69.大会の準備は着々と進み、そして裏の話も着々と進む
大会の準備は着々と進んでいる。
年に一度行われる異種交流会という名の武闘大会は、高学部の生徒も含め、かつ一般人の観覧が許可されている。
この日ばかりは我が子の活躍を、また学院を見物できるとあって、実は王都を上げての大規模イベントとなるそうだ。
それに対し、やや突発性の感が否めない今度の武闘大会は、魔法映像での公開はあるが一般観覧は許可されていない。
つまり、直接見られるのは生徒のみという小規模のイベントとなる。
そのおかげで――具体的に言うと一般人の出入りがない、規制も誘導もする必要がないとあって、準備自体はかなりスムーズに進んでいるそうだ。
参加者インタビューも最後の駆け込みで応募してきた子を追加し、更には準備風景も毎日放送するとあって、準備に参加する生徒も多かった。
要するに、タダで使える人手が多いので捗った、というわけだ。
――インタビューの時点で反響が薄ければ、以降は大会まで放送しない。
当初はそう決まっていた。
撮影に使う機材だって、映像や音声を記録する魔石だって、決して安いものではない。
誰にも需要がない撮影は、お金と資源の無駄なので、その辺は仕方ない。
利益にならないなら即打ち切り、ということだ。
打ち切りになったら、これまでに撮ったインタビュー映像だけを再放送し続ける、という方針で動いていたのだが。
結構早い段階で、追加インタビューと準備期間の放送が決定した。
なので、私とレリアレット、ヒルデトーラの三人も、更にもう一週間ほど撮影に付き合うことになった。
準備風景の案内とか、出場者の訓練風景とかを撮らせてもらったりすることになっている。
あまり仕事の量は多くないが、大会までは手伝いが続くことになる。
――そんな最中のことだった。
大会まであと数日、というところで、私は放課後すぐに天破流の道場を訪ねていた。
誰よりも先んじて走ってきたので、まだ誰も来ていない。
これから大会参加者の訓練風景を撮影するのだが、私は撮影班を待たずに、一足先に現場にやってきていた。
撮影班もすぐにやってくるだろうが――それでも。
どうしても、自由時間が欲しかった。
「――ニア殿。よくお越しくださいました」
たとえわずかな時間であっても、密かにこの男に会うための時間が必要だったのだ。
天破流師範代代理、岩のような大男ガンドルフ。
今日も相変わらず大きい男である。
道場に一人、門下生を待っていた彼は、私を見るや駆け寄ってきて、それはそれは頭を低く低く、小さな六歳児である私より低くなるよう低くして挨拶する。いやいや。
「そういうのやめて。お願いだから」
というか、そこまでやられたらバカにされてる気さえするから。そういう過剰なのはいらないから。
「は、いやしかし、武の道に年上も年下もありませんゆえ」
強さこそすべてですから、と。
頭を上げたガンドルフは、それはそれは真摯な眼差しで私を見下ろす。体格差がすごい。
「許されるなら師とお呼びしたいくらいです」
何を言ってるんだか。……うっ、眩しい。きらきらと淀みない少年のような目で見るな。
「別に呼んでもいいけど」
「本当ですか!? ニア師匠!」
「でもあなた、天破流でしょ。天破流を捨てられるの?」
「…………迷うところです」
いや迷うな。何十年も打ち込んできたものを簡単に捨てちゃダメだろ。
「強い者に従う。教えを乞う。古い武侠のような理も嫌いではないけれど、そんな時代でもないでしょ。
それに人生の先輩をないがしろにする気はないわ」
まあ、その古いやり方は、私には向いているかもしれないが。
相手が自分より強いと悟れば、年下だろうとなんだろうと素直に頭を下げて教えを乞う。その武に対する姿勢は、嫌いじゃないどころか好ましいとは思うが。
でも、今時そんなやり方はないだろう。
「それに私の父親役なんだから。普通にしゃべってくれればいいから」
「は、……ではそのようにしま、する」
うん、まあ、ゆっくり慣れてくれ。
「――それより例の話、どうなった?」
そう、今話すべきは、例の闇闘技場のイベントの話だ。
この話をするために時間を作ったのだ。
当然、私は全然諦めていない。
リノキスとはあれ以来闇闘技場の話はしていないので、彼女は私がすっかり諦めたものだと思っているに違いないだろうが。
しかし残念! 全然諦めていないのである!
それこそ武闘大会開催という表舞台の裏で、闇闘技場へ行く計画は着々と進んでいるのだった。
「そのことだですが、新たにわかったことがいくつかあるまする」
うん。
言葉遣いがあやしいけど、気にせず聞こうか。
話を持ち掛け、結果が見えている勝負を仕掛け、なんのどんでん返しもなく予想通りの勝利を収めて今に至るわけだが。
私に負けて腹を括ったガンドルフは、「闇闘技場のイベントについて調べてみるから時間をくれ」と言い出し、そのままだったのだ。
正直、正確な開催日も知らないままなので、願ったり叶ったりだった。
そしてこのわずかな自由時間で、その辺の話を聞こうと思っていた。
「――ニア殿は、剣鬼という名を聞いたことは?」
けんき?
「ないわ。察するに剣の達人の異名ね?」
「えぇああ、うん、冒険家の側面を持つ剣士で、彼の異名というか、通り名だす」
ふうん。いいね!
「そういう大げさな異名を持つ者がいると聞くと、わくわくするわね。どれだけ強いのかしら」
どうせ名前負けしてるんだろうな、ということはわかっているが。
しかしそれでも、もしかしたら私より強いかもしれないというわずかな望みがあると思うと、どうしても血沸き肉踊り心揺さぶられる。わくわくせざるを得ない。
「有名な冒険家でもあるだので、実力はある方であることは間違いないことですだろう」
お、そうか! それはますますいいね!
「もうおわかっていると思うですが、闇闘技場に来るだそうですだ」
ほほう。いいねいいね!
つまり今度の闇闘技場のイベントは、その剣鬼とやらがスペシャルゲストというわけか!
「それと開催日が決定しましたぜ。奇しくもというか、奇遇というか、数日後にやる学院の武闘大会の夜だです」
あ、意外と早いな。
大会の後だと自然と思っていたが、……そういえば、「薄明りの影鼠亭」で話を聞いたのはだいたい二週間前か。だったらこんなものなのかな。
「楽しみね!」
子供しか出ない武闘大会に期待はしていなかったが、その武闘大会当日の夜に、剣鬼の異名を持つ達人を見に行くのだ。
皆とは違う意味と違う場所で、私も楽しみになってきた!
「……俺は手放しには喜べないどすけど。でも約束は約束だので。ニア殿を連れて行くです」
うむ!
「期待している。頼むわ、ガンドルフ」
「はっ。……ところで話は変わるですが、時間があるなら稽古をつけていただきたい」
よし、いいだろう。
「私は今非常に機嫌がいい。構えなさい。見てあげるわ」
「――はっ! ありがとうございます!!」
「あと言葉遣いは本当に気を付けて」
「――はっ! 気を付けます!!」
それから撮影班はすぐにやってきたので、本当にわずかな時間しかガンドルフの修行を見てやることはできなかったが。
しかしそれでも、彼はとても嬉しそうだった。