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352.勘違いに気づいた残酷な話





「まず確認させて。あなたに『氣』を教えたのは、その武神リュト・ビリアンという者なのね?」


「……う、うむ。そう聞いておる」


 ウェイバァ老の弟子の弟子が、リュト・ビリアンの直弟子だという話だったな。

 ということは、だ。


「あなたはリュト・ビリアンとは会ったことがないのね」


「ない。が、資料や似顔絵に果ては石像まで、ウーハイトンには彼の人を知る術はたくさんあるぞ。数多の逸話も残っておる」


 そうかそうか。

 で、そのリュト・ビリアンが、ウーハイトンに「氣」を伝えたと。


「あなたも免許皆伝なのよね? えっと……『帝王の拳』の」


「無論。皇族に伝える務めを持つ伝承者じゃ」


 これで免許皆伝……か。


「だったら師が悪い」


 この程度の「氣」が使えるくらいで、免許皆伝だと?

「帝王の拳」なんて大層な名を持つくせになんと脆弱な。冗談だとしか思えない。


 最低五十年は鍛えてきたであろうこの老人と、まだ十年鍛えていないリノキスが肩を並べるんだぞ。

 五十年も掛けてこの程度ってどういうことだ。


 これはウェイバァがどうこうではなく、はっきり言って師が悪い。師が弱い。


「あなたが弱いのは、師が悪いせいね。いえ正確には師匠の師匠の師匠ね。リュト・ビリアンとやらがすべて悪い」


「……ウーハイトンの秘中の拳を馬鹿にするか?」


「いえ、本当にただの事実。怒らせたのなら謝るけど」


 けど、なんだ。

 これはもう、なんだ、アレだ。


「正直、哀れというか……かわいそうでならない。同情を禁じ得ない。私がウェイバァ老の師だったら、あなたは今の百倍以上は強い六十九歳だったと思う。きっと私が退屈しない程度には強くなっていたと思う。


 本当にひどい話だわ。あなたは鍛え方を誤っていたのだと思う。……そうか、大元が元凶か。道理で弱いはずよね」


「……ちょっと待て」


 馬鹿にするでもなく、煽るためでもなく。


 ただただ本気で憐れみ嘆く私の発言が、本気で言っていることが伝わっているのか、老人の顔が歪んだ。


 この年齢のおじいさんの泣きそうな顔は……なかなか堪えるものがある。


「わしがやってきたことは、無駄だったというのか。物心つく前から拳を握り、十に満たぬうちに武門を潜った。そして今日に至るまで一日たりとも鍛錬を欠かしたことはない。

 それが、無駄だったと。わしの人生そのものが無駄の塊だったと。おまえさんはそんな残酷なことを言うのか」


 無駄とは言わない。

 無駄が多すぎる武だった、というだけで……なんて慰めにもならないか。




 老人がすっかり落ち込み、小さくなってしまった。

 鍛えなおした身体は、以前見た時より一回り大きくなっているのに、あの時よりよっぽど小さく見える。


 ……いや、私だって言いたくて言っているわけじゃないからな。


 ウェイバァが己の生死を賭けた話をしているから、私も真摯に向き合っているだけだ。

 誤魔化しの利く話や、論点を逸らせる話なら、曖昧に流してしまうことも考えるだろう。


 それができない話を振ってくる方が悪いだろう。


 ……残酷な現実だが、それでも、目を逸らさずちゃんと見てくれ。

 そもそも武とは残酷なものだ。強い者が弱い者を踏みにじるようなことがよくある実力主義の世界だ。

 今向き合っている残酷な真実も、それもまた武なのである。


 生涯を尽くして必死にやってきたウェイバァなら、わからないわけがないだろう。


「……冷静に考えると、わしも少しばかりおかしいと思っておったのじゃ。まあ最初に指摘したのはリンの奴じゃがな」


 すっかり萎れて、縁側で日向ぼっこする老人のようになったウェイバァは、ポツリと漏らした。


「あの蒼い炎。蒼炎拳。――あれは果たしてわしらが知っている『気』なのか、とな。まるで別物にしか見えないと言っておった」


 蒼炎拳か。

 思えば、マーベリアであれを見て、リントン・オーロンとウェイバァ・シェンが私に興味を持ったんだよな。


「あんなのただの色付きの『外氣』よ? 炎でもなんでもない……」


 さすがにそれくらいはわかっていただろう……と、今思ったところで強烈な違和感を感じる。


 ――あれは果たしてわしらが知っている『氣』なのか、だと?


「ちょっと待って。あれの原理がわからないの?」


「そっちが待て。『ガイキ』とはなんじゃ」


 …………


 えっ!? 嘘だろ、まさかっ……嘘だろ!?


