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謎というのは迷宮でありそれは詩のようなものかも知れない。漠然とした不吉さを感じ取りながらも、テレビ・アンテナのように受信しなくてはならない。
*
と、その時―――。
〔攻撃力低下、防御力低下、速度低下―――〕
[思考判断力を乱される混乱状態、視界を制限する暗闇状態]
《視神経伝達に補正を行い、冷静さを促す》
《距離欺瞞、方位欺瞞、速度欺瞞》
―――奇襲。
突然、足早な覆面をした複数の人間たちが僕とロボットに襲い掛かってきた。五人。その誰もが身長は少し高く、筋肉が付いている感じがする。また全員、グレーの囚人服のようなものを着ている。一人は縁無し帽子。一人は軍帽。一人はサンバイザー。一人は学生帽。一人は野球帽。
―――すばらしき弱点の集まりと言えそうだ・・。
(―――おいおい、人間いないと言っていたのに・・)
(―――でも、待てよ・・・人間じゃないのかな)
【YES】でもあり、【NO】でもある。
(―――戦闘能力は未知数である・・)
声とすれ違う。水風船の破壊、ランプの破壊、オレンジの果汁絞り、飛び掛るガラガラヘビ、花のまわりを飛ぶ蜂 、火のゆらめき―――。
たとえば、その時の僕が気付かなかった―――かすかな狭帯音域・・、不規則な音の重なりではなく、循環系のリズム・・。
しかしロボットはやはり手伝い用ロボットにすぎなかったのだろうか、と思っていた。数多くの可能性はあるにせよ、身贔屓はしたい。何をしたって、自然、そういう視点になる。だのに隕石でもやってきたような顔をしたまま、それも忍耐強く期待や希望といった結晶を次から次へと溶解するという座標系を連続させながら、ガジュン、と無防備な背中に飛び蹴りをされて、終了。
BのあとにAはないが、あんまりにも救いようのない状況である。
ロボットは駅前で繰り広げられるパチンコ屋のティッシュ配りの残骸のように、地面に転がっていた。歪んでいる永遠に朧ろな鏡。底なし沼のようだ。情けないことに、頑丈そうなアームはひしゃげており、関節部分からはオイルのようなものまで垂れている。
いくらなんでも、雑魚すぎる。
と言って、そういう作りをされていないのならやむをえないが。
―――そう思った、数秒・・・。
僕はその中の一人に軽々と抱き上げられた。超人的な力だ。
>いや、抱き上げられたと思ったのだ。
>思うということに関しては、騒霊現象だって同じだ。
僕の中に沸き起こる、無定形の渦巻。精神の迷路に迷い込む、邪悪なもの、醜怪なもの―――うようよと蠢めいている潜在意識。瘴気。情念のむすぼれ。
それともこれは夢なのか・・・・・・?
―――どこかで磁石を落としてしまった探検家が、ポケット・ライトで洞窟にいる蝙蝠を照らしだした拍子に縮壊していく世界を垣間見るというシーンを想像した。
―――ゴルディアスの結び目・・・・・・。
―――あるいはその・・・・・無限への崩壊、奇妙の虚構の世界・・・・・・。
気が付くと僕は空中浮揚している。超能力だ。俄かには信じがたいが、僕の方へ向けて両手を開いて念力を送ってくるようなポーズをしていて悟った。あの帽子のきわどいセンスも日没の最後の引き絞る感じとして理解した。笑いの対象は時に、畏怖の対象となりうる。
フシュー……フシュー……という息遣いが聞こえる。
(この時になって、戦争の原因は理解できた)
(―――最新鋭の深海調査艇みたいに)
そのまま彼等は教育スペースまで逃走する。ニュース映画みたいに、画面の中にスッと映像が挟まれる。在りし日の砥石の内側の叫びの源のような校舎の横顔が見える。
その頃には僕の何か嫌な感じとか、奇妙な感じが膨張した磯巾着のような粘液質の触手のようなものは、『新人類』とか『超人類』というのを想像することで、眼に包帯を巻いている終末世界の在り方を逆説的に理解した。
僕は人類の変異である新人類におびえる旧人類という構図を想起する。
もちろんその時には、先程のロボットの攻撃がただの跳び蹴りではなかったとマストや索のあわいを吹き抜ける風となって思い起こされた。
いわゆる、そういう系列として。
ドーパミン・アドレナリン・セロトニン・エンドルフィンが放出されている。
温かい空気は上に行く。純白の明晰なかげろう―――。
その、のっぺらぼうの方へ、顔無しの方へ・・・・。
おそらく、ロボットのセンサー異常を促す電波を流したりして行動を遅れさせ、またその攻撃には、何か僕のうかがい知れないものが加算されていたのだろう。役柄から抜け出す視点を得た途端、さまざまな感化力で分析が始まる。
―――でもこの非常事態宣言において、ロボットは取るに足らない役立たずではない。歩行テストの度に軋む関節部のサスペンション―――動作が最適化される・・。パーツの継ぎ目にねじ込んで強引な変形。そのあと起き上り、内側から登場する―――格闘技モード・・。
ロボット格闘技があったことを僕は思い出す―――。
足元からロケット噴射して駆けつける。
宙空をファンファン浮かんでいる。
「ユウト、ヲ、返セ」
先程までのだらしない為体はもうなく、そこには、四輪駆動から二足歩行する、ロボットがいた。芝居気はないのに、時代劇みたいだった。
でもそんなインフルエンザみたいなものに感動するわびさびの仕掛け装置。
手には、長い棒状のグリップが握られており、その先に光の剣のようなものが生成されている。こころなしか精悍な顔のようにも見えるロボットの手にあるのは・・・。
―――ビームサーベル。
そしてすぐにロボットは構えた―――。
拳銃弾をフルオート射撃するサブマシンガン・・・・・・。
放物面鏡やレンズのような集光装置のかんかく・・・。
超能力軍団VSロボット。
B級どころかC級映画感半端ない。
映画監督が気まぐれで、奇怪な衝動を起こして撮ってるとしか思われない。
アイデンティティをとらえきれない。
行動原理がひたすらに見知らぬ銀河に迷い込んでいる。
そして製作費が安い。
でも現実だ。
特撮ヒーロー初期のしょぼいアクションさながらでも。
ひどすぎるワンパターンなカメラでも。
しかし、どうしてこう滅茶苦茶なのだろうか、と思う。
どうだ? 見えたか? 見えたよな?
