盗賊の頭領に婚約破棄される悪女
希代の悪女(自称)であり、元令嬢にして盗賊団「ジャスティスバスターズ」のナンバー2、メメは困惑していた。
盗賊の頭領ジョンから、婚約破棄を突き付けられたのだ。
「メメ、すまねぇな。俺はこの前さらってきた娼婦のメアリーちゃんに責任を取るように言われちまってな。お前との婚約は破棄させてほしいんだ」
「は? え? ジョン、あなた盗賊よね? 盗賊に婚約とか婚約破棄とかの概念があったの? そもそも私はジョンの妻ではなかったの?」
メメは困惑を隠せない。
思い返せば、ジョンは盗賊とは思えないほど紳士で、優しくて、そのせいなのか、いまだ夜を共にしたことはなかった。単にジョンが童貞だからビビって手を出してこないだけかと思っていた。
常に一緒にいるし、一般人に紛れるときは夫婦のふりをして行動することが多かった。勝手に妻だと思い込んでいたが、ジョンからすると婚約者だったらしい。なんでやねん。
そもそも盗賊に婚約者とかあるのか? 盗賊は基本的に、不特定多数とふしだらな関係を持つ者ではないのか?
盗賊団「ジャスティスバスターズ」はジャスティスをバスターするどころか、悪徳商人から荷物をぶんどって、スラムや娼館に売られた貧しい平民、貧民に分け与えつつ、勢力を拡大してきた、義賊のような盗賊団である。バスターズどころか、もはやジャスティスそのものである。
頭領のジョンを筆頭に、ボブやボブ、ボブ、それからボブ、そしてボブといった盗賊団の配下たちも、皆そろって紳士的である。
というかこの団、ジョンと私以外、みんな名前ボブだな。今気づいたわ。
娼婦のメアリーちゃんは、この前「ジャスティスバスターズ」が不当に身売りさせて娼婦として働かせているという悪評の娼館を襲撃して、アジトにさらってきた娼婦の最後の一人である。
他の15人の娼婦は、故郷に帰りたいというので、それぞれボブを3人ずつつけて故郷まで送らせた。つまり今は、合計45人のボブが盗賊団から離れている。
ボブ多くね?
そもそも盗賊団って全員で40人だったような……?
まあ、ボブがこれだけいればどっかでボブを拾ってくることもあるか。うんうん。
メアリーちゃんだけは、帰るべき村を焼き討ちされたそうで、ボブだらけのこの盗賊団に残ることになった。
メアリーちゃんの面倒は私が見ていて、日々、盗賊としての訓練をさせていた。技量的にはそろそろ一人前の盗賊としてやっていけそうだ、というところまで来ていた。
メアリーちゃんは昨晩、今後の活動について頭領のジョンと話すと言って、酒を飲みつつ二人で話していたな、と思ったが、もしかして酒の勢いで一線を越えたのか?
私はいまだに手を出されていないのに?
