇場』に集中している。他にも様々な動画もある。

 勇者しか行けない世界一高い山から見える雲海や、マグマの沸き立つ火山の風景を集めた『世界の勇者から』も人気がある。

 何かやりたい事や趣味を見つけて欲しいと、レナに協力してもらった料理のレシピ動画や、イザベラの刺繍講座などもある。


 当然、クロエも『勇チューブ』は好んで見てはいる。そのわりに『くっころさん劇場』を消せと言わないのは、劇場のほとんどが最後に『喧嘩からちゅー』だからである。

 ちゅーの部分だけを、1人で居るときにニマニマしながら見ているからだ。



「あのザリガニなんか変じゃないか?」

「グリム・リーパーですか。旦那様のペットですわ『グリム君』と呼んで可愛がっていますわ」

「名前が死神って……右のハサミだけ3倍は大きいと思うんだが」

「最初は普通でしたのよ。ただ、初回の『鼻ザリガニ』でクロエは鼻を挟まれても目覚めませんでしたの」

「え?え?クロエ頑丈過ぎない?」


 ひと口、紅茶を飲み口を湿らせる。


「それから旦那様とグリム君の鍛練の日々が続きましたわ」

「え?たんれん?ザリガニが??」

「悔しさをバネに二人三脚で頑張る1人と1匹……遂には名前に負けない豪腕を手に入れたのですわ」

「え?人間とザリガニだから三脚じゃないよね?もっとあるよね?」

「錯乱して言い回しにつっこむのはおよしなさい」


 すまないっと言いつつ頭を冷やすクリスタル。質問したいことを思い出す。


「『喧嘩からちゅー』はいつもの流れだし、分かるようになったからいいんだ。最後にサキがドン引きしてるのは、何故なんだい?」

「んー。わたくしが丸1日部屋から出ない日、覚えておりますか?」

「ああ。普段は屋敷の何処かで見掛けるのに変だなぁと思っていた」

「クロエがお願いしていた『触手魔法』を、あの前の晩に使われたからですわ」


「あれを使われると頭が焼き切れますわ。次の日、ベッドから動けず誰かに食事や排泄の介助をして頂く事になります」

「え?え?普段でも気絶しちゃうのに、そんな危険なのがあるの……?」

「レナでも自分から頼む事は無い、使用されても平気だけどと漏らしておりましたわ」

「え?そんな魔法、自分から頼んじゃうクロエおかしくない?」

「ですからサキが引いていたのですわ」


「しかもあのクロエの表情は、『触手魔法』を経験済みで気に入ってると見受けますわ。誰もクロエを介護した事は有りませんので、次の日も普通に動けるのでしょう」

「……く、クロエが……大魔王だったとは……」












「お忘れの様ですが、クリス?貴女もそのうち経験しますのよ?」

「!!!!!!!!!!!!!!!?!?」

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