340.お断りの理由を述べてみる
「――な、なぜだ!?」
即断で拒絶した私の発言に、一瞬呆けた顔を見せたカイマは、今度は怒りの形相を浮かべる。
「なぜって言われても」
こいつは何を言っているんだ。
そんなのわかり切ってるだろうに。
「てめぇも! てめぇも俺様の才能が怖いのか!? あれだけ強いのに! てめぇも俺様を受け入れねえのか!」
ん?
…………
ああ、そういう……そうか、そういうことか。
他のことはわからないが、こと武に関わることなら、結構わかるものだ。
たぶん前に経験したのだろう。
「あなたは師がいないのね? いや、かつてはいたのかしら?」
そう、確かにカイマの武才は高い。
百年に一人の天才とまで言ってもいいかもしれない。
何せこの年齢で、我流で雑で不出来ながらも「氣」を習得しているのだ。ちゃんと教えられたのであろうジンキョウやランジュウとは意味が違う。
間違いなく才能はある。
それはカイマを知る誰もが認めることで――きっと本人も自覚があるのだろう。
現段階でこれなのだ。
下手な達人程度では、普通にカイマが勝ってしまうだろう。
――そう考えると、今朝絡んできた理由も自ずと見えてくる。
カイマは本当に機馬が欲しかったんじゃなくて、私にケンカを売る理由が欲しかったのだろう。
どれだけ強いか試したい。
もし自分より強ければ弟子入りしたい。
そんな想いもあったりなかったしたのだろう。
「ああ、そうだ! 師なんていねぇ! どいつもこいつも弱いんだよ! すぐに俺様の方が強くなっちまう! てめぇもそれが怖いんだろう!?」
だそうだ。
弟子とした時は師より下でも、すぐにカイマが実力で追い抜いてしまう。
それが実現するほどの才がある。
そうだな。
よくわかる。
そんな光景が目に見えるようだ――しっくり来るほどカイマの気持ちがわかるこの感じ、前世で私も同じ悩みを抱えたのかもしれない。
――でも、それとこれとは関係ないし、そもそもの間違いがある。
「違う」
「あぁ!?」
「私個人としては、私が全力を出して戦える者を自ら育てるのは、もはや夢と言ってもいいわ。もう少し老いたら『虎尾の始末』のために、全力で弟子を育てようかと漠然と思っていた。
私を越える? 楽しみでしかないわね。
だから、才気溢れる弟子なら大歓迎よ。
才能があって、武術が大好きで、武の道を迷わず進むことを決めている人材……弟子に取らない理由はないわね」
きっとこの世に私より強い者はいない。
ならば、私が育てるしかないではないか。
まだぼんやり考えているだけだが……いずれ本気で弟子育成を考えるかもしれない。
まあ、まだまだ先の話だ。
身体に脂が乗り切って、経験と肉体と精神のバランスが調和する五十代辺りがいいだろう。
「じゃあ俺様を弟子にしろよ! てめぇくらいすぐに越えてやるよ! 俺様の何が不満なんだよ!」
不満ならたくさんあるけど。
「どんなに才能があろうとあなたはいらないわ。他の師も断ったんじゃない? 私と同じように考えたんじゃないかしら」
きっとウーハイトンの師匠連中は、カイマに自分で気づいてほしくて、何も言わないのだろう。
でも、この様子だと気づかないだろうなぁ。
他人に迷惑を掛け続けるだけだろう。
だから、私は言う。
「あなたの気性と性格の問題よ」
「気性と……性格?」
「私が教えた技で、私が与えた力で、あなたが悪いことをするかもしれない。罪のない人を殺すかもしれない。
あなたが犯した罪を聞いて、私はどうすればいいの? よくやったってあなたを褒めてやればいいの? 褒めるわけないでしょ?」
「あ? …………あっ」
ハッとカイマが息を飲んだ。
どうやら、彼本人でも色々と思い当たることがあったようだ。
「私の武を悪用するかもしれない者を弟子には取れない。――ね? 言われてみれば当然だと思わない? 不満しかないでしょ?」
「お、俺様は――」
「やめなさい」
何か言い立てようとするカイマの言葉を、闘気を込めて遮る。
「安っぽい言い訳は聞かないし、安っぽい自己弁護も聞かない。あなたがこれまで自由に振る舞い失って来た信頼が、こういうところで効いてくる。やってきたことが帳消しにはならないんだから往生際の悪い言葉は慎みなさい。
武才があろうとなんだろうと、私が信用できない者は弟子にはしない。私から継いだ武を汚すような者には継がせない。これがあなたを弟子に取らない理由よ」
話はこれで終わりだ。
理由を聞くまで付きまとう、みたいなことをされるのも迷惑なので、ちゃんと理由を言い含めてお断りしておく。
「行きましょうか」
「あ、ああ……」
そのまま呆然と座しているカイマの横を通り、何も言えないままだった生徒会長ランジュウを連れて昇蓮華の湖を後にした。
しばらく無言だったランジュウが、ぽつりと漏らした。
「……その歳で弟子を取り慣れてないか……?」
はっはっはっ。前を含めたらな。