356.到着したのは旧赤島
春になる前に私たちで潰した空賊列島は、大きな島が五つある。
四空王がそれぞれ支配していた四つの島と、新入りの空賊を迎える「玄関の島」である。
これらは素直に、それぞれの島を四国で、一つずつ統治することになった。
そして「玄関の島」は、空賊列島にいた奴隷たち……言ってしまえば先住民のものとして、どこも治めない島とし、そのまま「玄関」の役割を続けることになったらしい。
一ヵ所に四国の所有島がある特殊な場所ゆえに、そういう空白のような島をあえて作ることにしたのだとか。
あとは細かい島をそれぞれで分けて終わり――というのが、夏の直前まで長々と時間を掛けて、会議を重ねて重ねてようやくすべてが決まったことである。
正式にそれぞれの島となったところで、ようやく島に各国の手が入った。
今までは危険で近寄れず、迂回するしかなかった航路が新たに敷かれる。
四国のど真ん中にあるそこは、物流の要にして、四国の人間が通過する大事な分岐点である。
こうなると、もはや四国の玄関先も同然である。
ここに力を入れないようでは、国の面子が立たないし、商人はここを見てどの国を商売相手にするか頭を巡らせるだろう。
この「玄関先」で負けるようでは、物流で負けるのである。
正確には物流の優先度で。
ならば当然、めかしこむ必要がある。
どこの国も――特に商人が血眼になって力を入れ、あり得ないほどの速度で島を自分たち好みに染め上げたんだそうだ。
その辺を考慮すると――確かにアルトワールの玄関先に置くものとして、国のアピールをするものとして選ばれるのは、魔法映像が相応しいだろう。
あれは、説明されるより観た方が色々と早い代物だ。
目端の利く商人なら、決して放っておくこともないだろう。
「――という感じかな。僕の知っている最新情報はそんなところ」
旧空賊列島へ向かう飛行船の中、改めてくどい顔のベンデリオから、現在のあの場所のことを聞いてみた。
今空賊列島はどうなっているのか、と。
「他の国がどうしているかはわからないけど、アルトワールは魔法映像を全面的に押し出す形で島を再建した。中継塔を建てて、放送局を用意して、早くもお披露目が行われるわけだね」
そう、私たちはそのお披露目のパーティーに、これから行くわけだ。
「あとは聞いてないなぁ。ほかの島も各国の手が入ってるはずだけど、さすがに情報が出ないよね。
アルトワールが一番早く島のお披露目をするから、ほかの島はまだ再建中ってところじゃない? きっと、これから地図に記されるだろう名前も公表されると思う」
ああ、そうか。
いつまでも空賊列島なんて呼ぶわけにもいかないしな。新しい名前が付けられるのか。
数日の船旅を経て、旧空賊列島が見えてきた。
最後に見たあの群島には、たくさんの空賊船が浮いていたが――今はそんなものはなく、数隻の軍船が見回りがてら飛んでいるだけだった。
遠目で見た感じでは、あまり変化はなさそうだ。
……というか、私はフラジャイルが支配していた赤島くらいしかよく知らなかったな。ほかは「玄関の島」に少し行ったことがある程度だ。
私たちの船に近づいてきたアルトワールの軍船に身分証と招待状を提示し、島に誘導してもらう。
奇しくも、というか、アルトワールが自領としたのは、その旧赤島だった。
「――ニア!」
赤島に到着し、なんだか懐かしい気持ちで港に降り立つと、赤毛の少女が駆け寄ってきた。
レリアレッドだ。
あと、後ろからぞろぞろとシルヴァー領の撮影班も走ってきている。
「レリア。ひさ、しぶり」
ダイレクトに飛んできた彼女を受け止める。うむ、大きくなったな。……そうでもないか。夏に会ったばかりだしな。
「撮影中?」
「一応準備だけ。今は下見をしてたの。この辺何がどうなってるのかな、って。――あ、ベンデリオ様。お久しぶりです」
シルヴァー領の撮影班は、これからやってくる各国の要人の出迎えと、挨拶みたいなものを撮影する予定らしい。
セレモニーでは、この時の映像を流しつつ簡単に魔法映像の説明をするのだとか。
つまり開局一発目の映像は、招待客の映像となる予定なんだとか。
王都放送局だけでは手が足りず、放送局を持つ各領への応援が要請されている――だからシルヴァー領もここにいるし、ベンデリオ率いるリストン領の撮影班もここにいるのだ。
「今到着したのよね? この島知らないよね? すっごいわよ! もうほんとすごいの! すごいことになってるわよ!」
お、おう。そうか。
……まあ、アルトワールの玄関先になる予定の場所だからな。あの王様が力を入れないわけがないから、そりゃすごいことになっていてもおかしくないだろう。
レリアレッドの興奮の理由もすぐにわかるだろうから、今はあえて聞かないでおこう。ささやかな楽しみをとっておきたい。
「何がすごいか聞きなさいよ!」
どうやら何も聞かない私が不満らしい。
見慣れているはずだが、雰囲気が丸々違うせいか違う場所のようだ。
かつては奴隷が貧しい生活をし、空賊どもが堂々と歩いていた赤島は、ほぼ住人のみを入れ替えた形でそのまま残っている。
まあ、まだここを制圧して半年ちょっとだ。
いずれは、すべてが痕跡もなくなり近代的な建物や文化に溢れるかもしれないが、まだすべてを作り変える時間はない。
記憶にある赤島と現在に違和感を感じつつ、レリアレッドの話を聞きながら、知っている場所を案内される。
どうやら放送局は、島の隅の方に広くスペースを取り、新しく建てられたようだ。運んできた機材などのチェックや調整をしている最終段階にあって、今は立ち入り禁止らしい。
まあ、どうせセレモニーの時に行くので、今はいいだろう。
大工や職人らしき人たちが、ばたばた走り回っているのが目に付く。
「必要な部分の建て直しや補強は終わってるけど、それ以外がまだ手付かずなんだって」
来賓を迎える準備はできているが、それ以外はまだだと。
古くぼろい建物は壊され、どんどん新しい建物が建てられている真っ最中なのだ。
「……おお!」
かつては雑多だったが、今はがらんとした大通りに出た瞬間、レリアレッドの興奮の原因がわかった。
――私が競りに出された広場に、見上げるほど大きな魔晶板が設置されていた。
ヴァンドルージュの結婚式で見た巨大なものより、更に大きいものだ。遠目からでもよく見えるほどに大きな魔晶板だ。
もしかしたら上を飛ぶ飛行船からでも観えるかもしれない。
まだ映像こそ映っていないが――映ったらすごい迫力の画になるに違いない。
「すごいでしょ!」
レリアレッドが威張る理由はわからないが、確かにすごい。
「あれさ、常設なんだって。ずっと映像を流し続けるんだって」
なんと。
ずっとだと。
「……さすがは王様ね」
あれだけ大きな魔晶板をずっと点けっぱなしにするだなんて、原動力たる魔核がどれだけ必要になることか。
ベンデリオの言っていた通り、この島の重要性を王様はよくわかっている。
あれほど目立つあの巨大魔晶板を観れば、嫌でも魔法映像のすごさが一目でわかるだろう。
アルトワールの玄関先に、アルトワールの顔として置くには、これ以上相応しいものはないと思う。
……金掛けたなぁ、王様。本気だな。一国の王の本気って怖いなぁ。