290.空賊列島潜入作戦 本体 2
空賊団雪毒鈴蘭の空賊列島上陸より、少し前。
まだすべてが始まる前のことである。
ニア・リストン当人の強い要望があり、空賊列島に乗り込むことが決定した直後。
「――構わない。ニアのアリバイは私たちが作る。兄上もニアの頼みなら断ることはないだろう」
機兵王国マーベリアに借りている屋敷では、まずニア・リストンを最優先で空賊列島へ送り込む計画が動き出した。
恐らく、一ヵ月から二ヵ月ほどになるだろう当人不在をどうするか――彼女は未成年の上に留学生なので、勝手にマーベリアを離れることはできない。
まずは、自由に動ける状況が必要なのだ。
相談を持ち掛けられたシィルレーンは、多くを問わず話を呑んだ。
当人がいなくなるのだ、当然機兵学校にも通うことはできない。
その問題を、王族がどうにかすると了承した。
「――名目ならなんとでもなるが……そうだ、今なら『戴冠式の準備を手伝う』という事情でどうかな?」
提示された案は、もうすぐ戴冠式を迎える次期国王リビセィルの戴冠式の準備を手伝う、という名目である。
国のトップが変わるなど滅多にないことなので、留学生であるニア・リストンにいい経験になるだろう――という話の運びで実習という形で城勤めをさせ、学校に行けない間は城にいたことにする。
城内のことならば、王族がどうとでも隠蔽できる。
特にニア・リストンの表沙汰になっていない功績や、年末の御前試合、もうすぐ退位する現国王が借りている分、そして現役の機士の異様な信頼と、これだけ味方がいるのだ。
これならばいくらでも誤魔化しが効く。
マーベリア上層部の手厚いフォローを得て、ニア・リストンはつかの間の自由を得たのだった。
同じ頃。
ニア・リストンがマーベリアの王族と交渉していた頃、侍女にして一番弟子リノキスはすでに別行動を取っていた。
ウーハイトン台国の外交官リントン・オーロンとウェイバァ・シェンとともに、飛行皇国ヴァンドルージュにいたのだ。
そして蟹がうまい高級レストランの個室にて、秘密裏に人と会おうとしていた。
「――これはこれはリントン嬢に、ウェイバァ殿。お久しぶりですね」
いつもは着崩している軍服をぴしっと着こなしてやってきたのは、ヴァンドルージュ陸軍総大将ガウィンである。
いくら非公式の場でも、さすがに外国の使者が来た以上、あまりゆるい態度は取れない。
「――お二人ともご健勝そうで何より」
いつも堅い空軍総大将カカナは、やはり非公式の場でも堅く厳しい表情である。
陸軍総大将ガウィン。
空軍総大将カカナ。
ここヴァンドルージュで軍部を預かる、要人中の要人である。
国防の要とも言える二人だ、いくらなんでも他国の使者が会おうとしても気軽に会える者たちではない。しかも非公式の場で、である。
それを可能としたのが――
「……あなたが?」
ガウィンとカカナの油断のない視線を向けられて、リノキスは頭を下げた。
「初めまして。冒険家リーノです」
もう長く活動を停止している冒険家リーノだが、その名は未だに有名である。
かつてヴァンドルージュで派手に荒稼ぎした時の名声を使い、この大物二人を吊り上げることができたのだ。
それにしたってもう何年も前のことなのだが……まあ、軍人としてはなかなか忘れられない衝撃的な活躍だったのだろう。
その当時、面識がないリーノに対し、ガウィンから「会いたい」という伝言まで貰ったこともあるのだ。まあその時は無視したが。
――ちなみにカカナとは、 ザックファード・ハスキタンとフィレディア・コーキュリスの結婚式の準備の時に侍女リノキスとして会っているのだが、何年も前のことだし今は侍女服でもないので、さすがに気づかないようだ。
「お力を貸していただきたい計画があります。食事の間だけでいいのでお時間を貰えませんか?」
