292.空賊列島潜入作戦 本体 4
「あー、今回この作戦の指揮を執ることになったガウィンです。ヴァンドルージュで軍人やってます。よろしくね。
では、これから作戦の詳細について話すから、何か質問があったら言ってね」
ニア・リストン到着から二日後の深夜、アルトワール王都にある高級酒場「月下の白鼠亭」には、主要メンバーが集まっていた。
品のいい調度品や小物を揃えた店内に薄暗い照明の下、カウンター席やテーブルで思い思いにグラスを傾けていた者たちが、いよいよ話し出したガウィンに注目する。
まず、発起人であるニア・リストン。
主要メンバーにはなんだかんだでもう素性がバレているので、この場で偽名を使う必要はない。作戦中の偽名は「リリー」だ。
リノキスこと冒険家リーノ。
そして彼女と同じ師を持つという、アンゼル、フレッサ、ガンドルフの三名。
数年前にアルトワールで行われた武闘大会で優秀な成績を修めた彼女らは、少数ながら
空賊列島を攻め落とすに足る実力を備えている。
ウーハイトン台国のリントン・オーロンと、ウェイバァ・シェン。
作戦参謀を任せたヴァンドルージュ陸軍総大将ガウィン。
そして、元空賊黒槌鮫団のキャプテン・リグナー。
今のところは、この九人がメインで動くことになる。
「今回の空賊列島制圧作戦だけど、少数精鋭で動く以上は、列島内部から制するって形が大原則になるね。
なので、ここにいるメンツで空賊団を立ち上げて、堂々と表から上陸しようと思ってる。
それが前半の作戦。
後半は、現地の正確な情報を得てから組み立てたい。臨機応変に動くためにも、空賊列島に乗り込んでから後半戦を始めようと思う。
――ただ」
ガウィンがニア・リストンを見る。
「本人たっての希望で、ニアちゃんは先行したいんだよね?」
一人だけ酒精のないミックスジュースを出されている黒髪の少女は、その通りだとばかりに頷く。
その態度に一切の気負いはない。
「そっか。もうこの期に及んで、危険だからやめろとか死んだらどうするとか、言うつもりはないけど。どうせ危険も覚悟してるだろうしね。
本当にいいんだよね?」
「もちろん」
最終確認を果たしたので、話を進める。
「空賊列島で今一番ひどいのは、赤島って場所だ。その浮島を支配している四空王の一人・暴走王フラジャイルは、派手に奴隷のやりとりをしているそうだ。
君の目的は奴隷解放なんだよね? ならば君は、赤島に渡って活動してほしい。あまり手広くやると不測の事態が起こりやすくなるから、我々が到着するまではその島だけで活動してね」
「つまり、その赤島ってとこに行って、フラジャイルってのを殺せばいいの?」
やはり見た目によらないのだろうな、とガウィンは思った。
子供の、それも貴族の娘にはなかなか出ないフレーズがさらっと出てくる辺り、荒くれの空賊たちが跋扈する空賊列島に単身乗り込むことを決めるだけのことはある。
「まあ殺すのは構わないんだけど、あんまり早いと困るかな。こっちが空賊団として名を上げる時間がほしいんだ。
君は俺たち空賊団の一員で、単身乗り込んで四空王の一人を潰した――と、こういう形になるのが望ましい」
「……?」
ニア・リストンはかすかに首を傾げた。よくわからなかったようだ。
「難しい話じゃない。赤島で活動を始めて最低十日くらいは、フラジャイルと戦わないでってだけ。
その期間中に、こっちはこっちで準備をするから。その準備期間だけ待ってほしいって話だよ」
「しばらくフラジャイルと戦わなければいいのね?」
「うん。奴隷を助けたり、フラジャイル以外の空賊と戦ったり、その辺は好きにしていいよ。フラジャイルがいない可能性もあるしね」
「わかった。じゃあのんびり楽しむことにするわ」
負けることを微塵も考えていない態度に一抹の不安はあるが――誰も止めようとしない辺り、それがニア・リストンの実力の証明なのだろう。
無駄なことは言いたくないので、ガウィンは不安を振り切るように視線を移した。
「リグナー。元空賊の君がニアちゃんを運ぶ予定なんだよね?」
「ああ。現役時代の船が一隻だけ当時のまま残ってるから、すぐにでも発てるぜ」
リグナーたちに何があったのか詳しくは聞いていないが、彼らは今真面目に働いている。
真面目に働き金を貯め、いずれその船を買い取る予定なんだそうだ。
そのために、飛行船は当時のまま、残してもらっているのだとか。
「奴隷として、ニアお嬢様を空賊列島で売ればいいんだよな?」
「それと、俺たちの空賊団の名前を売ってきてほしい。君が名前を出した時点で、俺たちの空賊団が誕生するから」
「名を上げるための仕込みだな? 了解だぜ」
さすが元空賊、それ関係の理解は早い。
「君への要求はそれくらいだ、ニアちゃんを売ったらすぐに引き返してくれていいから」
「すぐ? ……少し時間をくれないか?」
「時間を? 何かあるのか?」
「うちの船員の恋人がいるんだとよ。空賊やめてから結構経つけどまだ忘れられねえって。まあ情婦だから、向こうが本気にしてねえ可能性は高いけど、もしかしたら……ってな。迎えに行きたいんだとさ」
「うーん……」
一言に情婦と言っても、どんな立場なのかわからない。
奴隷なのか否か、あるいはただの職業なのか。借金で身元を縛られているのか。
勝手に連れ出せる立場にないかもしれないので、大事の前に問題を起こされると計画が狂いかねない。
「それ、制圧後じゃダメなのかい?」
「あ……それもそうだな。じゃあまあ、まず意思確認だけしとけって言っとく」
それがいいだろう。
いざ意気込んで迎えに行ってすでに恋人がいました、結婚してました、子供がいました、なんてこともありうるのだから。
様子見は大事だ。
「近い内に迎えに来る」と言っておくだけでも、色々と違うはずだ。
「じゃあ早速行きましょう」と、向こうの話が終わるなりニア・リストンはリグナーを急かし、酒場を出ていった。
皆と「現地で会おう」と約束を交わして。
……さて。
「我々が空賊団として名を上げるためには、実績が必要だ。――リントン嬢、あなたはアルトワールの第二王女アーシアセム様と知り合いでしたね?」
「ええ」
「交渉の場を用意してもらいたい。幸い今はアルトワールにいるようだから」
「……ああ、なるほど。あの方、アスターニャの聖教学園を出てましたね。何人か直接的な繋がりがあるかもしれません」
「もしなくとも、要人との付き合いはあるはず。コネも伝手も最大限使って必ず聖女をお預かりしましょう」




