324.二泊三日の最後の最後に
「――ほー。これが噂の魔法映像ってやつかぁ」
いや、それはカメラだ。
構えられたカメラに対し、物珍しげにじろじろ至近距離から眺めるジンキョウ。
皇族だけに、それが何であるかはわかっているようだ。広義的にはカメラも魔法映像で間違いないしな。
下台から一応撮影しつつ、上台と下台を行き来する単船で上台までやってきた。
さすがにお姫様とお嬢様と一般人である撮影班と、彼女らが「龍の背中」を登る必要はないだろう。
なお、私も今知ったが、上下台を繋ぐ単船は「昇蓮船」という総称で呼ばれているらしい。私は乗る機会がなかったので知らなかった。
今回は、富豪用豪華昇蓮船を借りて、のんびり上がってきた。
そして屋敷に案内するなり、今日も上半身裸のジンキョウが来ていた、というところである。
「誰? ボーイフレンド?」
「ちょっとね」
はっきり弟子とも言い難いので、ニヤニヤしているレリアレッドには言葉を濁し、ジンキョウを手招きで呼ぶ。
「――客が来るから来るなって言ったでしょ」
二泊三日で帰るから、その間は自主訓練でもしていろ。
出稽古に出てもいい。
たまには勉強もしろ。
夏休みの宿題は終わったのか。学校が始まるぞ先輩。
……等々ちゃんと圧力を掛けて言い含めたはずのジンキョウが、なぜここにいる。宿題は終わったのか。あの手のアレは一日さぼるだけでも大変なことになるぞ。
「――弟子として、師の親しき友人に挨拶したかったってのもあるけど、俺も一応皇族のはしくれだから。アルトワールの王女が来てんだろ? 俺の立場上無視はまずいと思って」
あ、そうか。
そういやこいつも皇族だったか。
ならば身分と立場上、確かにアルトワール王国第三王女ヒルデトーラが来ているというなら、挨拶くらいはしてもいいだろう。私の弟子だというなら尚更だ。
「そもそも、たとえ来た理由が公務じゃないにしても、ウーハイトンの者として挨拶なしってのはなぁ」
まあ、一理あるか。
一応ヒルデトーラもレリアレッドも身分のある身なので、皇帝陛下には訪問する旨は告げているらしい。私も伝えたがそれとは別にだ。
お忍びかつ二泊三日と短い期間しか滞在しないので、挨拶等はしない。
あくまでも観光客が来た程度に考えてほしい、と。
――だが、完全に無視っていうのは、確かにお互いにとって体裁が悪いかもしれない。友好国のやり方としては礼を失しているとも捉えられかねない。
「ここは特に特産物があるわけでもねぇし、鉱石や宝石がたくさん採れるわけでもねぇ。アルトワールなんかと比べりゃ武人が多いってだけの貧乏な国だけど、貧乏でも礼儀だけは忘れるなって厳しく教えられるんだ」
まあその辺の教えがどうであろうが、すでに顔を合わせてしまっている現状、挨拶くらいはさせるべきだろう。
「ヒルデ、レリア」
背景に移す屋敷の角度を、撮影班の人たちと相談していた二人を呼び、「挨拶したいみたいだから」とジンキョウを紹介してみた。
「よう。俺は皇帝ジンジの六番目の息子ジンキョウだ。皇子ってことになるけど六番目だから気にしなくていいぜ」
おい。
挨拶が大雑把すぎないか。
礼儀だけは厳しく教えられるんじゃないのか。
そもそもなんでおまえはいつも裸なんだ。
「あら。皇子でしたか」
「えっ、冗談? ……ほんとに?」
その辺のやんちゃな小僧にしか見えていなかったのだろう、ヒルデトーラたちは普通に驚いていた。
だが、そこは二人ともゆるいアルトワールの貴人である。割とすんなり、特に気負いもなくその事実を受け入れた。
むしろ「こいつどこの小僧だ」という顔をしていた撮影班の人たちの方が戸惑っていた。
わからんでもないが。
こんなところに皇族が裸でいるというのもかなりおかしな話だから。
