376.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 15
――「諸国諸侯の客人たち。此度は遠路遥々アルトワールの催事に参加してくれたこと、感謝する」
長い夜が明けた翌日の朝。
予定通り、セレモニーの終わりを告げるアルトワール国王ヒュレンツによる挨拶の映像が、特大の魔晶板から来賓たちへと語りかける。
外国に対しては、いつものように、持病の腰痛で行けなくて残念だとかいう言い訳を長々として、表面上は国王として取り繕っている。
予定外のことも多々あったが、結果だけ取ればイベントは成功と言えるだろう。
「――どうやら向こうは片付いたようだ」
その特大魔晶板の傍に控える王太子夫妻の片方、アーレスが妻に囁く。
「――まあ、揉める理由がないものね」
ミューリヒもそれとなく観察し、話し合いが無事済んだことを察する。
彼らが見たのは、リストン一家である。
昨夜、ニア・リストンの「アルコットをくれ」という要求から、あの家では家族会議が行われたようだ。
まあ、それは不思議じゃない。むしろしない方が問題だ。
父オルニットは、すわ娘の結婚相手が決まったかと動揺し、母アリューは興味深そうに娘と指名したアルコットを観察し、兄ニールは純粋に驚いていた。
三者三様の反応からして、どう見てもニアの独断だと察することができた。
その話し合いの結果、リストン家に加えてアルコットは、少なくともこうして見る限りでは、普通の家族の形に納まっているように見える。
実際どうかはわからないが、ひとまずの決着というか、落とし処に落ち着いたのであろう。
まあ、向こうは向こうで対応してもらうとして。
「――ミュー、父はどう出ると思う?」
ヒュレンツの伝言で云々は、完全なこじつけだ。
ほぼアーレスの独断で、アルコットの処遇を決めたようなものである。
国賊への采配としては確実に失格だ。
甘い処置にも程があるし、たとえ子供のしたことであっても許されるレベルの事件ではない。
だが、悪い手ではないと思っている。
ミューリヒがアーレスに勧めたのも、悪手だとは思わなかったからだろう。
「――一応の抗議、そして放置ね」
ハーバルヘイムへの抗議は必ずするだろう。
ただし、向こうの反応はわかり切っている。きっとアルコット一人に責任を押し付けてのらりくらりと責任逃れをするはずだ。
そこまではアーレスもわかる。
だが、そこから先がわからない。
ヒュレンツがこの先の展開をどう読むのかがわからないし、実際何が起こるかもわからない。
もちろん、これでハーバルヘイムとの問題が終わるとは思えない。
ただ、何にせよ、だ。
「――アルトワールに問題の火種がないのは、きっと都合がいいのだろうな」
昨夜のあの場で、唯一アルトワールに住んでいない者。
それがニア・リストンだった。
アルコットは火種である。
きっとそれを消しに来るのがハーバルヘイムで、使い方によっては戦争の理由にもなる。
だが、アルトワールは武力行使をしない。
伊達に「平和ボケ」なんて言われない。一応軍も存在するが、侵略戦争のために存在しているわけではないので、かなり規模が小さい。
その辺を考えると、戦争の原因になりかねない火種など、国に持ち込んでもきっと持て余すだけだ。
どうせ連れ帰っても大した情報は得られないし、処刑は間違いなく行われる。
ならばいっそ遠ざけよう――というのが、アーレスとミューリヒが考えたことである。
その点を考えると、アルトワールから追放されているニアに託すのは、悪くない。
ハーバルヘイムの探索の目も、まさかアルコットがアルトワールではなくウーハイトンに連れて行かれているとは思うまい。しばらくは安全だろう。
そんなこんなで、色々と都合がよかったのだ。
「――私が動くのが一番都合がいいと思ったから」
王太子夫妻の読み通り、昨夜はリストン家初の家族会議が行われた。
リストン家とアルコットを連れて部屋に戻るなり、二杯ほどグッと強い酒を胃に流し込んだ父オルニットに、ニアは冷静にそう言った。
「アルトワールに連れて行けば死ぬ。ハーバルヘイムに返しても死ぬ。だったらそれ以外の場所に連れて行くしかないでしょう?」
「そんなことはどうでもいい!」
いやどうでもよくはない。
どう考えても主題だろう。
「この子と結婚するのか!? したいのか!?」
「結婚したのか!?」と、動揺し荒れている大人にびしっと指を差されたアルコットは、何も言えずただただ佇むばかりである。
今アルコットが何を考えているかはわからないが、さすがにこの状況で言葉を発することができるほどの強心臓は持ち合わせていない。
「話の流れでわかるでしょう? 好いた惚れた結婚したいという気持ちで言い出したとでも?」
「……そ、そうか。そうだよな」
「まあ、お父様が命じるなら私は結婚しても構いませんが」
「それはまだ早い!」
貴族の娘としては、許嫁がいることが早いとも言いづらい十二歳なのだが。
「君もそう思うだろう!? 結婚などまだ早いよな!?」
急に話を振られたアルコットは、「は、はあ……そうですね……」と曖昧に頷く――と、オルニットの顔が豹変した。
「私の娘では不足だと言うのか!? どこの王族だか知らんが私の娘を袖にするとはいい度胸だな!?」
――まずい。なんだか普通に面倒臭い酔っぱらいが絡んでいるようにしか見えない。
十四歳と十二歳の子供がいるにも拘わらず、まだまだ若い美丈夫である父オルニット。
いつも凛々しく知的で物静かで……そんなリストン家当主の顔が、今目の前で大きく崩れ去っていた。
「はい、お水。弱いのに一気に飲むから……」
と、母アリューが苦笑しながらグラスに水を注いで差し出す。
どうやらオルニットは、あまり酒に強くはないらしい。
つまり、今酔っているということだ。
「…………はあ。……すまない、頭がぐるぐるしてる……私は今夜はもうダメだ、後を頼む……」
今度はグラスの水を一気に飲むと、オルニットは深く椅子に腰を下ろし、俯いたまま動かなくなった。
「ごめんなさいね。パーティでも少し飲んでいたから、もう限界みたい」
顔には出ていなかったのでわからなかったが、どうやら最初から酔っぱらいでもあったようだ。
――父の名誉のために、今夜の醜態は忘れようと子供たちは思った。
「それで、ニア。アルコット殿下のことはどうするつもり? 何か考えがあってのこと?」
「助命が最優先で、これからのことは考えてないわ。ただ、できるだけ彼の要望に添いたいとは思っているけど……」
それこそ、アルコットとは今夜出会って、まともな話もまだしていない状態だ。
彼がどうしたいかにもよるだろう。
「そう……アルコット殿下は、これでよろしかったかしら?」
「僕は文句を付けられる立場にありませんので。娘さんの温情に感謝しかありません」
「――わかった」
アリューは大きく頷くと、ニアを見た。
「あなたが言い出したことだから、あなたに任せる。それでいいのよね?」
「ええ。どうなるかはわからないけど、区切りまでは面倒は見ます」
「ならいいわ。困ったことがあったら私たちを頼りなさい」
「はい」
――こうして、父の醜態を晒しただけで、わりとあっさり家族会議は終了したのだった。