361.明日のためのカニ
「リノキス、よく見ておきなさいよ」
「……見るまでもないんですけど……『氣』の量が恐ろしいです……」
そう?
でも、いずれリノキスもこれくらいはできるようになると思うけどな。一番弟子だし。
「いわゆる武闘家の飛び道具だから、憶えておくとすごく便利よ。利点にして特徴は、飛び道具として使えるけど『内氣』という点ね。『外氣』ではないの。だから習得自体は今のリノキスでもできると思う」
と、私はその辺に落ちている石を拾い、ぎちぎちに「八氣」を込める。
「石は人の手を離れるとあっという間に『氣』が抜ける――けど、ほんの一、二秒は込められたままかすかに残る。その習性を利用した技ね。
名前は『落鳥』。まあそのまんまの意味ね」
準備よし、と。
「じゃ、行きまーす!」
――「「おおー!」」
断崖絶壁の崖下から野太く雄々しい返事が聞こえると、私は石に衝撃を受けたら爆散する「八氣」を込める。
込めすぎると石が割れるので手加減は必須だ。
あとはこれを、思いっきり海に投げ込む、と。
ドォォォン!
弓矢より速く落ちた石は海に突き刺さると、崖上まで届くほどの巨大な水柱が上がった。まるで海中から巨大な火海蛇が飛び出したかのようだ。
――「「うおおおおおお!!」」
局地的な雨が降り終わると、下で待機していた漁師たちが船を出す。
今の衝撃で気絶し、浮いてきた魚を捕獲するためだ。
彼らには「海に魔法を落とすから」とだけ伝え、手伝ってもらう手筈となっていた。私たちが必要な分だけ貰って、あとは彼らの分になる。
下の砂浜に降りると、女子供も混じって、水柱に巻き込まれて陸に打ち上げられた魚を集めていた。
まだまだ元気よくびちびちしている魚などを大騒ぎしながら捕獲する人間たち。なんだかすごい光景である。
……ちょっと強すぎたか? 手加減はしたんだが……まさか海底の地形が変わってないだろうな? 海流が変わってなければいいが。
――空賊列島の頃から、漁業をしている島は存在していたそうだ。
住民は奴隷ではあったが、普通に海産物を空賊に売って生活していたらしく、実体はもはや奴隷というよりただの漁業島だった。
今回空賊列島は解放されたが、彼らの生活はそんなに変わらないらしく、これまで同様これからも漁業で身を立てるつもりなんだとか。
物流の支点として商業が活発になることを考えると、恐らくこれまでより海産物の需要と消費量が上がる。
簡単に言うと、これまでより魚介類が高く売れると思う。
まあ、生活が楽になるなら、いいのではなかろうか。
「これとこれとこれと。あとこれも。これは……今回はいらないか」
料理をするだけあって食材に詳しいリノキスが、魚とカニと海老と……なんだかよくわからない物の仕入れを始める。
私でも知っているような高級食材を狙い撃ちしているな。頼もしい一番弟子である。
こうして海産物を、私は特にカニを……ここらではたまに網に掛かり高く売れるという強羅ガニという、魔核を持つ小型魔獣のカニを貰い受けた。
私の知っている十文字鮮血蟹とは違うが、これもかなり美味らしい。そこまで味が変わるとも思えないし、仮に違うにしてもどう違うかが気になるので、これでいいことにした。
仕入れを済ませ、いったん赤島に帰る。
今朝交渉した料理長に持ってきた海産物を見せると、嬉々として「全部買い取る」と言い放った。
優秀な料理人らしく、一目で高級食材が多いことに気づいたのだろう。明日のパーティー用の料理として活用し、色々作ってくれるはずだ。
「カニは料理できるか?」と問うと、彼は強羅ガニを観察しながら「立派な強羅ガニだな。うまいんだよな、これ」とこぼした。
よし、明日の料理が楽しみだ。
それから予定通り聖女フィリアリオらと合流し、午後は元奴隷たちの治療に専念した。
そんな一日を過ごし、夜が明け。
開局セレモニー当日がやってきた。