頭上に―――旋回し、炎上するヘリコプターがロボットに突撃しようとする光景。その暫くの間、僕は憂鬱なその光景を見ていた。時の声は砂の檻にはいっている。それは、はるか豆粒の隕石ではない、もっと生々しい、真正面にある受け入れがたいけれど、確実に展開する―――ヘリコプターの墜落。ものの崩るる音、亡ぶ響き―――。
物理シュミレーションのマルコフモデルと隠れマルコフモデル・・・・・・。
>こめかみが痛くなるほど、見つめる。
>玻璃細工のような瞳になっていたかも知れない。
観測された事実その通りである。
低解像度の映像―――単純なデジタル・ローパスフィルタの出力。
突然出現したにしても操縦者はどうした、何故炎上している―――。
息が、くる……しい……。
――ギィンッ!
それも超能力の一種なのだろうか、ありもしないものを呼び起こす―――しかし、それではもう魔法である。ズガアアァン、とそれは来た。にぶい、押し隠したような物音が聞こえた。それが蟻のように聴覚へと登ってきた。ガラスが悉く飛び散る破砕音。巨大な疳走る震動と爆撃のあと、火災を感知して、頭上からシャワー装置がメラニンを作り出す細胞のように作動する。空を裂き、地に迫るサイレンが性衝動のように鳴動する。女性の電子音声が、排気ハッチの開放を警告する。
直ちに退避を願います―――。
僕は何故だか、日南海岸の洗濯岩を思い出す。
それからダハブのブルーホールなんかを・・・・・・。
(道は確かに塞がってゆくのだ、いや、そこにある―――あるのだ・・)
(でも、そこにある道が確かに、塞がり、行き先を奪うのだ・・・)
彼等はその間に、地面に手を翳す。ヌッと地面が振動し、植物の根が地上へと突出したような残響を加えてゆく。やがてそこに、地底とか地下へと続くらしい円形の、井戸のような穴がぽっかりと作られ、次々に滑り台の要領で降下していく。
下へ、下へ、と―――。
緩い勾配の傾斜の隠し穴、それとも次元を介して目的地へと繋ぐワープホールのような類なのだろうか。それは加速的な繁殖をする思考だ。だのに、僕ときたらである、そんなことどうでもいいのに、工事用スコップで掘削したらどれぐらいの時間がかかるのだろうか、と思っている。東京ドーム何個分とかいう比喩は必要だろうか。一日では終わるまい。カリフォルニア州のベリエッサ湖にあるダム内の排水口である、グローリーホールを想像する。
そして。
そして。
たちまち深い闇の中へまっさかさま。
クイック・ステップ。
それは墜落の夢への急速潜航―――それとも、こう言うべきか、不思議の国のアリスのうさぎの穴、と。はたまた一つ目巨人キュクロプス族の国だよとでも。穴とは、尻や口といった器官を連想させ、それは入口と出口のことでもある。黄泉の国へ続く異界感覚。その空洞の中は蜘蛛の巣状の繊維みたいだなと思う。
などと、対流相急変に基づく立体的なシミュレーションしている場合か。
(単純に、施設のダストシュートを想起するべきだろう)
(―――落ちれば、着く。それだけのことだ。)
ただ、そうは言いつつ、熟考の末に理路整然とした狭義をさしはんだ最後に帰結があるように落下地点があった。そこは思った以上に明るく、生活しているような痕跡をかすかに臭わせた。施設の地図とおぼしきポスターがあり、紙コップが人数分置かれていた。片付けろよ、は余計なお世話だろう。熱放射や特殊な推進力の現場。口角をとばしながらの議論の後といった風情だ。
そして縮みゆく男の内部で渦巻く谺魂・・・・・・。
僕は石川啄木の『はてしなき議論のあと』という詩を思い出す。
雰囲気的に、秘密基地とか、地下組織のアジトというのがイメージ的に相応しいだろう。地球儀や、サボテンがあるのにも気づいた。問題は、あんまりパッとしない殺風景な部屋で、創造的雰囲気に乏しいということだろうか。僕は夏場の下水道とか公衆トイレを思い出す・・・・・・。