「堅ぇ場じゃねえんだし、堅ぇのはなしにしようぜ。継承権も薄っぺらい六番目だし、俺なんて大した者じゃねぇよ」
まあ、アルトワールの貴人以上にゆるくからから笑うジンキョウを見ていれば、その辺の小僧扱いで構わないというのもすぐわかることだが。
――しかし、これはこれで丁度いいか。
「ジンキョウ、今日の内に皇帝陛下に会える?」
「武客のあんたが望むなら、会おうと思えばすぐ会えるはずだぜ。皇帝に用でもあるのか?」
「撮影の許可が欲しいのよ」
一応撮影はもうしているが、許可が出なければこれ以上の撮影は中止だ。
当然ここまでで撮った映像も破棄となる。
さすがに完全無許可で他国の撮影をするとも思えないので、軽く話は通しているはずだが、正式な許可を取っているかどうかを確認するためにも、会っておいた方がいいだろう。
「ふーん? よくわかんねぇけど、じゃあ一緒に来るか?」
ジンキョウは本当に挨拶だけしに来たようで、これから宮殿に帰る予定なのだそうだ。
帰って修行する予定なんだとか。まあいつも通りだな。
「撮影許可を貰ってくるわ。その間ゆっくりしていて。――リノキス、ミト、あとお願いね」
滞在日程が二泊三日と短いので、早めに動いた方がいいだろう。
短い短いとは思っていたが、二年ぶりの再会に加えて撮影まで入ると、本当にあっという間に滞在期間が尽きてしまった。
あまりゆっくり話もできなかった。
夜は徹夜で話そうね、みたいな約束もしたが、夜は撮影の疲れですぐに寝てしまい結局果たされることはなかった。
たとえば三人だけなら、かなりゆっくりできたかもしれない。
だが、そこに撮影が入ると、どうしてもそっち方面の打ち合わせや今後の展開についての話が中心になってしまう。
私もいくつか面白い話も、気になる話も聞けたが、じっくり噛み砕く時間がなかった。
――というのも、撮影を快諾した皇帝陛下が、よかれと思って口添えしたウーハイトン側の全面的な協力体制のせいだろう。
そのおかげで、あれもこれも、あそこもあっちもそこら辺も撮影したいと、二日でウーハイトンの観光名所を大急ぎで回ることになってしまった。
更には、二日目の夜は、皇帝が用意した皇族略式の食事会を開いてくれたのだ。
撮影が終わった撮影班まで同席して、全員で皇室料理を堪能させてもらった。二十種以上の麺料理が少しずつ出てきて、かなり面白い食事だった。
そんなこんなで、あっという間だった。
二年ぶりの再会という事実がかすんでしまうほどに、慌ただしかったと思う。
――孫のような二人の楽しげな様子が見られて、私は満足したが。
でも年寄りとしてはもう少しゆっくりでもよかったかな。
忙しかったし慌ただしかったし息を吐く間もないハードスケジュールとなってしまったが、それでも、割と予定通りに進んだ方である。
ある意味隙間の時間もないほど撮影は順調で、ブランクを心配していた私も、いつしかあの頃の「気を張ってはいるが自然体」という辿り着いた境地の感覚を、知らない間に思い出していた。
そんな二泊三日の撮影は順調に消化され――
「蒼炎拳ニア・リストン殿とお見受けいたす!」
ん?
なんだか聞き覚えのある妙なアレと名を呼ばれ振り返ると、髪を剃った跡も青々としたスキンヘッドの大男が立っていた。
「拙僧、古式硬甲活殺拳・輪のエイバクと申す! この世の物とは思えぬほどの凄絶にして華美なる蒼炎の武、ぜひ拝見致したく参った次第!」
…………
「武客」なんて肩書きでこの国に呼ばれた以上、武を志す者が挑んでくることもあるだろう、とは思っていたが。
しかし、まさか、このタイミングで来るか。
――港で彼女らを見送ろうと、最後の撮影をしていた時、唯一のイレギュラーが起こったのだった。