28.二週間後の約束
シャロがチンピラに絡まれている。
詳しく聞いてみたところ、私の撮影中に、リノキスは来るのが遅いシャロの様子を見に行ったそうだ。
その結果、人目のない路地裏で五人のチンピラに囲まれていたと。そういうことらしい。
たぶんシャロは、近道しようとして危ない道を通ろうとしたのだろう。
「――私はお嬢様の侍女兼護衛ですので」
だから助けに入ることはしなかった、と。
「それでいいと思うわ」
人には事情がある。
リノキスは己の仕事に忠実に、シャロより私を優先した。それだけのことだ。
――個人的な悪感情で判断したなら、どうかとも思うかもしれない。
だが、この通りリノキスは私に伝えた。シャロが嫌いという理由で見捨てたなら、わざわざ言うこともなかっただろう。
そして、私の指示を得てから動こうとしている。
「大急ぎで衛兵か民兵を呼んできて」
「わかりまし――え? 私が行くんですか?」
「未来の看板女優の一大事よ。早く行きなさい」
「え、でも、周りに人はいっぱいいるし、別に私じゃなくても」
「何をごちゃごちゃ言っているの! 早く!」
珍しく私が語気を荒げると、――すっとリノキスの瞼が半分閉じた。なんという疑心を隠そうともしない表情だろうか。
「お嬢様、行かないですよね?」
「…………え? なんのこと?」
「お嬢様は、あの女を助けに行かないですよね? よりによって単身で行こうなんて思ってませんよね? 体のいい殴ってもいい相手が現れたわぁわくわくするぅ、なんて考えてませんよね?」
「そんなわけないでしょう!」
ちょっと様子を見に行ってシャロが危ないと判断したら全員血祭りにあげてやろうと思っているだけだ! わくわくなんて心外な! その辺のチンピラなんて殴って何が楽しい!? 楽しいのは強者相手の時だけ! 弱い相手なんてやり過ぎないよう気を遣うだけなんだし、せいぜい片手間レベルまで手を抜いて手加減して長く楽しむしかないのに!
「早く行きなさい! 早く! 早く!! 急いで早く!! 早く!!」
「…………」
リノキスは疑心と疑惑をまるで隠そうともせず、何度も振り返って私が動かないのを確認しながら、行ってしまった。
行ってしまった。
……行った、よな?
――よし急ごう! やだすごいニアになってから初めて心底わくわくするぅ!
ベンデリオに少しだけこのまま待つよう伝え、私は撮影班や野次馬たちの輪からひっそりと離れた。
確かこっちの路地裏で見たと言っていたが……あ、いた! まだいてくれた! 五人も!
「――何なのよ! 離して!」
「――いいからいいから。そんな格好で誘ってんだろ? 俺たちが遊んでやるからよ」
すばらしい!
衣装とメイクで女優に変身したシャロが、五人の男に囲まれていた。腕を掴まれて拘束され、身動きが取れないようだ。
うむ。
これはもう、これはもう……
本人の意志を無視して拘束されているってことはもう誰がどう見てもたとえ一人二人の人死にが出ても誰もが正当防衛成立と判断してしまう状況じゃないか! もうわくわくが止まらない!
欲を言うなら強者がいればよかったが。
どう見ても、全員、爪にやすりを掛けるより気を遣わずに済む程度のチンピラどもである。
ナイフとか出さないかな?