「お力を、ねぇ……」
堅物のカカナは、組み難いが話の筋さえ通れば了承しやすい。
問題は、昼行燈のガウィンであるが……
「どうやらウーハイトンはお力を貸す気があるようだ。で、リーノさんはアルトワール出身だったかな? その辺を踏まえると、うちが三国目の協力者ってことになるのかな?」
さすが昼行灯。
このメンツだけで、おぼろげに話の主旨を掴もうとしている。
「三国の協力……我々の力と言えば武力……ふむ」
結婚式の時は若干ポンコツ気味に見えたカカナだが、やはり本職の分野では切れ者である。
「まるでこれから聖王国アスターニャまで協力要請を出しそうな流れだな」
「そうだね。ヴァンドルージュ、ウーハイトン、アルトワールの三国の位置からして、アスターニャが入ればちょうど四角になる。となると――」
「四国の位置、四国、協力を得て、武力を使う計画……
――本格的に空賊列島を攻め落とすくらいしか思いつかないが、まさかそれが目的か?」
話を持ってきて正解だった。
こんなにも早く結論に至る切れ者ぶりだ。この二人に作戦参謀を任せれば間違いないだろう。
「あなた方を推薦したのは私です」
と、リントンが口を開く。
「こちらの冒険家リーノを含め、今いい手札が揃っています。空賊列島は外側からの攻撃ではどうしても被害が大きくなる……だから内部から攻め落とす策を練ろうと思っています。
そこに、あなた方の知恵をお借りしたいのですが、いかがですか?」
「――返答、必要ですかね?」
含み笑いを漏らしながら、ガウィンはワイングラスを手に取った。
「ここで我々が乗らなくとも、結局三国でやるのでしょう? そうなったら我らヴァンドルージュには、空賊列島は絶対に手に入らなくなる。参加しない理由がないですね」
一国、あるいは二国合同の作戦であれば、いくらでも領有権を主張できる。
だが、協力する国が三国まで行くとまずい。
下手に揉めると、その三国から戦争を仕掛けられる恐れがある。
ならば協力しないという選択肢はない。
「同感だ。あそこを押さえる意味は大きい。経済面でも政治面でも戦争面でも。それがわかっているから、あえてどの国も強引に手を出さないのだ。
どこにも所有させられない地だ――ならばいっそ四国で共有するのも悪くない。そろそろあそこの空賊どもも目障りだしな」
カカナもグラスを持った。
「では、ご協力いただけるということで」
リントンの声に合わせて、全員がグラスを掲げた。
――こうして、飛行皇国ヴァンドルージュの強力を得ることに成功した。
――そして、案として挙がったのが「新たな空賊団を興して正面から潜り込む」というもので、細かく細かく計画は積み上げられていった。
「どうせなら、新入り空賊団にしては異常すぎる実績作りとかしたいね」
「なんだ? インチキの張りぼて空賊団を空の覇者にでも仕立てるのか?」
「ああいう世界、はったりや見栄って大切だからね。なめられたら面倒事も多そうだしさ。大きく見せとくのはそれなりに役に立つと思うけど」
「まあ、わからんでもないが。しかし実績か……ならばそこはアスターニャに協力してもらえばどうだ? ほら、いるではないか。あの国には誰もが知る有名な役職が」
「もしかして聖女? 聖女誘拐とかするの? うわあ悪党だねぇ」
「実績作りには最適だろう?」
話を持ち掛けた三人を押しのけるようにして、乗り気になった軍人二人がぽんぽんと話を進めていく。
その姿は、恋人同士が愛を語り合っているかのようだ。会話の内容はともかく。
「――老師、これおいしいですよ」
「――うむ、これはお代わりしよう。リーノ殿もいるか?」
「――え? あ、お願いします。あと殻つきの足も何本か追加で」
「――リーノ嬢、それ好きですね。無言になってましたよ」
それぞれの役割をこなしながら、計画は進み出した。