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02.私でなければ死んでいた





「――ぐっ!? ごほっ、ごほっ!!」


 緩やかに訪れていた覚醒は、突然の違和感……いや、肉体の傷みに引きずり出された。


 ――なんだこの身体は!


 咳が止まらない。

 咳を一つするたびに、背筋に冷たいものが走る。

 まるで死神が撫でているかのようだ。


 これは……そう、命を削っているのだ。


 私はしばらく、命を削る止まない咳を吐き続け、それらの恐怖をしっかりと味わう。


 壊れそうなほど軋む臓腑。

 悲鳴を上げる生存本能。

 ちらちらと見え隠れする死そのもの。


 ――何度経験しても、怖いものは怖い。


 ――何度経験しても……何度経験しても?





 咳が落ち着いてきた。


 指一本動かすことさえ重労働に思えるほど憔悴し、力なく身体を投げ出す――まあ、元々ベッドの上ではあるようだが。


「――落ち着いたか?」


 ようやく周囲に気を配る余裕ができた時、すぐ近くで男の声がした。


「……」


 視線を向けると……知らない男がいた。フードを深くかぶった、黒いローブの男だ。顔はよく見えない。


 いや、まあ、「知らない」に限れば、ここがどこかも、この身体が誰か(・・・・・・・)も、知らないことではあるが。

 というか、知っていること、わかっていることの方が少ない。


 いや、もはやはっきり「わかることはない」と言った方が正確かもしれない。


 最小限の灯りだけ用意した、どこかの屋内……部屋のようだ。

 私はベッドに横たわっていて、きっとお友達の死神に抱かれている。


 この身体、恐らく病だ。

 外的要因ではなく、内より死に向かっている。


 嫌でもわかる。

 この身体(・・・・)、もう長くない。


「頼みがある」


 フードの男は言った。


「一日だけ、何もせず生きてくれ」


 私は口を開いた。


「――事情を、――話せ」


 からからに乾いた口から、生命力がすり減ったかすれ声が漏れる。声が高い。子供のようだ。


「金のために反魂の法を使った。この身体の魂はすでに旅立っていて……だから、代わりの魂を入れた。それがあんただ」


 代わりの魂?


 ……いや、そうか。そういうことか。


「その身体は貴人の娘さんのものでな。両親が娘を死なせたくないと大金を積み、俺を雇った。

 俺には金が必要なんだ。


 ……恐らく、このままなら長くて数日しか生きられまい。この身体はとっくに限界を超えている……」


 うむ……だろうな。よくわかる。


「あんたが何者なのかは知らん。

 稀代の悪党かもしれないし、もしかしたら人間じゃないかもしれない。悪魔だったり悪霊だったりするかもしれない。


 だが、頼む。

 一日だけ何もしないで生きてくれ。


 俺が金を受け取り、この島から離れるまで。それまでの時間をくれ」


 ずいぶんと勝手なことをほざくフードの男は、言いたいことだけ言って私の傍らから離れていく。


「すまない。本当にすまないと思う」


 謝りながら部屋を出ていった。


 そして私は目を瞑る。





 つまり、あの男は、死んでいた私を無理やり起こし、数日中に死ぬ身体に無理やり押し込んだわけだ。


 つまり、数日中に私をもう一度死なせるために呼んだというわけか。


 つまり、私に二度死ねと言うわけか。


 つまり、残り少ない寿命しかないこの身体(・・・・)を、誰ともわからない私に押し付けたというわけか。


 たった一日生かすためだけに。





「く、くくく……!」


 笑えるではないか。

 まさか二度も死ねる機会を得るとは思わなかった。


 人生とは何があるかわからないものだ。

 まあ、前回の人生は、もうとっくに終わっているが。


「――私じゃ、なければ、死んでいた」


 水瓶を抱えているかのように重い両手を上げ、心臓の上に重ねる。

 まるで棺桶に入れられた死体のように。


 だがこれは、生きるための格好だ。





 まったく。


 私が「氣」を修めていなければ、死んでいたところだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 出だしは「好み」な雰囲気である
[一言] オレでなきゃ見逃しちゃうね
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