そうだよね。メアリーちゃん、元娼婦だからね、童貞のジョンには刺激が強かったんだろうね。って、なんでやねん。
っていうか、護衛のボブはどうした。なにやってたんだ。
ボブ、数しか取り柄がないのかよ。
ジョンは顔を赤らめながら謝罪の言葉を口にする。
「メメには本当にすまねぇと思っている。だが、うちの家訓でな、童貞を捧げた女は責任をもって幸せにしなくちゃいけねぇんだ」
乙女か、とか、盗賊に家訓とかねぇだろ、とか、そんな家訓があるならそもそも先に私を抱いておけよ、とか思ったが、ジョンの紳士的な姿勢に甘えてぐだぐだな関係だった自分も悪い。
「はあ。わかったわ。ただ、私は『ジャスティスバスターズ』を抜けるわ。ジョンとメアリーちゃんのいちゃいちゃとか見たくないし」
「そうか。それは残念だ。別の盗賊団を作るなら、30人くらい部下を連れて行ってもいいぞ」
なんか部下と書いてボブと読んだ気がするが。まあうちの盗賊団ってボブしかいないもんな。なんでだろうな。
あと、またボブが増えている気もするが気のせいだろう。
まあ、10人くらいボブをもらって行って、別の場所でボブボブした盗賊団を作るか。
こうして私は10人のボブと新しい盗賊団「愛は真心、恋は下心」を立ち上げ、悪徳奴隷商を専門に襲撃するようになった。
ジョンの教えなのか、メメの出自によるものか、義賊のような活動しかしていないため、こちらも平民から支持される存在となる。
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メメはもともと貴族令嬢であり、政治的なライバルに嵌められて家が取りつぶしになったところを、ジョンに拾われて盗賊となったという経緯がある。
実はジョンはメメのいた家の元家令であった。家がなくなってからも娘をなんとかしてやりたいと、メメの父がライバル貴族家の刺客に殺される直前に頼んできたため、仕方なく裏社会で働いて身を隠すことにしたのだ。
根が真面目だったジョンは、同じく真面目なボブたちとともに、悪い奴だけ襲撃する盗賊団「ジャスティスバスターズ」を結成、メメを守りつつ、ライバル貴族家を排除する機会をうかがっていた。
昨夜、娼婦のメアリーちゃんから、ライバル貴族家を追い出され、娼婦に落とされた経緯を聞いたジョンは、これは一世一代のチャンスだと思い、メメのために奔走することを決めた。自分が動くとメメを守り切れないので、婚約破棄だと難癖をつけ、無事に「ジャスティスバスターズ」を追い出すことに成功した。
メアリーちゃんから情報を得て、貴族家を襲撃する計画を立てる。
やがて、15人の娼婦を送り届けて帰って来た450人の紳士的なボブとともに、ライバル貴族家を襲撃すると、一族郎党皆殺しにし、メメに今後被害が出る心配を排除した。
さすがに貴族家をつぶしたジョンを、憲兵たちは無視できなかったため、「ジャスティスバスターズ」は、ほぼ全員王都で処刑された。メアリーちゃんは襲撃に加担させず、3人のボブとともに避難させていたので、処刑されることはなかった。
処刑から数日後、ジョンを名乗る少年が、メメ率いる盗賊団「愛は真心、恋は下心」にやってきて、舎弟にしてほしいと頼んできた。何度断ってもあきらめないため、折れたメメはジョンを盗賊団に引き入れた。
「私が前にいた盗賊団の頭領もジョンって名前だったんだ。あんたもそのうち頭領になれるかもしれないね」
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お気づきかもしれないが、ジョンとボブは神に祝福を受け、類まれな能力を持った異常な存在である。祝福というか、もはや呪いと言い換えてもいい。
ジョンの能力は再生。体の一部が残ってさえいれば、残った部分の大きさに応じて若返る欠点を除けば、復活することができる。細胞分裂やテロメアという概念は、この世界では知られてはいないが、細胞分裂が可能な間は再生が可能である。ジョンは、とりあえず、回数に上限があるものの不死身であると理解している。
メメに会いに来たのは、復活したジョンである。二代目ジョンとでも呼んでおこうか。
ボブの能力は増殖。単に増えるだけであるし、ボブ自体は弱いが、数は脅威である。
娼婦を送りに行った45人のボブが450人になって帰って来たのは、この能力のおかげである。
ボブに至っては細胞分裂の制限がなく、無限に増えることが可能である。たぶんこの世界のがん細胞みたいな存在である。えっ、ボブこわ。滅ぼさなきゃ。
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やがてメメと2代目ジョンは夫婦になり、陰から国を支える暗部として活躍することになるが、それは別の話。
完
ごろつきのボブシリーズ第1弾。(第2弾があるかどうかは不明)
ジョンは寿命を迎えるか、一定回数殺すと普通に死にます。
ボブは殺せばその個体は死ぬけど、全滅させないとそのうちまた増えるという感じですね。寿命もないです。ボブこわ。
異世界恋愛にするかコメディにするか悩みましたが、たぶん恋愛です。
ボブがメメを好きだったかどうかは不明です。
ちょっとぶっ飛んだ展開にしすぎたことは、反省しています。