383.後方支援の者ども
――うん、なるほど。
「よくできました」
男たちは、私の質問によどみなくすらすら答えてくれた。
彼らはプロである。
当然、やる側でいるばかりではいられない――反撃されることも念頭に置いている、覚悟ができている者たちだ。
しかし、地味に思えるこれは、格別だろう。
何せこの寒波責めは、意識がはっきりし、自覚しているまま、少しずつ死んでいくのだ。
血液なり痛みなりで命がこぼれ落ちていく通常の拷問とは、やや趣が違うのだ。
プロならこちらには慣れていそうなので、前者を選んでみた。
テーブルを用意させ温かいミルクティーを飲む私と、誰か一人が脱落したら配給すると言った毛布を二枚だけ持って佇むリノキスを目の前にすれば、また味わいも深いだろう。
「も、もういいだろう! 質問にはすべて答えた!」
三人とも身体の震えが激しい。顔色は真っ白で唇も紫一色だ。
「そうねぇ、じゃあ最後に一つだけ。これに答えたら毛布を上げて温かいスープも出しましょう」
と、私は椅子から立ち上がって彼らの前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「――これからあなたちの答えの全てをアルコット王子に確認するけど、嘘はなかったのよね?」
…………
「こ、このクソガキっ――」
言葉の意味を理解した上役の男が叫ぼうとした瞬間、そいつの腹に蹴りを入れて気絶させた。
もちろん、左右二人もだ。
「さすがプロね。すぐに気づいたわ」
私の言葉は、「アルコットがここにいる」という情報そのもの。
そして、その情報を渡すということは、彼らを解放する気はない、という意味と同義である。
解放しないから教えることができるのだ。
どうせ教えたってハーバルヘイムに伝わらないのだから。
まあ、素直に全部話せば解放するとは言っていないから、別に約束をやぶったわけではないのだが。
――そもそも、半分くらいは嘘だろうしな。プロにしては口が軽すぎた。
「こいつらどうします?」
「一度解いて毛布に包んで……あ」
私はリノキスに人差し指を立てて見せた――静かにしろ、とジェスチャーを見せる。
と、次の瞬間――唐突に目を焼く強い光が走った。
隙を伺っていた。
この夜、目標の屋敷には五人の人物が近付いていた。
三人の実行犯と、もしもの時のために情報を持ち帰るための後方支援が二人だ。
彼らはハーバルエイム貴王国の暗部である。
今回の「アルコット王子捜索」には総勢二十名ほどが動いており、多くがアルトワール王国内を探している。
その中、可能性の問題として浮上した「ニア・リストンが保護している」という情報から、捜索人員を割いて確認をしに来たのだ。
その結果、どうも当たりだったようだ。
ニア・リストンが住んでいる屋敷に、金髪の可愛い男の子がいる。
年の頃は十歳ほどの子供で、見た目の気品からどう見ても庶民ではない。
姿こそ直接確認できなかったが、十中八九間違いないと踏んで、今夜忍び込むことを決定した。
目的はアルコットの保護である。
今、ハーバルヘイムとアルトワールは、先日のアンテナ島の件で話し合いが行われている。
アルコットを見つけるのが一番早いのだ。
とにかく責任を取らせてしまえば、あとはいかようにもアルトワールの要求を突っぱねることができる、とハーバルヘイムの上層部は考えている。
軍事設備の層が浅いアルトワールは、「平和ボケ」という不名誉と免罪符を持っている。
そう、不名誉と免罪符だ。
国として舐められているものの、いざ矛先を向けようものなら「そんな軍備の薄い国に攻め込む理由はなんだ」と周辺国が黙っていない。
言ってしまえば、素手の者相手に剣を向けるのか、卑怯ではないかという意味合いになる。
そして国で言う「卑怯」は、他国の侵略の理由になる可能性がある。
そんな卑怯な奴が次に何をするか。こちらを狙ってこないか。
そんな心配をするくらいなら、いっそ友好国の同志を集めて潰してしまった方がいい、と考えたら、ちょっかいを出した国が終わりである。
アルトワールを攻めるだけのまともな理由があればまだしも、アルトワールの王はそんな理由を与えるほどボケてはいない。
だから免罪符になもなるのだ。
だが、そんな国が、子供の首を差し出させてなおもごねるようでは、確実に免罪符に傷が付く。
平和ボケは平和ボケだから矛先を向けられないのだ。
……とまあ、そんな上が考えるべき事情はさておき。
暗部に下された命令は「速やかなるアルコット王子の保護」が第一で、第二に「保護が無理ならさっさと殺せ」である。
このどちらか一方を実行するために、ニア・リストンの屋敷に忍び込んだのだが――
「――何かあったな」
現場近くにいる大柄な影が小さく呟く。
屋敷から離れた物陰に潜む後方支援の二人は、屋敷に侵入した三人から合図がないことを認識し、順調に進まなかったことを悟る。
「――繋ぐわ」
と、小さな影が答えた。
ニア・リストンは強い、という噂は聞いている。
先行した三人はそれなりに戦えるので、「強いと言ってもしょせん子供だろ」なんて言っていたが……どうも失敗したらしい。
可能ならば彼らを回収して撤退だ。
しかし、可能じゃなければ、見捨てることになる。
そこで、状況の確認をするために、小さな影が詠唱し――「共有視界」の魔法を発動した。
この魔法は、事前に登録した者の視界を共有するものだ。
魔力で繋がる以上、魔力の動きで察知される恐れがあるのだが、緊急事態なので強行した。
発動しないなら、忍び込んだ男……小さい影が登録した男は死んでいるか、気を失っている。
その場合は「見捨てて撤退」だが――。
「――繋がったわ」
幸い、向こうは生きているようだ。
はっきりと相手を見ているようで、屋外にテーブルと椅子を用意してカップを傾ける、白い髪の少女が見えた。
ニア・リストンである。
アルトワールの魔法映像で観た、あの少女である。
侵入した三人は、どうやら拘束されているようだ。
「――どうだ?」
「――……色々かなりまずそう」
「共有視界」は、視覚を共有するものである。音は拾えない。
だから、ニア・リストンの唇を読んで何を言っているのか読み取るのだが……
――何が気になるって、ニア・リストンがずっと笑っていることだ。
時折、さりげなく俯いて周りを見て、こちらに状況を伝えてくるのだが……それで更に「まずい」と思う。
三人は裸にされている。
しかもなんか濡れている。
この寒空の下で、裸にされ、寒風に晒されている。
そしてそんな男たちを、ニア・リストンは楽しそうに笑いながら見ているのだ。
「――あの子やばいわ。あれ、相当殺し慣れてる」
「――は……? たかだか十一、二の子供がか?」
「――ええ。『三人もいらない。一人生きてればいい』ってさ」
二人の間に沈黙が訪れる。
ニア・リストンは仲間を殺す気だ。
まだ死んでいないなら、助ける道はある。
恐らく仲間は「ハーバルヘイムの使者だ」と名乗り、時間稼ぎを行っているはずだ。
ニア・リストンも、色々と事情を聞くまでは殺すことはないだろう。
ただ、三人とも無事でいられるかは、かなり危ういところだ。
円滑に情報を得たいのであれば、見せしめに一人は処理してもいいだろう。
だから仲間はきっとすらすら話す。
後方支援の救助を待つための時間稼ぎの意味も含めて。
「――……状況を教えろ。隙を見て回収に行くぞ」
「――了解」
そして二人は、現場の状況を見守る。
ニア・リストンの隙をついて、仲間を回収するために。