372.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 11
「作戦? 特にないわ。各個撃破するだけ」
侍女から冒険家リーノに変身したリノキスは、いよいよ始まる戦闘を前に即席リーダーに祭り上げられようとしていた。
最近は、こういういざという時のために、髪染めと冒険家リーノ用の軽鎧一式が手離せなくなっていた。
案の定というかなんというか、またしても、こんなに早く出番が来てしまった。
そんなリノキスは、知った顔……アンゼルやフレッサ、遅れてきたクランオールと、危険地帯の撮影役をするというカメラを持ってやってきたリネットを前に、知らない者同士という顔で対していた。
他に、アルトワールが連れてきた兵士や護衛なども参加しているからだ。
あまり顔見知りだと知られない方が面倒がなくていいだろう。
冒険家リーノの名前は、異様に売れてしまっているから。
本人の自覚はまったくないが、これでアルトワールでは知らない者はいないほどの人物となっているのだ。
「わしが指揮を執ろうか?」
それと、氷上エスティグリア帝国のダンダロッサ・グリオンも、いまいちどういう人物なのかわからないので、あまり情報を漏らすものではない。
「俺はリーノの意見に賛成だ。あえて枠に入れない方がいいんじゃないか? 水晶竜は十体以上いるし、俺らは即席の討伐隊だし、乱戦になったら指揮を伺って動く余裕なんてないぜ。臨機応変に動く必要がある」
そんなアンゼルの意見に、ダンダロッサは「それもそうか」と頷く。
「数名でいくつかのチームを組んで個別に討伐、討伐が終わり次第よそのチームに助力する。そんな感じでいいんじゃない?」
「異議なし。それでいいと思います」
クランオールの意見に、フレッサが同意した。
「じゃあそれで」
知らない者同士という顔をしているが、実際は実力を知った者たちである。
バラバラに動いても、そう簡単に負けるほど弱くない。
「では適当に分けるか。それで――水晶竜の壊し方は知っとるか? 軽く説明しとこうか?」
そんなダンダロッサの言葉には、素直に教えを乞う。
「知っておくべきことがあるの? どんな魔獣も、最悪魔核を潰せば殺せるんじゃない?」
リーノの言葉に、ダンダロッサは「その通りだが、それでは勿体ない」と返す。
「うむ。だがそれでは勿体ない。水晶竜……いわゆる血肉を持たぬ鉱石生物は、魔核こそが本体じゃ。
そんな不思議な生物ゆえ、魔核さえ無事ならいくらでも再生する――いずれ魔核の力は尽きるが、それまではずっと鉱石を生み出し続けるんじゃよ」
ずっと鉱石を生み出し続ける。
つまり、だ。
「金の生る木ってこと?」
「エスティグリアではそのようにして、生活の役に立てておるよ。まあ滅多に見られるものではないが」
と、ダンダロッサは不敵に笑いながら空を睨む。
「それがいきなり十二体登場だとよ」
おもむろに右手を差し出し、掴む――そこには巨大な剣が現れた。
契約武装である。
巨躯を誇るダンダロッサよりも、更に大きい剣……いや。
わざと刃を潰し、ただの長方形の金属プレートに柄を付けたようなそれは、剣というよりは鈍器のようだ。
正装に、長物に近い大きな武器。
その大きな身体と顔の傷も相まって、異様な迫力と威圧感がある。
「何者の仕業かは知らんが、このわしのいる場所で好き勝手させるものか。せいぜい被害以上の儲け話に変えてやろうではないか」
頭の中まで筋肉か、という風体と言動ではあるが、これで元騎士団長である。
ダンダロッサはそれなりに頭も切れる。
これが何かの陰謀であり、誰かしらの意志や意図で行われた襲撃だということに気づいている。
今それを論じる者は誰もいないが――彼の言葉を否定する理由はない。
