367.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 06
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「なんの騒ぎだ」
今し方マーベリアの客人と挨拶をし、別れた直後。
さりげなくニア・リストンの結婚相手に自国の王族を……というマーベリアの王弟と第三王女クランオールの話題を華麗に流したところだ。
音楽隊の奏でる邪魔にならない演奏を圧し潰すような雑音が聞こえた。
庭の方が少々騒がしく、会場の要人たちがそちらへ流れている。
それを不審に思ったアルトワール王国第一王子アーレスは、まるで独り言のように言葉を発し――臨時で入っている給仕のメイドがさりげなく近づき囁く。
「――エスティグリア帝国のダンダロッサ・グリオン様が、ウーハイトン台国のリントン・オーロン様に武術外交の是非を問いました」
夜会に参加している給仕は、ほぼ全員護衛や警備も兼ねている優秀な者を揃えているので、動作も素早ければ判断も的確だ。
アーレスとしても、本当に何気ない話題を隣の王太子妃ミューリヒに振ったつもりだったのだが、まさか返事が来るとは思わなかった。
平然であり泰然としたポーカーフェイスを保っているが、実際は結構驚いている。これほど気配を感じさせず背後を取るのか、と。
「ふうん?」
内心を押し殺して「なるほど」と頷くアーレスの横で、ミューリヒは扇の下で笑った。度胸的な意味で言えば王太子妃の方が据わっている。
「武術外交なんて久しぶりに聞いたわね、アーレス様」
「ああ。ここ十年以上はなかったはずだが」
しかし氷上エスティグリア帝国ならばこの話の流れはあり得る、とも思う。
彼の国は、あまり外交や国交には熱心ではない。
かつての機兵王国マーベリアほど外国を敵視していたわけではなく、自分たちの国の内部のことで手一杯という感じだった。
もっと露骨に言うと、暮らすだけで精一杯という感じだ。
エスティグリアは最大規模の土地面積を誇るが、周辺もろとも厳しい環境の浮島なので、戦争を仕掛けて手に入れるメリットが少ない。
また、備えている軍備も脅威なので、下手にちょっかいを出す国は存在しなかった。
そんな外交に乗り気じゃなかったエスティグリアの者が、他の国の要人に絡んだわけだ。
――このパーティーに参加したこと自体、何かしらの目的があったのだろう。それがこの騒ぎである可能性が高い。
今のところ、ダンダロッサ・グリオンの目的はわからないが……
「――止めますか?」
「そうだな……フレッサに頼、ああ、君がフレッサか」
すぐ後ろにヒタリと付いていたメイドを振り返ると、所望しようとしたフレッサがそこにいた。
――こういう不測の事態に備えて、自国の腕利きを臨時で雇って連れてきていた。
この他国籍の来賓に富んでいるパーティーで問題が起こると、即座に国際問題である。
彼らは国の威信と誇りと責任を負ってきている。
だから、ある程度は黙認するのも悪くない――が、アルトワール主催でありアーレスらが主催側であり全ての責任者でもある以上、一線を越えるような揉め事は起こさせたくないし、仮に起こったとしても大事になる前に解決してしまいたい。
もしも、万が一にも人死にが出るようなことがあれば、間違いなくアルトワールと王太子アーレスの瑕疵になる。
アルトワールの次期国王はパーティー一つ満足に開けないのか、と確実に言われ侮られることだろう。
そう、こういう時のために雇ったのが、フレッサたちである。
今回臨時に雇った者たちの中では、特に女性の中ではこのフレッサはダントツに強い。
アルトワールの暗部が知っていたくらいで、裏社会に精通しており、また裏社会のルールを厳守する、完全なるプロである。――まあ、本業はとっくに引退しているらしいが。
貴族の前に出せる最低限の礼儀ができている者はこちらに、そうじゃない者、主に男性は屋敷の周辺や港の警備に付かせている。
「多少の小競り合いは許す、だが彼らがやりすぎそうになったら止めてくれ。怪我くらいならさせても構わん。
その後、君は私の命令で捕らえられ本国送還の措置となり――帰りの船に乗ったら仕事は完了だ。船旅を楽しんで帰ってくれ」