 ――いや、そうだ。そう考えるとすべて筋が通る。何十年やってもこの弱さだということの説明も付く。


「あなたの言っている『氣』って、基礎中の基礎である『気』のことなのね?」


「き……基礎中の、基礎……?」


「『八氣』じゃないんでしょ?」


「……」


 萎れたウェイバァは、今度は顔を青ざめてつるつるの頭を抱えた。


 そして一言、虫の音のようにか細く「八氣など知らん」と呟いた。





 前から少し違和感は感じていたのだ。


 ジンキョウはまだ、その「基礎中の基礎の『気』」の域を出ない。

 だから「氣」……いや、紛らわしいからここからは正確に「八氣」としようか。「八氣」についてまったく知識がなかった。


 ジンキョウは「気」の操作がめちゃくちゃ下手だった。

 露骨に言えば、拳周りだけ強化すればいいのに、全身すみずみにまで「気」を行き渡らせていた。

 無駄に「気」を使い無駄に疲れるという、わけのわからないことをしていた。


 個人的にものすごく「気」の操作が下手なのだと思っていた。

 しかしこうなると、もはや認識の違いがあったことこそが原因だと考えられる。


 思えば皇帝ジンジに殴られた時も、そんな感じだった。だから余計に「挨拶」という意味合いだと思った。

 基礎中の基礎の「気」で殴られたくらいで、「八氣」を修めている者がどうこうなるわけがない。もしなるなら修行のやり直しだ。


 ――基礎は基礎なのだ。


 基礎とは、応用やその先へ行くための土台であり、足掛かりだ。

 これを疎かにしては先に進むことはできない。


 だが、基礎だけをやっていても同じことである。


 ウェイバァで言うなら、何十年もずっと、ただの正拳突きを繰り返していたのと同じだ。

 それを活かす技、それを発展させた技があるのに、もっと有用な技があるのに、ただただひたすら通り過ぎた道を繰り返して歩んでいたのと同然だ。


 それが無駄とは言わないが、無駄が多すぎると言わざるを得ない。


 ……というか、冷静に考えるとすごいな。


 基礎中の基礎の「気」で、応用の「八氣」の領域にいるリノキスに並ぶのか。――いや、正式な勝負なら五試合に四試合はウェイバァが勝つと思う。

 それほどまでにこのじいさんは強い。


 だからこそ――余計に哀れであり、同情してしまう。


 もっと効率的に鍛えていたら、それこそ……と。

 そもそも基礎の「気」は、ある程度まで身に着けたら、応用の「八氣」と一緒に鍛えるものだ。自分の得意分野を伸ばす、という意味も含めて。


 それなのに、基礎だけをやり続けたなんて……


 いやはや……とんでもない事実が発覚してしまったな。

 ウェイバァじゃないが、私もちょっと疲れたよ。私だって武人だ、同じ武人としてこんな残酷な人生を聞かされれば、思うことだってたくさんあるさ。なんだ。寝ようとしていた時間に、こんな重い話を聞かされるなんて。勘弁してくれ。





「……なあ、ニア殿」


 お互い思うことがありすぎたため、しばし無言になってしまったが。


 気持ちや思考に折り合いをつけたのか、ウェイバァが顔を上げた。幾分かすっきりした顔をしていた。


「その『八氣』とやらで、わしはまだ強くなれるかの?」


「それはもちろん――」


 と、そこまで言ったところで、産毛まで総毛立つほどの強烈な想いが脳裏を過った。


 ――何十年も基礎の「気」をやってきた者に、「八氣」を教える?


 基礎とは、土台である。

 これがしっかりしていればしっかりしているほど、いろんなものを積める。重い物も積める。最終的に物を言うのは基礎の差となる。


 ――そんな頑強……いや、もはや狂気さえ感じる基礎を身に着けた者が、ここにいる。


「……試してみたい」


 前世(・・)から数えて、きっとたくさんの弟子を持っただろう。まっすぐ育った者もいれば、残念ながら歪んだ者もいただろう。才気あふれる者もいただろうし、そうじゃなかった者もいたはずだ。


 しかし、これは初めてだと思う。

 基礎の「気」だけをやり続けてきた者を弟子として育てるなど、なかったと思う。


 どこまで強くなる?

 どこまでやれるようになる?

 この年齢で私に追いつくのか?


 いや――まだ(・・)六十九歳、伸びしろだらけじゃないか。





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― 新着の感想 ―
まさかまさかの「氣」違い。
北斗の拳の「北門の拳」を思い出した 北斗神拳の流れを汲んでて、経絡秘孔を使えるから並の格闘家より圧倒的に強いけど、所詮修験の拳だから本家には通用しない悲しさ
「八氣など知らん...」のところのウェイバァ可愛いな好きだよおじいちゃんw
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