「じゃあ魔核はできるだけ残す方向で、とにかく身体を砕けばいいわね」
陰謀論はともかく、討伐方法の方針は決定した。
水晶竜。
徐々に近づいてくる大きな飛翔体は、鉱石の塊である。
当然刃物は通らない。
ひどく固く、生半可な力では表面を削ることだって難しい。
そんなものを相手にどう戦えというのか――リーノたちの話を聞いているだけの兵士や護衛たちの中は、恐怖に震える者も、どうにか逃げられないかと考える者もいる。
だが、負けることを微塵も考えていない、今や伝説の冒険家と言われるリーノや、かの軍事帝国の元騎士団長まで上りつめたダンダロッサという傑物を見ていると、実に頼もしいと思い、戦う勇気が湧いてくるのだった。
「――あ、あなたたち。自信がない人は戻っていいわよ。いても無駄死にするだけだから」
戦う勇気は湧いてくるが、リーノのお言葉に甘えて撤退する覚悟もしっかり持ち合わせているのだった。
最終的に残った二十名ほどを適当に分け、分散する方向を大まかに決めたところで――
一番手前にいた水晶竜が、流れ星のように島に落ちてきた。
「――では行こうか、お嬢さん」
「――はい、お供します」
金属プレートを担いだダンダロッサとは、侍女服のままのフレッサが組んだ。
フレッサは器用なので、よく知らない者ともある程度は動きを合わせることができる。その辺を見越しての人選である。
それと兵士二人もいるが、見るからにあまり実力はなさそうだ。
さっきのリーノの言葉で帰らなかったのでやる気はあるのだろうが……いや、戦闘に参加しないまでも人手は必要か。
ドォォン! ドォォン!
一体目が飛来すると、次々に水晶竜が降ってくる。
赤島の頃からあった古い建物を潰し、なぎ倒していく。
それらの一つに、落ちてくる軌道から落下地点を割り出して走り向かいつつ、フレッサはやや前方を走るダンダロッサに言葉を投げかける。
「どの辺を狙うと一撃で倒せますか?」
「首だ! 頭を落とせば再生するまで動けなくなる!」
「頭ですね。再生はすぐに?」
「手や足、翼、爪先などはすぐじゃ! だが頭は時間が掛かる! 確と落とせば一日二日は動けなくなる!」
「――了解」
派手に建物を壊し、地響きを立てつつ、前方に水晶竜が落ちた。
それと同時に、フレッサは走る速度を上げて、ダンダロッサを追い抜いて先行する。
ゆっくりと立ち上がろうとする、水晶の身体を持つ美しいドラゴン。
動くたびにごりごりと鉱石がこすれる音がする。
それゆえか、動きは鈍い。
そんなドラゴンに、フレッサは走りながら拾った石を投げつける。ごん、と非常に堅い音がする。
攻撃された。
ダメージはないが攻撃された。
そう認識し、外敵の存在に気づいた――いや、気づかされたドラゴンが、フレッサの姿を確認し。
「――よっ」
その瞬間、ドラゴンの真上を、逆さまになったフレッサが舞った。
ドラゴンがフレッサを追うように首を上げ――
ギリッ
頭上から投げられたロープが絡みつき、強く締め付ける。
だが相手は鉱石の生物である。
呼吸器だって存在しない。
生半可な力で絞めたところで何の意味もない。
そう――絞めるのが目的ではない。
「よい、しょっと!」
着地すると同時に、思いっきりロープを引っ張る。
と――ドラゴンの頭が、今一度、落ちてきた時のように地面にねじ伏せられた。
「八氣」による一時的な怪力状態だ。
持続はしない。本当にただの一瞬だけのものだ。
だが、一瞬あれば充分だ。
「ぬおおおおおおおおお!!!!」
バギィィィン!
目の前に丁度高さに落ちてきたその首は、走り込んできたダンダロッサによる全身全霊を込めた金属プレートの一撃に、耐えることはできなかった。
水晶の破片をまき散らし、声もなく、一体の水晶竜が行動不能となった。