せめて贅沢は言わないから、半分寝ぼけている時くらいうっかり油断するとかすり傷を負わされるかも、という砂粒程度の緊張感は欲しいところだが。
「あ、あの」
私はどきどきする気持ちを胸中を隠しながら、彼らに近づいた。
「あぁ?」
男たちとシャロが振り返る。
「ま、混ざっても、いい?」
もし断られたらどうしよう――恐る恐る訊いてみるが。
「ちょ、来ちゃダメだって! 誰か人呼んできて!」
シャロが、近づいてくるのが私だと気づくと、顔色を変えてそう言うが――
「おっと!」
チンピラ二人がやってきて、一人は私の退路を塞いだ。
そしてもう一人は、私の腕を掴んだ。
「はーっはっはっ! マヌケなガキのおかげで楽できそうだわ!」
「わかるよな? いつまでもぐずぐずしてたら、あのガキの腕へし折るぞ」
おお、絵に描いたようなチンピラどもだ。
――なおのこと好都合と言わざるを得ない。
「ねえ」
「あ?」
私の腕を掴んでいるチンピラに、一応言っておく。
「これはもう私を巻き込んだということでいいのよね? 巻き込まれたんだから仕方なく相手をするということでいいのよね? 正当防衛よね? それはそうともう少し強く握らないと――」
私は、掴まれていない方の手で、ゆるゆるの彼の手――親指を掴んで、思いっきり逆に曲げた。
「折られるわよ?」
強い抵抗感がある枝木のようなものが、圧力に耐えかねて、折れた。
「ぐああ――あがっ!」
痛みに悲鳴を上げかけた瞬間、彼の喉に私のつま先が入っていた。
ただの回し蹴りである。
それも五歳で、この前まで病気していて、前の人生の全盛期の百万分の一くらいの威力しかない蹴りである。
何せ子供で、筋力に不安はある。
だから腕よりは足の方がまだ威力が出る。まあ喉なんて急所でしかないし、逆に威力が出過ぎない方がいいか。――万が一殺しても正当防衛だが。そんなに気にすることもない。
「やっぱり、もう少し強い方が好みだわ」
かなり質が劣っているのは否めない。
これでは「氣」を練るまでもない。五歳児の身体であっても型通りの技だけで事足りる。
だが、まあ、でも、その分は数で勘弁してあげようではないか。
良心の痛まない拳とは気持ちいいものだ。
それを振るえる相手が、あと四人もいる。
――時間はないけど、機嫌がいいから死ぬほど手加減していっぱい楽しもうかな!
「なんなんだよ! このガキなんなんだよ!」
ゆっくりたっぷりじっくりいたぶって三人ほど転がしたら、シャロを拘束している最後の一人の心が折れたようだ。
シャロを乱暴に離すと、ガタガタ震える手でナイフを出して構える。恐怖に顔を引き釣らせながら。
……だから質で劣るチンピラは嫌なんだ。すぐ恐怖に飲まれて。
興覚めである。
「お、俺たちを、誰だと思ってやがる! この紋章が見えねえのか!」
もう行っていい、と言おうとする直前に、奴は聞き捨てならないことを言った。
「マーク? もしかしてマフィア?」
どうでもいいから見ていなかったが、転がした四人に視線を向けると……確かに同じような絵柄の紋章を付けている
だとしたら――だとしたら!
「仲間がいるの? 強い仲間がもちろんいるのよね? 数でもいいわ。百人くらいいる? もっと? ――ああ潰す気はないわ、そこは安心して。だから、ね、もっと強い人をたくさん集めてほしいの」
「――だからおまえなんなんだよぉ!!」
あれ? 余計怖がり出したな。おかしいな。
「落ち着いて。深呼吸しましょう。なんなら逃げてもいいわよ――四人を起こして改めて聞くだけだから。
そうね……二週間後の夜、あなたたちに会いに行くわ。大歓迎をする準備をしておいて」
それだけ言い、私は倒れているチンピラの一人から、服に縫い付けられている紋章を剥ぎ取った。
デザインは、犬、かな?
マフィアというよりは、チンピラのグループって感じだろうか。
まあ、彼らが有名なマフィアだかグループなのかはわからないが、これを見せて聞き込みをすれば、たまり場くらいはわかるだろう。
「いい? 約束よ? 破ったら怒るから」
すごく怖がっているので、もうまともに会話はできないだろう。
だったら長居する理由もない。
「ではいずれ。――シャロ、行きましょう」
そろそろリノキスが、衛兵や民兵を連れて来そうだ。
その前にお互い、いや、彼らを放流するとしよう。私は彼らが逃げたことを証言しないといけないし撮影もあるので、逃げられないし。
そして彼らは、二週間後、仲間を連れてくるのだ。
――楽しみで仕方ない。まったく楽しみで仕方ない!