あとは本国で処刑したことにして、エスティグリアとウーハイトンには責任を取らせたという形で終わらせる。
国際問題においては、尻拭いをするための生贄があれば、わりとすぐに納まる。
――たとえ処刑が嘘だと、誰しもに知られていたとしても、だ。こういう落としどころが必要なのだ。
なお、裏社会に精通しているフレッサには常識ってくらいわかっているとは思うが、念のためにそれからの流れも語っておいた。
事情を説明しなかったせいで、フレッサが勘違いして拘束に応じず抵抗し逃げた場合……彼女にアーレスが恨まれる可能性が出てくる。
この女性は、いろんな意味で敵に回したくない。
たとえ不幸な偶然が重なるような不測の事態が起ころうとも。
「――ではそのように」
そんな返事をしたや否や。
すぐ傍にいたはずのフレッサは、一瞬で姿を消した。
いろんな意味で、絶対に敵に回したくないものである。
「フフッ。やはり揉め事が起こったわね?」
「小競り合いくらいで済むならいいんだが」
――国王ヒュレンツは、アルトワールが目障りな諸外国は、開局セレモニーで必ず仕掛けてくると言っていた。
魔法映像が……ひいてはアルトワールが世界に進出するための一手が、このアンテナ島の存在である。
「ここで出鼻をくじくか、あるいは潰しておかないと、更なる躍進の足掛かりとなる――と、考えないようなおめでたい連中ばかりなら楽なんだが」と、ヒュレンツはニヤニヤしながら語った。
まるで思わぬチェスの一手を食らった時のように。
その様子は明らかに楽しんでいた。
父の感性や性癖は理解できないが、思考についてはアーレスも同感だった。
アンテナ島に放送局ができる。
そしてアーレスの認識では、アンテナ島を含めた旧空賊列島は、四国の文化を無理やり一国にまとめたような、巨大な繁華街のようなものになると思っている。
恐らく、長期バカンスに特化した……四国の楽しい文化だけを詰め込んだ、遊べる場所になるだろう。
きっと世界中から人が集まる場所になる。
人が集まり、物資が集まり、文化が集まり――流行の最先端を行く発展を遂げると予想して射る。
ここを訪れる多くの者が魔法映像を知り、それを欲する。
人気が高まれば高まるほど人が集まり、人が集まれば集まるほど強国となる。
これを脅威を見るかどうか、という話である。
「見に行きましょう?」
「ああ」
ミューリヒに腕を引かれて返事をしつつ、アーレスの視界には確かに入った。
――そして、こういう時のために、撮影班はすぐに動けるようにしてあるし、何かあったら撮影して記録しろと命じてある。
あとで言った言わない、何をした何をしてない、などの証拠を押さえるために。
まあ、この場の撮影班は優秀なヒエロに任せてあるので、何があろうと抜かりはないだろう。
「――なんか下が騒がしいな」
氷上エスティグリア帝国のダンダロッサ・グリオンと、武勇国ウーハイトンのリントン・オーロンが庭先に出てきて、あらゆる情報を欲する要人たちがそれを追う。
そんな騒ぎが今、寒空の下にあるバルコニーの更に下で起こっているのだが。
「――気にするな」
幸いというかなんというか、大人たちの大人げない揉め事は、二階の子供たちのパーティー会場には伝わっていなかった。
だが、仮に何かが起こっていようとも、人目を避けるようにしてバルコニーに出てきたハーバルヘイム貴王国アルコットらには、構っている時間がない。
「――早く脱出だ。ぐずぐずしてられない」
護衛たちの聞き逃せないフレーズが出たので、
「こんばんは、アルコット殿下」
このタイミングで、ニア・リストンは三人の前に姿を見せた。
思った以上に近くに誰かがいたことに、護衛二人もアルコットも驚いていた。
そう、それこそ、話し声が聞こえそうなほど間近にいたから。
「どう、して……」
かすかに奮えるアルコットの声に、ニアは首を傾げた。
「それはどちらかと言うと私のセリフでは?」
まだ見られただけ。
バルコニーに出てきただけである以上、何を咎められることもない。
だが、きっと聞かれた。
ならば、かわいそうだが――
護衛二人が密かに視線をかわす。
「脱出とはどういう意味ですか?」
白髪の少女がそう問うた瞬間、護衛二人が懐に隠していた短剣を抜いて襲い掛かった。